10月11日夕方 ~ 瑠奈 4/5
前方には、海に向かって細長く伸びた半島が見える。
その背骨にあたる山々は、昔は内陸にあって、木々に覆われ、春から夏には若草色から深緑へと色を深め、秋には美しく紅葉し、冬は真っ白な雪をまとっていたのかもしれない。
だが、季節はとうの昔に移ろうことをやめ、四季はなくなり、木も草も姿を消し、今は、黄土色の乾いた土がむき出しになっていた。
道は、半島の上を左右に緩くカーブを繰り返しながら、先端に向かっている。
運転席の青年が時々バックミラーで後部座席を見ると、車が揺れても、瑠奈は無表情なまま、ぼんやりと景色に目を向けていた。
右側にはどんどん濃くなる夕暮れの空、左側には、駅前の丘から見えた湾が、近くなったぶん大きく見える。
遠浅の湾には、前時代の様式のビルが半身を海水につけていたり、折れた信号や看板が突き刺さっている。映画がリアル撮影されていた頃の街並みのセットを、そのまま海に浸したような景色は、夕焼けに照り映えて、屋外に放置された一連のオブジェのようだった。
青年が運転席のボタンを押し、車内に音楽が流れ出した。
「今日は、まる一日晴れっ放しだったから、この曲の気分なんだ」
男性のしゃがれた低い歌声が車内にゆったりと響く。古典ジャズに分類される英語の曲『イッツ・ア・ワンダフルワールド』が、夕暮れ時のエッセンスのように、朱に染まった風景に溶け込んでいく。
「見渡すかぎり、同じひとつの空の下、どこもかしこも晴れなんて、何年もなかったことだからな」
「夕焼けがこんなにきれいなら、明日も晴れますよね」
「はあ?」
前を見たまま、青年があきれ顔で苦笑する。
「夕焼けで明日の天気を占う気か? おまえ、絶滅古代種だな。今どき、一分後の天気だって、予測しようがないってのに」
「雲の動きは操れるって、以前、美緒さん言ってたけどな」
「そりゃ、美緒ちゃんなら、できるだろうけどさ」
「他にも、何人かやれますよ」
「おい、こら、自然はいじっちゃダメだって、美緒ちゃんがいつも言ってるだろ」
「でも、試してみないと始まらない」
「危ない奴だな。まさか、今日の青空……」
「やだな。違いますよ」
ふたりの会話には我関せずで、瑠奈は窓の外を眺めている。
「とにかく、今日はラッキーだったよな。このまま無事帰れそうだし、晴れた景色を転入生に見せることもできた」
「いつもなら、空から目が離せませんもんね」
「最近、天気の変化が加速してるしな」
「駅との往復だって、冷や汗ものです」
路面がでこぼこしているらしく、車体がガタガタと激しく揺れた。
少年が瑠奈を振り返った。
「もうすぐ飛鳥が見えるよ」
「……」
少年の言葉が耳に入っているのかいないのか、瑠奈は半島の先に横たわる海のほうを見つめたままだ。
そんな瑠奈を意に介すでもなく、少年は前方右側を指さして続ける。
「あっちの方角に」
車にぐっと圧がかかり、道が上り坂に入った。
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