第23話 風の攻撃魔法=その1=
師匠が積んであった薪を三つ取り出した。
庭のテーブルの上に置くと、こちらを振り返る。
「見ていろ」
次の瞬間。
シュッ、と空気が擦れる音がした。
薪が、音もなく――
スパン。
スパン。
スパン。
綺麗に半分に切れて、二つに分かれて落ちた。
「……えっ」
思わず声が漏れる。
切り口は信じられないほど滑らかだった。
斧で割った感じではない。
よく切れる刃物で切ったようなスパッと切られた断面。
師匠は平然と言う。
「これが最初の攻撃魔法だ。風属性の基礎、風切り」
少し間を置いてから、こちらを見る。
「どうやったと思う?」
風魔法として使ったことがあるのは、洗濯物を乾かすとか、髪を乾かすとか、部屋の換気とか、その程度だ。
でも、今のを見て浮かぶ言葉は一つしかない。
「かまいたち……みたいなもの、でしょうか」
「悪くない解釈だ」
師匠はそう言うと、さっき半分にした薪を六個、テーブルの上に立てて並べた。
「その位置から風魔法でこの薪を倒せ」
腕で立ち位置を示す。
「ただし、一回に一個だけだ。大きな風を送って全部倒したりするなよ。細くて強い風に調節しろ」
……ちょっと待って。風って、周りを巻き込む流れなのに。
水を飛ばすみたいにピュッと飛んでいくものじゃないでしょ?
「どうした、早くしろ」
「あっ、はい」
とにかくやるしかない。
端の薪を狙って、風を絞る。
できるだけ小さく。
放つ。
ブワッ。
風が届いた。
バタバタと四つが倒れ、五つ目もグラグラと揺れて、なんとか持ちこたえた。
「全部倒さなかっただけ見込みはあるな」
師匠が苦笑しているのが分かる。
最近、師匠はよく喋ってくれるようになった。
イワヤンやモアイの頃の
「やれ」
「もう一度」
「まだだ」
の繰り返しを思えば、かなりの進歩だと思う。
それだけでも修行はずいぶん楽しくなった。
推しの声は、アニメ化キャストで想像していたよりずっと低くて落ち着いているけれど、これはこれでとても心地よい。
たくさん話してくれるのが嬉しい。
そして、指導も分かりやすくなった。
「出す時は絞れているが、的に当たるまでに広がってしまっている」
「絞ったまま的に届かせろ」
「はい!」
もう一度。
風を絞る。
シュッ。
空気が擦れるような音がして、薪へ向かう。
鋭さを保つことに集中する。
五つ目と六つ目が揺れたが、どちらも倒れなかった。
狙いが外れたらしい。
「絞れていた。今のでいい。当てろ」
師匠が手をかざすと、地面に落ちた薪が元の位置へ戻る。
「はい!」
集中する。
風を細く、強く。
形を崩さない。
軌道をイメージする。
目標へ導く。
一つ、倒れた。
――でも。隣の薪も倒れてしまった。
師匠はテーブルの向こう側に、大きめの板を立てかけた。
「この板を揺らしたり傷つけたりするな」
薪の背景にスクリーンのように置かれる。
「ちょうど薪が落ちるだけの力に調整しろ」
そう言うと、師匠は家へ戻ってしまった。
できるようになったら呼べ、という意味だ。
薪を並べ直しながら、切り口を見る。
どんな刃物で切ったのかと思うほど綺麗な断面。
定規で測ったみたいに垂直な切り口。
その切り口を下にして立てると、薪はぴたりと安定した。
「はぁ~~……すごい」
ため息が出る。
道は遠い。
庭の隅に置かれているイワヤンたちを見る。
「ねえ、私頑張ってるけど、まだまだ先は長いみたいよ」
欅の木の下に並ぶ大小の石たちが、静かに応援してくれている気がした。
それから3日後には的が小さく重い石になり、
5日後には胡桃ほどの大きさの立方体が並んだ。
金属製で見た目よりずっと重い的だった。
空気砲の制度も強度も十分に上がったところで、的当て修行は終わりになった。
次の段階に進んだ。
いよいよ「風切り」だ。
目標を落とすのじゃなく「切る」。
丸太が庭の中央に立てられていた。
切り株を台にして、その上に固定されている。
師匠が言った。
「風を集めて、薄く、硬い形に整えろ。まずはあの丸太に傷をつけられる刃を作れ」
空気を絞る。
圧縮する。細く、鋭く。
手の前に、見えない刃を作る。
(これを……飛ばす)
少しだけ躊躇する。
それでも、意識を前に向けた。
風刃を放つ。
シュッ。
丸太に細い傷が走った。
丸太の硬さと相殺して、風の刃は消える。
「……できた」
思わず呟く。
だが、切り口を見た瞬間、胸が少しだけ冷えた。
細い線。
小さな傷だが、木の表面が確かに削れている。
(これ、人だったら……)
丸太はちょうど小さな人ぐらいの大きさ。
つい連想してしまう。
手が止まる。
師匠が近づいてきた。
「どうした」
「……少し、怖いと、思いました」
正直に答える。
「人を傷つける力って、こういう感じなんだなって」
しばらく沈黙があった。
そして師匠が言う。
「包丁は使うだろう」
私は顔を上げた。
「肉を切る。野菜を切る。森では狩りもする」
確かに……そうだった。
動物の肉を捌いたこともある。斧で薪を割るのは毎日のように。
「刃物は日常の道具だ」
師匠は丸太を軽く叩く。
「これも同じだ。扱いを誤れば危険だが、正しく使えば便利で人の暮らしを守るものになる」
もう一度丸太を見た。
細い傷。動物の爪で擦った程度の軽い傷だ。
これではまだ役に立たない。
深く息を吸う。
(……大丈夫)
風を集める。
今度は少しだけ自信を持って、切る。
さっきより大きな風刃を作る。
刃の鋭さを意識する。放つ。
シュッ。
さっきより明らかに深い傷が刻まれた。
師匠が頷くのが見えた。
これでいい。
正しく使うためにも、恐れない。
人を、暮らしを、守るための力。
暴力かもしれない、けど必要なもの。
守る側に立つんだと、私は決めたんだから。




