第11話 元王宮魔法士筆頭様と森のベリー摘み
春に咲いた花の実がなる季節になった。
森の奥へ少し入ったところに、甘い実をつける低木がある。
村にいた頃は、毎年この時期になると採りに来ていた。
それで、今日は朝から籠を用意してタイミングを見計らっていた。
「師匠、森で美味しい実がなってるんですけど、一緒に採りに行きませんか?」
魔道具をいじっていた師匠が顔を上げた。
「採取か」
「はい。保存もできますし、甘くて美味しいんです。ここから少し行ったところです」
少し考えてから、
「そうだな……森のことはあまり知らない。案内してもらおうか」
と立ち上がった。
よし。
今日は私が案内役だ。
生活魔法は何もできなかったけど、木の実取りは元々クレシアの得意分野。
背が高いから上の方まで手が届くし、細身だから茂みの中も入りやすかった。
目が良くて紛れやすい山菜やキノコもうまく見つけて、カゴいっぱいにして村へ帰る時はいつも幸せだった。
今日は、師匠に私が教える側。
それが今シンプルに嬉しい。自然と足取りも軽くなる。
森の中を進む。
私は木々の間を迷いなく歩く。
足元の草の具合や土の匂いで場所が分かる。
振り返ると、師匠が静かについてきていた。
「師匠、この辺りです」
低い木に、小さなつぶつぶの赤い実がたくさんついている。
「これ、食べられるんです」
一つ採って見せる。
「熟れてるのは少し柔らかいんですよ」
指で軽く押してみせると、師匠は真剣に見ていた。
「なるほど」
私は枝を引き寄せて、ぽんぽんと実を籠に入れていく。
村でやっていたことだから慣れている。
手が自然に動く。
「今年はたくさん実ってます」
カゴを地面に置いて、両手で実をつまみ取っていく。
気がつくと、師匠が籠を持っていた。
黒髪の美青年が真面目な顔で木の実のカゴを抱えている。
なんだか、可愛い。
「ありがとうございます」
師匠は何も言わずに少し位置を変え、採りやすい高さに籠を持ち直してくれる。
作業が楽で、少し面白い。
いつもは私が助手なのに、今日は逆だ。
「これは干してもいいし、甘く煮詰めて保存もできます」
「保存するのか」
「はい。冬に食べると美味しいんです」
私は実を一つ口に入れた。
「あ、これ当たりです。甘い」
師匠も手前の実をとって一つ食べる。
少し考えるような顔をして、
「……甘いな」
と言った。
そっちのは、ちょっとだけ酸っぱいやつだ。
でも黙っておく。
採取を終えて、切り株に並んで座る。
私は籠の中身を広げて、実を選り分ける。
「これは種を取って干します。こっちはそのまま食べる分」
師匠は黙って隣に座り、小さな実の種を取り始めた。
長い指で、丁寧に一つずつ。
なんだか不思議な光景だ。
宮廷魔法士筆頭が、森で小さな実の種取りしてる。
「師匠、そういうのやったことあります?」
「ない」
即答だった。
「毒草や薬草は学んだから分かるが、食用にするものはわからない」
ちょっと誇らしい気持ちになる。
「これは山育ちの得意分野です」
そう言うと、師匠が一瞬こちらを見て目を細めた。
何も言わないけど、少しだけ空気が柔らいだ気がした。
帰り道。
籠はしっかりした重さがある。
保存用に煮詰める分も十分だ。
「秋になったら、また違う実がたくさん採れますから」
振り向いて言う。
「また来ましょうね」
少し間があって、
「そうだな」
と返ってきた。
その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。




