第26話 ステキな魔法陣とダメダメ詠唱
遠くの街へ買い物に行って戻って以来、夜の勉強の内容が変わってきた。
色々な魔道具の扱い方だったり、石に魔力を貯めておく方法だったり。
今日はまた違う勉強のようだ。
机の上には、魔道具屋で買ってもらったペンとインク、それから少し厚手の紙が置かれている。
紙の表面は妙に滑らかで、魔力を通しやすい加工がされているらしい。
「今日は魔法陣をやる」
「!!!」
(魔法陣!……ま・ほ・う・じ・ん‼︎ それはつまり、……あれですね、地面に謎の円を書いて魔力で浮かび上がって空を飛んだり悪魔を封印したりする、あの、魔法陣のことですよね……正直言って、最高です師匠)
私は高なる胸を押さえながら、神妙な顔で背筋を伸ばす。
これは、いかにも魔法士らしい勉強。
「いよっ、待ってました師匠!」って声を出したくなるのを堪える。
私の興奮を感じ取ったのか、師匠が軽く睨む。
あわてて私は精一杯真面目な顔を作った。
師匠は静かに新しい魔法教本を開いた。
簡単な導入の説明ページを飛ばして、例題みたいな小さな文字と円の図を指差した。
「この、最初の魔法陣を写せ」
お手本はとても単純だった。
文字の意味も全部わかるし、あんまりにもシンプルでカッコよさは皆無だ。
術式の文字がいくつか並び、それを囲む円。
うん、修行ってそうだった。
イワヤンの地味顔を思い出す。
「まず術式を書く」
紙を一枚渡され、私はペンを取った。
光。
強さ。
方向。
距離。
終点。
習った文字ばかりだ。
順番通りに書く。
「次に閉じる」
私は術式を包むように円を描いた。
綺麗な円を描くために少し魔法で腕を補助する。
「魔法陣は閉じて初めて成立する」
師匠の説明はシンプルで分かりやすい。
「円が基本形だ。安定する」
なるほど。
確かに、円を閉じた瞬間に「まとまった」感じがした。
「三角や多角形、一列の術式もあるが、円が最も崩れにくい」
魔法陣は形にも意味があるらしい。
面白い。
「見ていろ」
師匠が紙に触れる。
落ち着いた低音でゆっくりと詠唱を始めた。
滑らかな声が流れるように続く。
術式の文字が順番に光る。
音に反応している。
最後の文字まで光が届いたとき、円が淡く輝いた。
「魔力を流す」
光が浮かぶ。小さな光の輪っか。
いわゆる『天使の輪』みたいな形。
目の前でキラキラしている。
これが魔法陣の魔法……シンプルに光魔法を出すだけとは全然違う。
形がある。
力を込め続けなくても、この変わった形を維持できる。
しばらくすると光が弱くなってふっと消えた。
「……すごい」
思わず声が出た。
「詠唱で魔法陣に魔力を与える」
師匠が言う。
「術式を音でなぞり、魔力を式全体に均等に行き渡らせる」
なるほど。
つまり、文字が回路で詠唱が通電みたいなものなんだ。
そして最後に魔力を流してスイッチを入れる。
術式が高度になったら、その分難しい複雑な魔法が使えるようになるんだな。
これってあれだ、プログラミングと一緒だ。
私、情報科目の成績は良くなかったけど、もっと勉強しとけばよかったかもしれない。
「やってみろ」
紙を渡される。
私はさっきと全く同じ文字を教本通りに書く。
二度目だからさっきよりスムーズだ。
そして円で閉じる。
ここまでは問題ない。むしろ速くなった。
「詠唱。声に魔力を乗せろ」
言われて、少し緊張する。
書いた文字を声に出す。最初の文字が光る。
次を読む。詰まる。
「あ」
光が弱くなる。
慌てて続ける。
最後まで読めた。円が光る。
「魔力を流せ」
私は術式の最初にある光魔法を魔法陣に向かって小さく飛ばした。
天使の輪が浮かんだ。
成功だ。
「できた……」
ほっとする。
でも、そこからが大変だった。
少し文字を増やす。
術式が少し複雑になる。
書くのは問題ない。
意味も分かる。
でも。
詠唱になると止まる。
「エーアンカールティ、ティ……」
噛む。
「……ティモンスレーデ、……」
止まる。
光が消える。
文字が滲んで形が崩れる。
発動しない。
「もう一度」
師匠が言う。
やり直す。
書くのは簡単だ。
理解もできる。
でも声にすると崩れる。
滑らかに読めない。
緊張する。
余計に噛む。
「……すみません」
悔しい。
頭では分かっているのに。
文字の意味も分かるのに。
音にすると繋がらない。
「詠唱は慣れだ」
師匠が言う。
「唱えて覚える」
なるほど。お経みたいなものか。
でもお経って毎回変わったりしないよね。
もう一度。読む。
止まる。
やり直す。また止まる。
紙の上の術式は完璧なのに、発動しない。
それが一番悔しかった。
「……難しいです」
ぽつりと言う。師匠は何も言わなかった。
紙の上では完璧なのに、魔法にならない。
それが、どうしようもなく悔しかった。




