ep169 巡る策謀② 用意された傀儡
ルガール皇国の皇宮の地下には、ごく一部の特別な者にしか知らされていない特別な場所があった。
それは皇宮の地下に広がる天然の鍾乳洞を利用して作られたものだが、そこにはかつて皇国によって滅ばされたという王国が崇拝する、邪神を祭る神殿だったとも言われる。
数百年前にその王国を征服して滅ぼした当時の皇帝は、地下神殿が持つ余りにも禍々しい雰囲気を恐れ、忌むべき邪神の神殿を鍾乳洞ごと崩落させて封印していたが、ここ数十年で浸食が進み、その一部は出入り可能となっていた。
現皇帝は皇帝となる前に偶然この地下神殿の存在を知り、その中へと入った。
そこで何が起きたかは不明だが、彼の帝位への執着は増大され、元より粗暴だった男は残虐で支配欲に取り憑かれた者へと変化した。
その結果、当時皇帝であった兄とその一族を殺しつくし、まだ年端も行かぬ第一皇子だけを生かしたままそこ地下神殿に繋いだ。
得も言われぬ禍々しい雰囲気を持つ地下神殿の邪気によって第一皇子の精神が侵されれば、それを見世物として国内を連れまわし、皇国内に潜んだ先代皇帝派を激高させてあぶりだす、ただそれだけのために……。
◇
そして今、昼間でさえ光もなく暗闇に包まれた地下神殿の中を、迷わず目的地へと進む男がいた。
「これも皮肉な話しだよね。生まれる予定の者が消えれば、生き残る予定では無かった者が生かされることになったのだから……」
そう呟いやルセルが示す意味を、理解できる者は誰もいない。
当人以外は……。
ルセルは自身が灯した小さな火魔法の明りを頼りに、地下神殿へと繋がる半分崩落しかけた真っ暗な通路を進むと、邪神を祀るために生贄を捧げる祭壇へと辿り着いた。
祭壇の前にあった大石は、上部がテーブルのように平らに削られ、かつては磨き抜かれたであろう場所には埃が積り、四方の穴に通じる溝は最後に血が流されたまま放置されていたのか、どす黒く変色して固まっていた。
その祭壇の更に奥には、一角だけ不自然に明かりが灯された場所があった。
「うん、僕の身代わりはまだここに居る。日々狂気に苛まれながら、代わりに『導き』を受ける日を待っているようだな」
そう言うと、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべた。
「辺り一帯の禍々しさも、今となっては心地よいな。本来の流れに従って奴が『導き』を受けるのはまだ先、ただ時の流れは加速しているからね。代わりに僕が堕としてあげるよ」
そう言うと、明かりの灯った方角へと無造作に歩みを進めていった。
古の時代には多くの血を吸った硬い石畳は、そんな彼の足音を地下神殿に響き渡らせた。
「だ、誰だ!」
「ふふふふふ、先ずはこの神殿に永らく繋がれながら、今もなお正気を保てていたことを喜ぶべきかな?
