10月11日夕方 ~ 瑠奈 5/5
左に見えていた湾が小さく縮んで下のほうになり、急に高い場所に登ったことが知れた。
道は山の連なりを越えて、進行方向右、半島の西側に出た。駅からだと、山の反対側になるので見えなかった場所だ。
遠浅の湾になっている東側一帯よりかなり標高の高い場所が、平たい台地になっている。
「ひと昔前なら、サッカー場ができそうでしょ」
少年が瑠奈に言うと、
「だったら、その先はスキー場になりそうだぞ」
青年が笑って続けた。
台地はけっこうな広さがあった。半島の先に向かうにつれて、ゆるやかな傾斜で次第に高くなり、幅が狭くなっている。その先でさらに上に膨らむように伸びて、丘を形成していた。
車は、台地の上をぐるりと回り込むと、仕切り直すように丘のほうへと角度を変えた。
薄茶色の巨大な砂山に見える丘は、越えてきた半島の山と同じくらいの高さがあった。
半島の先端、海に面した南側は、海中へとなだらかな曲線を描いているようで、全体に丸みを帯びた地形そのものに包容力があった。
車が通ることでならされたらしい道が、丘の、山でいうなら三合目あたりへと続き、その先に見える緑色のかたまりの中へと消えていた。
瑠奈が目を細める。
緑のかたまりは森に見えた。
居住区から木や植物が消えて久しいが、それは、どう見ても森だった。
そして、緑の真ん中から赤いものが突き出ている。
さらに近づくと、はたして緑のかたまりは、やはり、中世の田園風景画のようなこんもりとした森で、そこから頭を出しているのは建物だった。
「今どき森があるなんて、取材も受けたくらいなんだけど、きみ、驚かないんだね」
「……」
青年が話しかけても、聞いていないのか、無視しているのか、瑠菜は応えない。
無反応の瑠奈にはかまわず、少年が森を指さして言った。
「あの真ん中に建ってるのが飛鳥だよ」
白い外壁が夕陽に映えて鮮やかな朱に輝き、まわりを囲んでいる濃い緑の森と相まって、それは緑の燭台の上で燃えさかる炎のように見えた。
その炎を海風から守るように、丘が海に背を向けて両側から腕を伸ばし、燭台ごと胸に抱きかかえている。丘の両端が、半島の突端で屏風のように立ちあがり、巨大な波のように内陸側にカーブして、何とも絶妙に自然の風よけを作りあげていた。
瑠奈は、森の中に立つ飛鳥を見つめた。
――あれが、あなたが来たかった飛鳥よ。
胸の内でミカエルに話しかける。
だが、何も返ってはこない。
――聞いてるの? 何とか言いなさいよ。
まわりの気配に、耳が痛くなるほど感覚を研ぎ澄ます。
が、しんとしたまま、何も動かない。
瑠奈は苛立って声を荒げた。
「あれが飛鳥なんだって」
それは、駅で出迎えを受けてから初めて瑠奈が発した言葉だった。
そのひと言が車内に落ちたとたん、砂利石をこする派手な音をたてて車が道から飛び出した。
慌てて急ブレーキをかけた青年と、とっさに身をすくめた少年は、茫然として顔を見合わせた。
「今の、聞いたか?」
「……」
言葉を失い、少年がかくんとうなずく。
「なんて声してるんだ」
ふたりは後部座席を振り返ると、珍しいものでも眺めるように瑠奈を見つめた。
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