ep170 巡る策謀③ もう一人の傀儡
ベルファスト王国の王都では、王位継承を目論む各陣営が慌ただしく動き、王都はこれまでにない緊張感に包まれていた。
というのも、これまで小康状態を保っていた国王の容体が急激に悪化し、一時は危篤状態にまで陥っていたからだ。
それに対し、三人の王子の動きは対照的なものだった。
「何故陛下にお目通りが叶わんのだ? このまま勝手に崩御するなど許されることではないわ! せめて生きているうちに王国の未来を担う俺を、王位継承者として宣言させるのだ!」
そう言って第一王子は、苛立ちを隠さなかった。
これまでも三度ほど面会を求める遣いを送ってはいたが、全て門前払いだったからだ。
「それが……、王宮には『勅命』を受けた近衛師団第二軍が展開し、『今は国王陛下の安静と静養こそ第一であるのに、陛下の宸襟を騒がせ奉るとは不届き千万! 王国への反逆とみなし対処するぞ!』と言って戦も辞さぬ構えで……」
「くっ、何を言うか! 元はと言えば奴(第二王子)無能者で腰抜け、第二軍も卑しい者たちの寄せ集めではないか! 病で血迷った陛下の威を借りて、増長するにも程があるわ!」
口惜し気にそうは言ったものの、病状が悪化する前に国王は手を打っていた。
三人の王子と重臣たちを集め、敢えて大勢の前で勅命を下していたからだ。そのためいかに第一王子と言えど、その勅命を覆すことはできなかった。
『余はこれより静養に専念し病と闘う覚悟を決めた。そのため当面の間、国政は各大臣に委ねるゆえ別命あるまで一切の面会を禁じる! 現時点で最大兵力を誇る近衛師団第二軍には王宮の警備を任じ、余の許可なくば誰一人として通してはならん! これに反するものは反逆者とみなして処断せよ!
なお面会禁止は第二軍の軍団長も同様である!』
いつになく厳しい口調でそう宣言したのち、国王は王子たちから沸き上がった抗議を一切受け付けることなく、王宮の奥へと姿を消していた。
近衛師団第二軍は第二王子の直轄部隊であったが、当の第二王子も面会を禁じられていること、現時点では国内最大の戦力であること、この二点から第一王子と第三王子は渋々引き下がるしかなかった。
「何故だ? 卑しい身分の者たちや屑共で構成された第二軍が、国内最大の軍団になりおおせたのだっ!
何故だ? 栄えある第一軍が、未だに定数の七割しか集まらんのだ!」
「そ、それは……」
第一王子は怒りに任せて辺りのテーブルや椅子を蹴り倒したが、臣下の者たちは彼に『事実』を告げることはなかった。
そもそも第一軍は根本的な問題を抱え、今や彼の言った定員の七割すら満たしていないのだから……。
第一に、こと軍事に関して第一王子は素人であり、兵たちからの信頼は絶望的なレベルだった。
第二に、兵たちを慮ることのない主の下では待遇も悪く、兵たちからの人望もなかった。
第三に、上級貴族の子弟が中心で身分により処遇が変わる第一軍は、身分の低い兵たちにとって居心地の悪い場所だった。
もちろん最初から各師団間に格差があった訳ではない。
近衛師団は当初、第一軍10,000名:第二軍10,000名:第三軍10,000名と均衡の取れた構成であったが、三人の王子が軍団長に就任してから状況が一変した。
その直後は第二軍からの転籍者や辞職が相次ぎ、第一軍12,000名:第二軍 7,000名:第三軍11,000名と構成数が変わり、二人の王子は第二王子を無能者と笑い、第二軍を『いずれ解体される癒しき者たちの吹き溜まり』と称して嘲笑っていた。
だが、時が経つにつれて状況は劇的に変化した。もちろん、二人の王子の期待とは真逆の方向に……。
今の構成比は、第一軍 6,500名:第二軍14,500名:第三軍 7,500名と、絶望的な差になっていた。
ありえない話ではあるが、仮に第一軍と第三軍が合流しても第二軍には敵わない。
そんな状況だからこそ、国王も王宮警備を第二軍に任せたのだと、実しやかに囁かれているぐらいだった。
今や第一軍は第一王子の支持者である上級貴族から兵員を補充すればするほど、同数以上の下級兵が転籍や退団を願い出るという『負』の状況に陥っており、手の施しようがないぐらいの惨状だった。
「くそっ、このままでは俺自身の身すら危ういではないか!」
かつて競争相手を武力で排除しようと目論んでいた第一王子は、逆に自身がそうされることに怯えた。
そのため自身の邸宅がある離宮に第一軍を駐屯させ、親派の貴族にはひたすら『援軍』を派遣するよう使者を送っていたが、実行する者は居なかった。