それとも、正気を保ち続けたが故に、未だに苦しんでいることを悲しむべきかな?」
「き、貴様は……、食料を持ってきた獄卒ではないな? な、何者だ!」
そう、彼には皇帝の命を受けた獄卒が、半分腐りかけた食料を持って二日に一度訪れる。
それを二日に渡って少しずつ食べ繋ぐことで、彼は復讐を胸に命を保ち続けている。
飲料水を得るのも排泄も、地下水が導かれた僅かな水流が通り溝で行うしかない。
かつては煌びやかな衣服を着て貴公子然としてた男の容貌も変わり果て、顔は泥と垢にまみれ髪は油で汚れて酷い有様だった。
「なかなか似合っているじゃないか? 以前の澄ました顔よりはよっぽど、ね」
ルセルの物言いは、まるで彼を知っているかのようだった。
それもあながち間違いではない。
ルセルは今回の彼とは面識もないが、前回の歴史では彼をよく知っていたからだ。
「貴様に何が分かるというのだ! 私を誰と思って……」
「分かるさ、君よりも長い時間、ずっと狂気との狭間を生きながら此処に放置されていたんだからね。
そして君が誰かは知っているよ。ねぇ第二皇子」
「!!!」
第二皇子と言われた瞬間、鎖に繋がれていた少年は怒気を露わにした。
「だ、だ、第二皇子ではないわ! 本来なら私は、皇帝となるべき第一皇子だった。あ奴が卑怯にも皇帝陛下を弑逆さえしなければ……」
その言葉にルセルは冷笑を浮かべて首を横に振った。
「僕も君の論法に合わせてみようか? 君は本来なら第二皇子だったんだよ。もちろん皇位継承権もない飼い殺しさ。たまたま半年前に正妃から生まれて来るはずの第一皇子が死産だったから、妾腹の君が第一皇子となって皇位継承者に成りえたに過ぎない。もっとも、今となってはそれもただ虚しいものだけどね」
「なっ! お前はそれをどこで!」
その事実を知る者は今のルガール皇国では殆どいないはず、そう思って第二皇子と呼ばれた男は闖入者を睨みつけた。
「だからボクは全部知っているんだよ。それに第二皇子ごときが、僕に対して無礼は許さないよ。本来なら君は、見せしめにもならない第二皇子として、あの男に処分されていたのだからね」
「な……、何を?」
「今の君は偶然生かされた、ただの身代わりに過ぎない。そしてこの先は自身の運命と不遇を呪い、復讐心で業火に身を焦がして狂うことになる。この世界の全てを滅ぼす者となる誓いを立てて、ね」
「私が? そのような愚かな誓いを立てる訳がない!」
「では、簒奪者であるあの男が憎くないのか? 敵を討って殺したくはないのか? 今の君でも、その思いは何よりも勝っていたはずだが?」
「ああ、憎いさ! 私は復讐のためなら何だってやる! そして奴をただ殺すだけでは我慢がならない。
全身を少しずつ切り刻み、殺してくれと泣き叫んでも許さず、苦痛を与え続けながら殺してやりたいさ!」
「ふふふ、その点だけは僕と君は同意見ということだ。そして僕には、君の悲願を叶えるための手段がある」
「なんだと!」
「先ずはここから解放してやるさ。その先は交換条件だ。僕の言う通り動いてくれさえすれば、栄華の絶頂に上り詰めた奴を、奈落の底に突き落とすことも可能だからね」
「もちろんだ、先ずは私をこの場から出してくれたなら、その後は何だって話をきいてやるさ」
「違うな、先ずはこの場から出るために、お前は僕の要求を全て素直に聞くんだ。順序を間違えるな!
そのためにはどんな恥辱にも耐え、本心を隠し通す仮面を被ることを誓ってもらう。それができない者なら必要ない。ここで叶わぬ望みを唱えながら死ね!」
ここでルセルはあからさまに口調を変えた。
相手に一筋の光明を見せた上であえて突き放すという、非常に残酷な形で……。
「……」
「良いか? 先ずは自身の立場を理解しろ! 僕が手を下さなければ、お前はここで自身の運命を呪って気が狂い、見世物にされて醜く朽ち果てるだけだ。今のお前に選択権は何ひとつない」
「分かった……」
「分かったではないだろう? 分かりました、だ。いちいち僕を煩わせるな! 復讐のためなら何だってやると言った言葉は、そんなにも軽いのか?」
「ち、違う! いえ、違い……、ます」
「違うならどうする?」
「貴方の言葉に従います。目的を叶えるその日まで……」
「では僕の前に跪け! 心の中に憎悪と恥辱を満たしながら」
ここでルセルは、跪いた第一皇子の頭に手を翳すとドス黒い靄のような何かが第一皇子の頭部を包み込んだ。
一瞬だけ何かに抵抗するように大きく目を見開いた第一皇子だったが、そのまま意識を失うと崩れ落ちた。
「フフフ、これでもう君は生まれ変わった。かつてのボクが演じた役割を演じる、道化としてね……。
さぁ、世界を滅ぼす戦いの始まりだ!」
暗闇に包まれた地下神殿の静寂は、ルセルの上げた狂気じみた笑い声が響き渡っていた。
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次回は5/13に『巡る策謀③』をお届けします。
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