第36話『動かない鉄屑と、進化した運び屋』
灼熱の荒野に、無惨な鉄の塊が沈黙していた。
かつて『ギガ・フロスト・ドラグーンカスタム』と呼ばれたその装甲トラックは、今や見る影もない。
エンジンは焼き付き、沈黙。当然、エアコンも作動しない。
外気温が四五度を超える中、密閉された車内は、エンジンの余熱も相まって地獄のような蒸し風呂と化していた。
おまけに、ベアトリスの『重量軽減』が切れたことで、炎竜の素材を用いた数十トンの総重量が復活。
悲鳴を上げたサスペンションはへし折れ、タイヤは車軸ごと深く砂に埋まり、完全に「座礁」している。
「動け……! なぜ動かん! 大枚を叩いて買ってやっただろうが!!」
泥と油と汗にまみれたゴルドフが、真っ赤な顔でハンドルを何度も叩きつける。
だが、鉄屑はピクリともしない。
後部座席では、私兵や役人たちが脱水症状を起こし、ぐったりと倒れ始めている。
「会長……もう、無理です……。水も、尽き、ました……」
「黙れ! 歩いてでも帝都に帰るぞ! このトラックを置いていくわけにはいかんのだ!」
ゴルドフは血走った目で喚き散らした。
彼はようやく悟り始めていた。
自分は「最新技術のトラック」という箱を金で買ったつもりだった。だが、本当に必要だったのは、それを制御・運用する「ケントたちの技術」だったのだと。
魔法という血が通わなければ、この鉄の箱は、ただの巨大な「棺桶」でしかなかった。
「くそっ……! あの詐欺師どもめ……!」
ゴルドフが呪詛を吐き捨てた、その時だった。
ヒュオォォォォォォン……。
風の音ではない。静かで、どこまでも澄んだ吸気音が、地平線の彼方から近づいてきた。
ゴルドフが重い頭を上げて窓の外を見ると――目を疑う光景が広がっていた。
青白い光の帯を引きながら、銀と金の流線型車両が、砂の海を滑るように接近してくる。
新型トラック『ギガ・フロスト・ノヴァ』。
ミスリルとオリハルコンが完璧な比率で融合したその姿は、泥にまみれた旧型とは対極にある、神々しいまでの機能美を放っていた。
強化されたベアトリスの浮力と、絶対零度の冷気を纏うその車体は、熱力学の法則を嘲笑う「絶対零度の特異点」だった。
◇
スーッ……と、新型車両がゴルドフたちの目の前で音もなく停止した。
ウィーン、と滑らかに運転席の窓が下がる。
車内からこぼれ出た極上の冷気が、ゴルドフの汗ばんだ顔を撫でた。
「よお、ゴルドフ商会長。随分と居心地の悪そうな車に乗ってるな」
窓から顔を出したケントは、冷酷なまでに落ち着き払っていた。
怒号も、罵倒もない。ただ、道端の石ころを見るような、ビジネスライクな視線だった。
「ケ、ケント殿……!」
ゴルドフは縋り付くように、這いつくばって窓へ近づいた。
「待っていたぞ! さあ、このトラックを直してくれ!
それとも、そっちの新しいのに乗せてくれるのか!? 金なら払う! いくらでも払うから……!」
契約書と金しか信じない男の、惨めな命乞い。
ケントはニヤリと、冷たく笑った。
「断る。それはお前の『財産』だろ? 大事にしろよ」
「なっ……!?」
「勘違いしてるようだから教えてやる。箱だけ奪っても、魂がなけりゃ、それはただの鉄屑だってな。
お前は法的手続きに則って、正当な取引をした。俺はそれを尊重しているだけだ」
ケントは、かつてゴルドフが放った「法の遵守」という理屈を、そのままそっくり叩き返した。
「ここは荒野だ。自分の足で帰るんだな。
……ま、その鉄屑を売れば、帰りの水代くらいにはなるんじゃないか?」
決定的な拒絶。
水一滴、情けの欠片も与えない。大人による、最も残酷な切り捨てだった。
「待ってくれ! 死んでしまう、このままでは本当に死んで――!」
「じゃあね、おじさん」
不意に、助手席のシエラの背後――後部座席からひょっこりと顔を出した青年が、無邪気に手を振った。
完成したトラックの乗り心地を試すため、ここまで同乗してきていたのだ。
「ひぃっ!?」
ゴルドフが腰を抜かし、砂の上に尻餅をついた。
帝都の商人である彼が、その顔を知らないはずがなかった。
「ふ、フィアン様……!? なぜ、帝国筆頭魔道士様がこんな所に……!」
だが、フィアンはゴルドフには一瞥もくれなかった。
彼にとって、この商人は路傍の石以下の存在でしかない。
フィアンは楽しげな笑顔を、隣のケントへ向けた。
「それじゃあね、ケント君。とっても楽しかったよ。
君のおかげで、熱力学の解像度が上がった」
フィアンは窓枠に手をかけ、ふわりと空へ浮き上がった。
自身が生み出した熱操作による、強力な上昇気流に乗っているのだ。
「次は『氷』の魔法を極めてみるつもりだ。
完成したら、また見せに来るからねー!」
フィアンの姿が天高く舞い上がり、次の瞬間、ソニックブームを残して帝都の方角へカッ飛んでいった。
残されたのは、圧倒的な「格の違い」を見せつけられ、絶望に顔を歪めるゴルドフだけだ。
◇
「出発するぞ」
俺は窓を閉め、アクセルを静かに踏み込んだ。
ヒュンッ……!
『ギガ・フロスト・ノヴァ』は、砂漠の砂を一切巻き上げることなく、音もなく加速した。
バックミラーの中。
小さくなっていく鉄の箱と、それにすがりつく小太りの男の姿が、やがて陽炎の向こうへ消えていった。
「わぁーい! 新しいトラック、すっごく快適ー!」
「シートがふかふかだよマスター!」
後部座席で、ミナとルルがはしゃいでいる。
奪われた日常が、より強固な形になって戻ってきたのだ。
「……マスター。フィアン様の音が、変わりました」
ナビシートのシエラが、不思議そうに空を見上げて呟いた。
「全てを燃やし尽くすような、暴力的な音から……冷たく、透き通った理知的な音へ。
でも、底知れない巨大さは、以前の比ではありません」
「……あの方、最後にとんでもないことを言っていませんでしたか?」
俺はルームミラー越しに、青ざめた顔をしているベアトリスと視線を合わせた。
俺も同じことを考えて、冷や汗をかいていた。
「……あいつ、次は『氷』を極めるって言ったか?」
熱を暴走させることしか知らなかった、帝国最高の火力バカ。
あいつに「熱を奪う(冷却する)」という熱力学の概念を教え、極低温の炎を完成させてしまったのは、他ならぬこの俺だ。
ただでさえ手がつけられない最強の魔道士が、万物の温度を自在に操る術を覚えてしまったら、一体どうなる?
(……俺、もしかして、とんでもないラスボスを育てちまったかもしれん)
一抹の不安が脳裏をよぎる。
だが、頼もしい相棒のステアリングを握る俺の手に、後悔はなかった。
最強の足と、最高の家族。
これさえあれば、どんな道だって走破できる。
「しっかり掴まってろよ、お前ら!
次の配送先まで、ノンストップでぶっちぎるぞ!」
俺たちは確かな達成感を胸に、新たな地平線(次なる冒険)へと向かって走り出した。
次回は
【 土曜日の 18:10 】に更新します!
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※本作品は、執筆の補助・推敲にAIツールを活用しています。




