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20/23

10月11日夕方 ~ 瑠奈    5/5

 左に見えていた湾が小さく縮んで下のほうになり、急に高い場所に登ったことが知れた。

 道は山の連なりを越えて、進行方向右、半島の西側に出た。駅からだと、山の反対側になるので見えなかった場所だ。

 遠浅の湾になっている東側一帯よりかなり標高の高い場所が、平たい台地になっている。

「ひと昔前なら、サッカー場ができそうでしょ」

 少年が瑠奈に言うと、

「だったら、その先はスキー場になりそうだぞ」

 青年が笑って続けた。

 台地はけっこうな広さがあった。半島の先に向かうにつれて、ゆるやかな傾斜で次第に高くなり、幅が狭くなっている。その先でさらに上に膨らむように伸びて、丘を形成していた。

 車は、台地の上をぐるりと回り込むと、仕切り直すように丘のほうへと角度を変えた。

 薄茶色の巨大な砂山に見える丘は、越えてきた半島の山と同じくらいの高さがあった。

 半島の先端、海に面した南側は、海中へとなだらかな曲線を描いているようで、全体に丸みを帯びた地形そのものに包容力があった。

 車が通ることでならされたらしい道が、丘の、山でいうなら三合目あたりへと続き、その先に見える緑色のかたまりの中へと消えていた。

 瑠奈が目を細める。

 緑のかたまりは森に見えた。

 居住区から木や植物が消えて久しいが、それは、どう見ても森だった。

 そして、緑の真ん中から赤いものが突き出ている。

 さらに近づくと、はたして緑のかたまりは、やはり、中世の田園風景画のようなこんもりとした森で、そこから頭を出しているのは建物だった。

「今どき森があるなんて、取材も受けたくらいなんだけど、きみ、驚かないんだね」

「……」

 青年が話しかけても、聞いていないのか、無視しているのか、瑠菜は応えない。

 無反応の瑠奈にはかまわず、少年が森を指さして言った。

「あの真ん中に建ってるのが飛鳥だよ」

 白い外壁が夕陽に映えて鮮やかな朱に輝き、まわりを囲んでいる濃い緑の森と相まって、それは緑の燭台の上で燃えさかる炎のように見えた。

 その炎を海風から守るように、丘が海に背を向けて両側から腕を伸ばし、燭台ごと胸に抱きかかえている。丘の両端が、半島の突端で屏風のように立ちあがり、巨大な波のように内陸側にカーブして、何とも絶妙に自然の風よけを作りあげていた。

 瑠奈は、森の中に立つ飛鳥を見つめた。

 ――あれが、あなたが来たかった飛鳥よ。

 胸の内でミカエルに話しかける。

 だが、何も返ってはこない。

 ――聞いてるの? 何とか言いなさいよ。

 まわりの気配に、耳が痛くなるほど感覚を研ぎ澄ます。

 が、しんとしたまま、何も動かない。

 瑠奈は苛立って声を荒げた。

「あれが飛鳥なんだって」

 それは、駅で出迎えを受けてから初めて瑠奈が発した言葉だった。

 そのひと言が車内に落ちたとたん、砂利石をこする派手な音をたてて車が道から飛び出した。

 慌てて急ブレーキをかけた青年と、とっさに身をすくめた少年は、茫然として顔を見合わせた。

「今の、聞いたか?」

「……」

 言葉を失い、少年がかくんとうなずく。

「なんて声してるんだ」

 ふたりは後部座席を振り返ると、珍しいものでも眺めるように瑠奈を見つめた。


更新:週一、月曜

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