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第12話 修行その3=三つの石=

目の前の地面に拳大の石が三つ並んでいた。

丸くて、少し土で汚れていて、どこにでもありそうな石。


また、石だ。

胸の奥に、言葉にならないため息が溜まる。


「今日からはこれを動かす」


背後から聞こえる、いつも通り低く静かな声。

振り向かなくても分かる。師匠は腕を組んで立っているはずだ。


「まずは一つずつでいい。浮かせて、止めて、ゆっくり下ろす」


簡単そうに言う。


イワヤンのときも。

モアイのときも。

全部そうだった。

地面の石を見つめる。


(また、石……)


本当は、火を出したい。

風を起こしたい。

水を操りたい。


せめて洗濯くらい魔法でできるようになりたい。

朝の水汲みも、薪割りも、皿洗いも、全部手作業だ。


魔法がある世界に転生したのに、やってることはほぼ原始生活。


(生活魔法……早く使えるようになりたいな……)


もちろん分かっている。

基礎が大事なのは。


分かっているけど。


「……やります」


小さく言って、石に手をかざす。


魔力を意識する。

体の奥から引き出して、指先へ流す。

石が、かすかに震えた。


よし。

さらに集中する。持ち上げるイメージ。

持ち上げる。

持ち上げる。

持ち上げる。


石がふわりと浮いた。


「――っ」


嬉しさで集中が揺らぐ。

石はすぐに落ちた。

コトン、と軽い音。


「……」


「続けろ」


淡々とした声。


もう一度息を吸う。


(焦らない)


浮かせる。

止める。

保つ。

石が浮く。少しだけ安定した。


三秒。四秒。

石が横に揺れ始める。

慌てて力を込める。

ガンッ。


石は地面にぶつかった。


「力を入れるな」


「……はい」


分かってる。

分かってるけど、できない。


手のひらに汗が滲む。


「魔力を押し出すな。支えるんだ」


「支える……」


もう一度。


石を浮かせる。

今度は、できるだけ何もしない。

魔力を「当てる」だけの感覚。


石が浮く。

揺れる。

でも、落ちない。


五秒。

六秒。

七秒。


石がすっと横に流れた。

慌てる。

落ちる。

コトン。


「……難しい……」


思わず漏れる。

返事はない。


でも、視線は感じる。


私は膝を抱えて座り込んだ。

イワヤンも、モアイも、しんどかったけど……。


「これ、地味に一番難しい気がします」


師匠が少し間を置いて言う。


「そうだな」


優しい声音。

ちょっと驚いて顔を上げた。


「大きいものは誤差が許される。小さいものほど難しい」


「……ああ」


納得してしまう。


モアイは重かった。

でも動きは単純だった。多少位置がずれても穴にはまってくれた。

この石は軽くて小さくて、言うことを聞かない。


「石一つを正確に止められないなら、術式は扱えない」


その言葉に、少しだけ胸が痛む。


「……生活魔法も?」


「同じだ」


静かな断定。


私は小さく息を吐いた。


「……ですよね」


分かっている。分かっているのだ。

近道なんてない。


石を拾い上げる。

土を払って、また地面に置く。


「もう一回やります」


今度は少しだけ、悔しさが前に出ていた。


手をかざす。

石が浮く。

一秒。

二秒。

三秒。

落ちる。


「……くそ」


思わず漏れる。


その瞬間、背後から微かに笑う気配がした。

振り向くと、師匠がほんの少しだけ口元を緩めている。


「……今の、聞こえてました?」


「聞こえた」


「……忘れてください」


「無理だ」


即答だった。


恥ずかしい。

でも少しだけ、肩の力が抜ける。


「もう一回」


今度は少しだけ、楽な気持ちで石を見る。


浮かせる。

止める。

支える。

石は、今までで一番静かに宙に浮いていた。


「できたら、それを三つ同時にやれ」


「えっ?」


一つで手いっぱいなんですけど?

三つ同時に浮かせて止めるんですか?

動揺した拍子に石が落ちる。


「あ」


「こうだ」


師匠はスッと手のひらを上にして前に出すと軽く指を曲げた。

三つの石が正三角形の位置に整い、ゆっくりと浮き上がる。

腰の高さぐらいまで上がったところでぴたりと止まり、動かなくなった。


「できるようならこういうのも良い」


そう言って指を動かすと、三つの石が平面上に置かれているかのようにくるくると回り出した。


「まずは」


指を止めると、石も止まる。

空中で静かに次の指示を待っているようだ。


「一つずつから、だな」


そう言うとゆっくり石を地面に下ろす。


……相変わらず、すごい。

簡単に見えるその動きが、どれほど難しいことなのか、今はわかってしまう。


これができなければ生活魔法は使えない。


あれ?――でも、それなら村のみんなはこんな訓練はすぐにできるってこと?


「質問です!」


「なんだ」


「生活魔法を使える人たちは、みんなこんな訓練してないと思います」


「そうだな」


「なんで私だけこんなことになるんですか」


「……自覚がないのか?魔力が大きすぎるからに決まってるだろう」


魔力が大きい。

……知ってる。


転生チートのお約束みたいなもんだと思ってたけど、これはチートじゃなくてハンデでは?


少なくともここまでで、魔力が大きくて得したことなんてない。

いやあるけど。

ヴァレリウス様の弟子になれただけで、それ以外はない。

ひたすらイワヤンやモアイとの親密度を上げただけだ。


でもヴァレリウス様と暮らせているから、良いのか。


小さい石をクルクル回す修行がずっと続いても、ヴァレリウス様だもんね!


推し、最高!!

推し、愛してる!!


辛いけど。

もう正直泣きそうだけど……!!


「わかりました。頑張ります」


今回の3個の石にはアイン、ツヴァイ、ドライ、と名付けた。


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