第19話 冬のジャムとパンケーキ
外はしんしんと雪が降っている。
窓の外は白く霞んで、森は音を吸い込んだみたいに静かだった。
生活魔法が使えるようになってから、寒さに困ることはなくなった。
暖炉の火も安定しているし、水も凍らない。
洗い物だって苦じゃない。
でも——。
ずっと家にこもっていると、何かしたくなる。
買い物に出ることもほとんどなくなって、備蓄していた食料を少しずつ消費する毎日だ。
保存しておいた干し肉や豆や乾燥野菜。
どれも大事な食料だけど、少しだけ「特別」が欲しくなる。
棚を整理していて、ガラス瓶が目に入った。
夏に作ったベリーのジャムだ。
森で一緒に採ってきた木の実を煮て、保存できるようにしたもの。
瓶の中で、深い赤紫色が静かに光っている。
(そろそろ食べてもいいかもしれない)
そう思った瞬間、何を作るかは決まっていた。
パンケーキだ。
前世でもよく作っていたし、こっちに来てからも何度か挑戦している。
小麦粉と卵と少しの甘味。
材料も単純だし、うまく焼ければちょっとしたご馳走になる。
それに——師匠は、実は甘いものが好きだ。
街で買ってきた焼き菓子が、いつの間にかなくなっていることが何度かあった。
本人は何も言わないけど、たぶん間違いない。
(喜んでもらえるかな)
少しだけ緊張しながら、準備を始めた。
小さなフライパンを温める。
生地を流す。じゅっと小さな音がする。
火加減が難しい。
強すぎるとすぐ焦げる。
弱すぎると膨らまない。
かまどの火を見ながら、ほんの少しだけ火魔法で温度を整える。
直接焼くのではなく、火力を抑えるだけの補助。
生活魔法の応用だ。
表面に小さな泡が浮いてくる。
タイミングを見て、ひっくり返す。
きつね色。
うまくいった。
手のひらサイズのパンケーキを、いくつも焼いて皿に重ねる。
ジャムの瓶を開けると、甘酸っぱい香りが広がった。
暖炉のそばを見る。
師匠は小さなテーブルで何かを書いている。
相変わらず背筋が伸びていて、動きが少ない。
「休憩しませんか?」
声をかける。
「ちょっと甘いものを作ってみたんです」
師匠は手を止め、静かにこちらを見る。
それから何も言わずに机の上を片付け、皿を置く場所を作ってくれた。
私はテーブルに並べる。
パンケーキ。
ベリーのジャム。
お湯で薄めたワイン。
暖炉の火がゆらゆら揺れている。
「これにジャムを塗って食べるんです。はい、どうぞ」
パンケーキを一枚取り、ジャムをたっぷり乗せて差し出す。
師匠は黙って受け取り、そのまま一口かじった。
もぐもぐと咀嚼する。
その様子を、つい見てしまう。
切れ長の目が、少しだけ見開かれた。
「うまい」
その一言で、胸がふっと軽くなった。
「よかった!どうぞ、いっぱい食べてください」
師匠はもう一口食べる。
「この、ジャムは」
「あ、気づきました?一緒に森で採ってきた木の実です。甘酸っぱくて美味しいでしょう」
「そうか……あれが」
ジャムの瓶をじっと見つめる横顔を、暖炉の火が照らしている。
穏やかな表情。
それが、少しだけ嬉しい。
三つ目のパンケーキを食べたところで、師匠が言った。
「お前は食べないのか?」
「食べていいですか?」
「当たり前だろう」
私は笑ってパンケーキを一枚取る。
ジャムを乗せて、かじる。
甘い。
少し酸っぱい。
温かい。
お湯割りのワインを一口飲むと、体の奥がじんわり温まった。
暖炉の火が静かに燃えている。外では雪が降り続いている。
冬の夜は長いけれど、この時間は、とても穏やかだった。




