10月11日 夕暮れ ~ 美緒 1/2
美緒は、飛鳥の森で歓迎会のテーブルに飾る花を摘んでいた。
びっしりと苔に覆われた弾力のある緑色の地面を踏みしめながら、建物を取り囲んでいる木々の間を歩く。
ここに流れる空気は、思わず立ち止まって深呼吸したくなるほど、しっとり湿り気を含んで心地よい。胸いっぱいに吸い込んだ空気が体のすみずみまで運ばれ、全身の細胞ひとつひとつに生気が満ちていく。
だが、今の美緒はそんな気分ではなかった。
高い枝に生い茂った葉に遮られ、空全体の様子はうかがえない。
そろそろ転校生が到着する頃だ。
花籠を手に玄関のほうに戻りかけ、ふと立ち止まると、急ぎ足で引き返した。
――もう一度、見ておかないと。
小走りで森を抜け、道の近くまで来ると、急に視界が開けた。
瀬戸内の島々のむこうにゆったりと沈んでいく真っ赤な太陽が目に飛び込んだ。
朝と変わらず、西の空全体に夕焼けが映えている。
天球の高いところには青い空が広がり、その下に浮かぶ白い雲は金色に縁取られて淡いピンクに染まり、夕陽に近づくにつれてピンクはオレンジに、そして落日の赤へと、彩雲が鮮やかなグラデーションを描いている。
生徒たちがつくりあげた青空には一点の陰りも現れず、終日、晴れが続いた。
いや、続いたというより、どんどん明るく、ますます透明になった。
――生徒たちの怖れは、いっそう大きく強くなっている。
朝方、少女が「これは予兆ですか?」と聞いたものは、夕暮れ時には、予知と呼んでいいほど、顕在化が近い気配へと変わっていた。
具象化するために密度を濃くしながら、収束し続けているものがあるのだ。
美緒は、次第に時間が迫ってくるのを感じていた。
――今夜だ。
きっと今夜、何かが起こる。
生徒たちが恐れたように、自分も怯えて感知するのをやめた――、そのくらい遠くて大きいものが、一気に正体を現すとは思えない。
でも、遠いままじゃない。
全部じゃなくても、とっかかりだけでも、何かが見える形で表に出てくる。
そして、動き始める。
いずれ直面するものに向かっての流れが――。
――全部が見えた時、それと対峙する覚悟をもてるだろうか?
乱暴な自問自答だとわかっている。
何のことかもわからずに、覚悟だけ決めるなんてできない。
だが、同時に確信していた。
覚悟があろうがなかろうが、いずれ必ず、その事態はやってくる。
早いか遅いか、時間の問題でしかない。
「どうしたの? せっかくきれいな夕焼けなのに、珍しく怖い顔して」
唐突にかけられた声に、ギクッとして振り向いた。
声の主が飛鳥の校長、咲原遼子だとわかると、美緒は、納得したようにうなずいた。
人であれ、植物や虫であれ、それがどんなに小さく微かなものでも、美緒は、その気配を余すことなく感知できる。
ただ、飛鳥で唯一、咲原だけが美緒の鋭敏なセンサーをかいくぐることができた。
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