ep166 変わりゆく勢力図
毎月定例で開催されていた四畳半会議も、はや十二回目を迎えるようようになっていた。
この期間で大きく変わったことと言えば、まず一つ目は王都での勢力図だろう。
「私自身が望んだこととはいえ、バイデル殿の力量には改めて驚かされたよ。それに関して皆にも報告を……、お願いできるかな?」
第二王子は会議の冒頭からそう言ってのけた。
「まず現在お味方として旗幟を明らかにした貴族は現在十四家、旗幟は明らかにしていないものの、お味方となる意向を示している貴族は八家になります」
「なんと! バイデル、この短期間にか……」
兄レイキーも思わず声を上げていたが、流石としか言いようがない。
一年も経たずにこの成果だからね。
「なお、最初に挙げた十四家は全てリュミエールさまが睨んでいた家の者たちです。
私の方こそリュミエールさまのご賢察ぶりには改めて驚きました」
いや、バイデル……、褒めてくれるのは嬉しいけどさ、俺は過去の事実を知っていただけだからね。
そういう意味で賞賛には値しないんだよね。
それどころか八家は全くの新規だよ? そこに対しては俺は何も助言していないよ。
「これで第一王子の親派は大貴族を中心に八十家、第三王子は四十家、私はなんとか二十家を超えようとしているところとなった訳だ」
そう言って第二王子は自嘲気味に笑ったが、彼自身もこの数字が意味することは理解しているだろう。
そもそもがゼロからのスタートだったんだ!
いや、ある意味ではマイナススタートだからね。
「我が辺境伯家にも『かかる困難な事態を鑑み、大義に参加せよ!』との催促が来ておりますよ。
どうやら第一王子側も躍起になっているようで……」
そう、ガーディア辺境伯家は旗幟を明確にしてはいないものの、第一王子寄りの体を装っている。
あの一件(第二王子の訪問)では『二度とご来訪は御免被りたい』と公言するよう、第二王子からの依頼を受けて対応していたからね。
「第三王子の陣営はどうなっているのですか?」
「そうだね、少しずつだが確実に増えているね。北の皇国からは脅威を受けない、だけど今の体制下ではうだつの上がらない貴族を中心に取り込んでいるよ。ただ彼らは、それほど多くの味方を糾合しようとは思っていないようだけどね」
「分け前が少なくなるから、と?」
「ははは、男爵の言葉は言いえて妙だね。そもそも兵は囲っている近衛の一万だけで十分なのだろう。奴にはそれ以上の兵を抱える力(財源)もないからね。
それに主力は国境を越えて北から来るし、そのおこぼれに預かろうとしている者も多いようだ」
「では今のところ焦っているのは第一王子陣営のみ、そう言うことですか?」
「それも男爵の指摘通りさ。そのため私は、阿呆(第一王子)が暴発することを恐れている。
先日も病中である陛下の寝所に赴き『王位継承者として確定してほしい』と直談判に及び、呆れた陛下から追い返されていたからね」
そもそも病中の国王陛下の宸襟を騒がせること自体、不敬であり無礼なだけでなく心労を募らせることになる。
阿呆ゆえにそんな事も理解できないのだろう。
もし心労が重なり陛下が本来よりも早く逝去されたら……。
ここに至り俺は新たな一歩を踏み出す決心をした。
「ではここに至り私は、フィシス方面の防衛力を一段階上げていこうと思います。そろそろ動いても良い、いや、動くべき時期かと思われますので」
「それが良いと思うよ。急速に発展するフィシスとアスラ、そこを含む一帯はこの場に居ない男爵にとっても目障りな存在と思えるからね」
それだけではない、敵国に献じる格好の餌にもなるだろう。
大前提としてフィシスとアスラは他の主要都市と比べ皇国との国境に近い。そのため侵攻した敵軍は、先ずはガーディア辺境伯領内で拠点となる場所を取りに来るのは目に見えていた。
前回の歴史ではフィシスは存在しなかったが、それでも敵軍はアスラを占拠していた。
そして……、アスラは今のルセルが所有する男爵領にも近い。
「ところでフィシスの現状はどうなんだい?」
「はい、フィシスを含む一帯という前提ですが、人口は既に二万を超えています。
何年かすれば五万近い人口を抱え、アスラとフィシス一帯で十万の規模となるでしょう」
もともとアスラは人口五万に迫る都市だったが、もしそうなればこの二都市と一帯はガデルとその周辺域の人口さえ軽く上回ってしまう。
領都よりも地方都市の方が大きく発展するという逆転現象が起きてしまうだろう。
