第24話 どこかの街の魔道具屋
「買い物に行くぞ」と言われて、いつもの食料買い出しとは違うということはわかった。
通常の買い出しはこのところもう私一人で行くのが通例になっていたから。
本当に遠いところなのだろう。
泊まりがけの準備をして、出かけることになった。
いつもの街から乗合馬車に乗って、別の街へ。
一泊してからさらに馬車で移動した。
その街は、私の知っているどの街とも違っていた。
いつも買い物に行く町よりはずっと大きい。
でも、前世の記憶にある王都のような整った街とも違う。
道が入り組んでいる。
歴史ある古い街、といった印象だ。
古い石畳の細い通りがいくつも分岐して、まるで迷路みたいだった。
「こっちだ」
師匠はいくつもの曲がり角を迷いなく進んでいく。
私は置いていかれないように早足でついていく。
師匠は細い裏通りへ入っていった。
さらに道は狭くなって入り組んでいる。
人がすれ違うにも肩がぶつかりそうなぐらいの細道には、小さな家や店がぎゅうぎゅうとひしめき合っていた。
しばらく進むと薄暗い道の中に小さな灯りと看板が見えた。
「ここだ」
入り口の簡素な扉と、小さな窓。
歪んだ丸い窓ガラスから光が漏れているが、窓の奥に何があるのかは見えない。
師匠は迷いなく入っていく。
鈴の音。
中に入った瞬間、私は立ち止まった。
「……え?」
外から見たより、ずっと広い。
びっくりするくらい広い。
体育館まではいかないけど、広めのコンビニが4つぐらいは合わさったくらいの広さがある。
表から見たサイズとは明らかに違っていた。
「幻視だ」
師匠が言う。
「あ」
なるほど。
異空間とかじゃなくて、見た目偽装してるってことね。
「魔法士のための店だ。目立つ必要がないからな」
私は思わずにやけた。
異空間じゃないのは残念な気もするけど、これはこれで。
(魔法世界っぽい……)
嬉しくなって店内を見回していると、奥から声がした。
「久しぶりだな、生きてたか」
店主らしい男性が笑っている。
師匠より少し年上に見える。
明るい笑顔のお兄さん……おじさん?微妙なところだ。
「生きている」
師匠がぶっきらぼうに答える。
「森の暮らしはどうだ?ちゃんと食ってんのか?」
軽口を交わす二人を見て、少しだけ不思議な気持ちになる。
(私の知らない師匠の世界だ)
大魔法士ヴァレリウスの過去については自分が読んだコミックス5巻まででは描かれていなかった。
王宮魔法士としての活躍と、陰謀に巻き込まれて失脚し、後輩であるヒロインが冤罪を晴らそうと動き出すあたりまでしか知らない。
小説では10巻まで進んでいたから、読んでおけば良かったと本当に思う。
受験勉強さえなければ、きっと読んでいたのに。
惜しいことをした。
改めて店内を観察する。
広い店内の一階には本がぎっしり並んでいた。
前世の大型書店を思い出す。
でも並んでいるのはカラフルな雑誌じゃなくて重厚な革装丁の魔導書ばかり。
難しい専門書のフロアって感じだ。
光魔法を閉じ込めたランタンがあちこちに浮いて、店内は優しい明るさに保たれている。
本棚は天井まで続いている。
一応梯子もあるようだが、なくても魔法士ならば魔法でスッと取り出して手に取ることができるだろう。
今なら私にでもできそうだ。
やってもそんな難しそうなものは読めないからやらないけど。
奥には二階へ上がる階段も見える。
世界観を壊さない、凝った作りの螺旋階段だ。
よしよし、いい感じ。
魔法世界のイメージ的に、非常に正しい。
「本を見てくる」
師匠が言った。つまり自由行動。
でも階段が気になって仕方ない。
ちらちら見ていると、ため息が聞こえた。
「二階へ行ってきてもいいぞ」
顔を上げる。
「魔道具がある。品物には触るな」
「はい!」
私は雰囲気のある螺旋階段をニヤニヤと踏みしめながらのぼっていった。
二階は半分が魔道具のフロアだった。
あとの半分は工房になっているようで、奥の方では職人らしい少年が作業している。
チラとこっちを見るだけです作業の手は止めない。
何を作っているのかはわからないが、その手は忙しく動いているようだ。
私は並べてある品物に目を向けた。
ガラス容器。
宝玉。
魔法陣の刻まれた鍋。
小さな絨毯。
布。
インクとペン。
紙の束。
何に使うのか分からないものが多い。
触らないように気をつけながら歩く。
その時。
「あ」
一本の小さな杖が目に入った。短めの菜箸みたいなサイズ。
「これ……」
暖炉に初めて火をつけたときの杖にそっくりだ。
(これ、あの時の……?)
でも少し文字が違うかな?確かめたくなった。
手を伸ばした瞬間。
ビシッ!
杖の先から炎が飛び出した。カーテンが焦げる。
「うわっ!」
私は反射的に魔力を動かした。
水を飛ばすのではなく。
そこに集める。
燃えている一点へ。
ジュワッ。
火は、消えた。
……しかし、カーテンは焦げている。
(やばい)
杖を拾って戻そうとした瞬間。師匠と目が合った。
2階に来てたんだ。
……マズイ。
「すいません!」
とにかく謝る。
「あの時と同じものかと思ってつい」
「それは増幅する方の杖だ」
やっぱり。
触っただけで火が出るなんておかしいと思った。
「火魔法のイメージをしながら触ったんだろう」
「ほんっとうに申し訳ありません!」
「消火は上手くやれたな。焦げたが」
店主と職人の少年も集まってきた。
「嬢ちゃん、なかなか制御ができるじゃないか」
店主が笑う。
「水浸しにされずに済んでまだ良かったよ」
少年が言う。
「どうすんだよ、カーテン。俺は補修できないからな」
店主が肩をすくめて師匠の方を見た。
「新しいのに替えればいいだけさ。なあ?ヴァレリー?」
師匠がため息をつく。
「……分かった。弁償する」
「ホンッットうに申し訳ございません!!」
必死で頭を下げる。
「気にすんな。コイツは王宮勤めの頃にたっぷり金を溜め込んでる」
店主は笑った。
「たまには使わせてやらねえと金も腐っちまう」
師匠はたくさんの本と魔道具、それに新しいカーテンの代金を払った。
店を出る前に、私はもう一度深く頭を下げた。
「すいませんでした」
店主は明るく笑う。
「ああ、気にするな。しっかり鍛えてもらえよ。嬢ちゃんの魔力量なら、これからが楽しみだ」
少し救われた気持ちで、店を出た。
帰り道。
私は少し迷ってから聞いた。
「あの、師匠」
「なんだ」
「店主さんに、嬢ちゃん、って呼ばれましたけど……」
師匠がちらりとこちらを見る。
「見た目じゃない」
すぐ前を向く。
「魔力の質を感じたんだろう。あいつは敏感な方だ」
なるほど。
敏感だったら魔力で性別もわかっちゃうのか。
それにしても。
「師匠と仲がいい方なんですね」
少し間があった。
あれ?
「……そうでもない」
その答えが、少しだけ気になった。




