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第21話 新たな覚悟

5色石大サーカスの演技を披露して、驚きあきれる師匠の顔が見られてから数日後。


早春の光が、窓辺の机を柔らかく照らしていた。

今日は文字の練習を指示され、小さなノートに苦手な文字を書き写していた。


「クレス」


呼ばれて顔を上げると、師匠が立っている。


「話がある」


その声音が、いつもよりわずかに硬い。


胸が、どくんと鳴った。


(……来た)


文字の練習帳を閉じて立ち上がる。

椅子の脚が床を擦る音が妙に大きく聞こえた。


外ではなく、珍しく家の中の机を挟んで向かい合う形になる。

改まった空気。

膝の上で手を握った。


(村へ戻れ、かな)


この一年半で、生活はできるようになった。

森で一人でも生きていける程度の魔法も身についた。

文字も読める。


——弟子としての役目は、終わりだ。

寂しさが胸の奥で静かに広がる。


師匠が口を開いた。


「最初から分かっていたことだが」


低く、落ち着いた声。


「お前の魔力は、生活魔法で終わるレベルではない」


思わず顔を上げる。

あれ?……違う話?


「これから戦闘用の——攻撃魔法を教えようと思う」


一瞬、意味が分からなかった。


「……え?」


間の抜けた声が出る。


「その覚悟はあるか」


師匠の目は真剣だ。


戦闘魔法。

攻撃魔法。


(なにそれ、かっこいい)


思考の最初にそれが浮かんでしまう。


魔法で敵を倒す。

物語の中の魔法士がやっていることだ。

でもすぐに、別の疑問が浮かぶ。


(……あれ、この世界って魔物いたっけ)


森で見たことはない。

少なくとも、この一年半では。


師匠が続けた。


「攻撃魔法と結界防御が使えるようになれば、王宮魔法士を目指すこともできる」


「王宮魔法士!」


思わず声が大きくなる。


王宮。

それは原作の世界だ。

主人公リリアナがいた場所。

師匠も以前いた王都の中心。

『王宮魔法士シリーズ』の舞台。


胸が少し高鳴る。

けれど。

さっきの言葉が引っかかった。


——覚悟。


師匠は静かに言った。


「王宮魔法士の仕事は、自然災害からの守りや被害の復旧が多い」


一拍置く。


「だが、有事には——対人戦もある」


胸が冷たくなる。


(やっぱり)


原作の場面が頭に浮かぶ。


ヒロイン・リリアナが苦悩していたシーン。

人を傷つける魔法。

命を奪う可能性。


師匠は続けた。


「お前の魔力なら、強い攻撃魔法を使えるようになるだろう」


「……」


「だが制御力も鍛えてきた。相手を死なせないように調整することもできるはずだ」


死なせないように。

制御。


その言葉で、記憶が蘇る。


背中の石……

イワヤン。

モアイ。

小石を浮かせ続けた夜。

何度も失敗して、怒鳴られて、やり直して。


(……そうか)

ここまで見越していたんだ。


嬉しさが胸に広がる。

同時に、別の感情も生まれる。


怖い。

初めて、自分の力が怖いと思った。

自分が「暴力」を持つ側になる。


前世でも、この世界でも。

私はずっと守られる側だった。

女で、子供で、弱い側で。

柔道をやっていても、試合はルールの中のものだった。


でも攻撃魔法は違う。

本当に、人を傷つけられる力だ。

殺す……ことも、できる。


沈黙が続く。

師匠は急かさない。

ただ、待っている。

答えを。


目を閉じて深呼吸した。

怖い。

でも。

それでも。


「……お願いします」


 自分の声は思ったより落ち着いていた。


「師匠、戦闘魔法を教えてください」


自分の手を見つめる。

この手で、誰かを守れるなら。

そのための力なら、持ちたいと思った。


師匠はしばらく私の目を見つめていた。

そして、小さく頷いた。


「分かった」


その声は、いつもより少し柔らかかった。


「では明日から、修行を変えていく」


胸の奥が、静かに震えた。


弟子としての新しい一歩が始まるのを感じながら、クレシアは深く頭を下げた。


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