「周辺に新規開発した農地も順調です。ガーディア辺境伯領のなかでも、周辺を高い防壁で囲った安全な農村は他に類を見ないものですし、辺境伯より移住者に向けた期間限定の免税措置も功を奏しています」
これも通常なら二年のところ、敢えて三年という大盤振る舞いだ。
本来なら辺境伯の厚意なのだが、何故かそれも全て『賢弟』が取り付けた特別対応という話になってしまっている。
それに敢えて言わなかったが、フィシスは別の意味でも有名だからね。
『奇跡の街』とか、『賢弟様の統治する街』とか、『疫病に怯えなくて済む街』とか、『領民にとって優しい街』とか……。
それだけではない、フィシスとアスラは王国のどこを探しても見つからないような珍しい産品で溢れ、治安はどこよりもいい。
そのため一般の移住者以外にも一攫千金を狙う者や心機一転を図る者、困窮した結果流れ着いた者たちの来訪が後を絶たない。
疫病対応の経緯でガデル一帯からの移住者もいるが、その波は辺境伯領全土に及び、中には奴の領地から移住してくる者たちまでいる。
その旗頭となっているのは、元はトゥーレの裏町に住んでいたが、フォーレの恩恵で裏町を出た者たちだ。
彼らはトゥーレでさっさと店じまいすると、こぞってフィシスに移り住んでいる。
他にも移住者が増えたことには理由がある。
フィシスでは領民に対する様々な福祉施策も当たり前に行われており、無償で学べる学校や無償の医療機関、無償の託児所なども当たり前に存在している。
子供を抱えた女性や老人でも安心して働ける『場』が用意されており、孤児院などの福祉施設も行政府が直接運営しており、その規模は国内最大と言っても差し支えない。
「ふふふ、賢弟殿の王道楽土はフィシスにも広がっている、そういうことだね?」
いや……、殿下まで賢弟呼ばわりは止めてくれ。
俺はアリスやマリーから『空気が読めない』とよく怒られるぐらい、迂闊な男だぞ?
「それとフィシスの独自戦力も拡充を進めています。
あまり派手にやると隣の男爵が警戒しますので、現在は人口に合わせて表向きは歩兵三百に騎兵五百といったところです」
この辺りも王都の第二王子や近衛師団第二軍の伝手で徐々に拡大しており、ガーディア辺境伯の軍からも出向という形で、経費は向こう持ちで預けてもらっているからね。
それに俺たちの軍では兵の登用や昇進は身分に関係なく、能力主義を徹底している。
今まで身分の壁に悔しい思いをして来た者たちが集まって来ているしさ。
「表向きは……、だね。ちなみに正装した部隊はフォーレに帰したと?」
殿下が笑いながら示したのはアーガス率いる軽装騎兵部隊だ。
まぁ……、ずっと柄にもない堅苦しい装いをしてもらっていたからね。
「彼らは任を終えフィシスで新たに兵を補充したのち、主力はフォーレに戻っております。
現状でフィシス駐留が二百騎、フォーレの主力は三百騎となっています。
そのため表向きのフィシス駐留軍は八百、実質は派遣部隊も併せて一千といったところでしょう」
「もちろん男爵が今言った数字には、魔法兵団は含まれていないのだよね?」
「はい、フィシス駐留の魔法兵団は即応戦力として攻撃主力部隊の魔法士が五十名、支援部隊の魔法士が五十名、護衛騎士が百名です。もっとも……、フォーレの本隊はその倍以上おりますが」
「おおっ、すでにそこまで?」
殿下が驚いた魔法士の爆増にはもちろん理由がある。
最後にクルトが持ってきてくれた羊皮紙五百枚に加え、殿下からも第一陣として三百枚、その後も継続的に送られてきており現状累積で六百枚、それに加えて兄からも百枚譲り受けているしね……。
それもあってクルトが率いてきた儀式の『担い手』たちも、イシスと一緒になってフル回転で魔法士の発掘を進めている。
もちろん、事前に為人を確認した上で、の話だけど。
その結果、魔法兵団に所属する魔法士だけでも三百名を超えている。
それ以外にも、護衛騎士の中にもカールやアルトにミゼルのような魔法剣士もいるし、アリスやマリーのように政務に就いて護身だけの魔法に特化した者や、人威魔法だけを獲得したので後方支援(工作部隊)に回る者たちもいる。
それらを全て合わせれば四百名に届こうとしているのが現状だ。
「ははは、そうなると男爵の抱える軍は既に三千名にまで届き、第二軍から預けた者たちを含めれば四千名すら目前ということかな?」
「殿下の仰る通り、この短期間での躍進ぶりは目を見張るものがあるな……」