願われた側にとっても迷惑な話で、そんな事をすれば国王の静養を邪魔する不忠の者として、王国中きら糾弾されるとが分かっていたからだ。
第二王子も、『国王の宸襟を騒がせ奉り、平時に無用の騒動を起こした者は、叛意ありとみなし近衛師団第二軍が討伐する』と公言し、柄にもなく強い意志を見せていた。
かつては第二王子と率いる第二軍を嘲笑していた貴族たちも、今や全く違う目で、その存在に怯えながら王都の動静を静観していた。
◇◇◇ 王都、第三王子の居館
この日、第三王子は予てから遣いとして隣国に送り出していた、腹心からの報告を受けていた。
平伏する『遣い』に対し、第三王子は大仰に言葉を掛けた。
「ガーディア男爵よ、使者の役目大義であった。もちろん吉報を持ち帰ったのであろうな?」
それに対しルセルは、顔を伏せたまま答えた。
相手に見えぬよう、若干口元を綻ばせながら……。
「はい、殿下のご賢察の通りです。ルガール皇国の皇帝に謁見を賜り、来る日には援軍を派遣いただける旨、お約束を取り付けております」
もちろんこれは事実と異なる。
皇帝は『援軍』ではなく、孫を殺されたことを『報復』するために軍を派遣するのだから……。
「ハハハ、流石だな。してその『来る日』とは? それまでの算段はどうなっておるのだ?」
「はい、恐らくですがいずれ阿呆は暴発するでしょう。陛下の容体が芳しくないなか、宸襟を騒がせ奉ることになれば……」
「陛下は後継者を定めぬまま旅立たれるか?」
「畏れ多きことながら……。そうなれば罪は阿呆ひとりが被ります。そこで第二の仕掛けとして新たな混乱が起きます」
「ほう? どのような混乱だ?」
「第一王子派であり、同じく阿呆と名高いガーディア辺境伯が、無謀にも国境を越えて戦端を開きます。
もちろん我らがそれを仕込みますが、辺境伯の責はそれが属する派閥の領袖の責、第一王子には率先して戦地に赴いてもらいますが、なんせルガール皇国は強敵です。阿呆と阿呆の軍では、一敗地に塗れることとなりましょう」
「ははは、そこで私が仲裁に名乗り出る訳だな?」
「はい、ルガール皇国側への落としどころとして責任者の阿呆二名を処断、皇国の流れを汲む新王の即位、この辺りがが妥当かと思われます。何にしろ、既に筋書きは予め定まっておりますので」
これはあくまでも第三王子にとって都合の良い話、仮定に仮定を積み上げた単なる夢物語ではあった。ただそれでも彼には競争相手に対し、手詰まりとなった現状を打開する解決策に思えた。
「ははは、そうなれば奴(第二王子)も手出しできんと言う訳だな? この際だ、阿呆に付いた者たちも戦場で消えてくれれば有難いな」
「それは私がしかと見届けます」
「ふふふ、そうなれば其方も新たなガーディア辺境伯となり、新王の功臣として国家の重責を担うことになるな? 期待しているぞ?」
「はい、そのためにも殿下には、奴を激発させて騒動を巻き起こさせるよう、挑発をお願いします。
第二軍は国王陛下より勅命を賜ったのです、せいぜい我らの番犬として働いてもらいましょう」
実のところ、ルセルにとってはこちらが本命であった。
先に述べた仮説を信じた第三王子が、第一王子を激発させるために挑発を続ければ、火の粉は彼自身に降りかかる。激発した第一王子に暗殺されるという形で……。
過去にあった史実からも可能性は十二分にある。
ルセルは自身の役割として、歴史と同じ展開を導くように立ち回れば済むことだ。
『唯一の想定外は前回と違う動きをしている第二王子だが、最優先は激発させた第一王子に第三王子を殺させること。そこから先の手は、まだ幾らでも手はあるさ』
そう考えてルセルは笑みを浮かべた。
彼の意図を知らぬ第三王子が、高らかに笑う中で……。
彼にとって第三王子は、歴史を元通りの流れへと押しやるための傀儡であり、間接的には第一王子すら都合の良い状況を導くための傀儡であった。
ルセル自身は裏でそれらの糸を操り、過去の未来と同じ状況を作り出すだそうと試みていた。
これよりベルファスト王国の王都では、新たな騒乱の幕が開けることになる。
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次回は5/20に『暴挙に対する暴挙』をお届けします。
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