うん、正確には三千五百二十名、二つの街の自警団を合わせると軽く四千名を超えるんだけどさ……、ここは敢えて言わなくてもいいかな。
「それで……、男爵の言った『動く』とは兵の増強かな? であれば頼もしい話だけど」
いや、今でさえ本来ならキャパオーバーの兵を抱えているからね。
取り合えず魔法士以外の増員は一度止めるつもりだ。
「いえ、構造物で防衛力の向上を図り、ルガール皇国軍の予想進路に蓋をします。リュミエールが王都から派遣した地魔法士たちにより、名目上は新規開拓地の造成ということにして」
そう、国境からフィシスを狙って来るとすれば、敵軍の進路は想定できる。
まして俺は前回の進路を知っている。
「なので辺境伯には敵軍がそこを目指すよう、敢えて守りに穴をあけていただきたく……。
フィシスの軍も表向きは迎撃のため前線に向かい、守りは手薄となってしまう予定です」
「ははは、誘い受けだな? そこに招かざる客が後方より現れ、背後を衝いてくるともある、そういう訳だね?」
「はい、そうなれば誰の目にも奴の反逆は明らかとなります。奴が率いる兵たちから見ても……」
そうなれば、ここで初めて俺は奴の罪を鳴らす。
これにより何の罪もない男爵軍と奴の間を割く予定だ。
もし万が一奴が罠の存在を察知したとても、裏切りの抑止力になればそれでいい。
俺はこの二段構えで動くことにしている。
「では私も男爵の活躍を楽しみに、自身の役目を果たすとするかな。男爵の提案に従って第二軍の改革を推し進めた結果、それなりの額を散在してしまったからね。それらも含めて、これから取り戻すとするよ」
その言葉に商会長は大きく頷いた。
「これまでは試験的にしか販売していなかったフォーレの特産品を本格的に流させていただきます。
王都でも評判だった腕利き職人たちが最高の素材で作り上げた逸品ですが、自然に殿下の元へと流れるように手配しております。これで王都の商会はこぞって殿下の元へ参じるでしょう」
実はこれもずっと以前から布石は行っていた。
アスラール商会が連れてきた王都でも名の知れた職人たち、彼らがフォーレで最高の素材と出会った結果、持てる腕を存分に振るった逸品の数々が満を持して動き出すことを意味する。
金貨十枚の物を千個売ってもたかが金貨一万枚。
だが金貨一万枚のものを十個売っただけで十万枚になる。
アスラール商会が利益を独占すれば競合する商会が前のめりになって触手を動かしてくることもないが、販売元か王都の商人たちから一目置かれている第二王子なら別だ。
結局のところ第二王子は親交のある商人たちを通じ、敵対勢力である大貴族たちの懐から財貨を吸い上げ始めることに繋がる。
この後も幾つかの打ち合わせや確認を行い、十二回目の四畳半会議も幕を閉じた。
それぞれが次の目標を明確に定め、動き始めることを共有して。
(参考:十七歳時点でのリュミエール麾下戦力)
◇魔法兵団(720名)
団長 シェリエ
護衛騎士長 カール
分隊長 アルト・ミゼル
・攻撃主力部隊 120名(※内50名はフィシス駐留)
・支援魔法部隊 200名(※内50名はフィシス駐留)
・護衛騎士 400名(※内100名はフィシス駐留)
◇獣人戦士団(獣人部隊:1,000名)
重装騎兵部隊長 ヴァーリー
分隊長 ガルフ
第一歩兵部隊長 ウルス
第二歩兵部隊長 レパル
・重装騎兵部隊 600騎
・重装歩兵部隊 400騎
◇特殊作戦群騎兵部隊(ヒト種部隊:1,000名)
軽装騎兵部隊長 アーガス
分隊長 ザハール
直掩騎兵部隊長 カーズ
分隊長 コージー他4名
・軽装騎兵部隊 500騎(※内200名はフィシス駐留)
・直掩騎兵部隊 500騎(元トゥーレ駐留軍騎兵)
◇フィシス駐留軍(800名)
・騎兵部隊 500騎
・歩兵部隊 300名
◇その他(近衛師団第二軍預かり部隊1,000騎)
・騎兵部隊 948騎
・魔法士部隊 52名
◇自警団(600名)
フォーレ団長 ガモラ
副団長 ゴモラ
フィシス団長 ーーー
副団長 ーーー
・フォーレ自警団 300名
・フィシス自警団 300名
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次回は4/22に『魔の森での修行』をお届けします。
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