ep163 近衛師団の変化
第二王子が約一か月の旅から王都に戻ると、嘲笑と蔑みに彩られた噂話を酒の肴に、貴族たちはこの先での自身の未来を憂う会話が各所で行われていた。
「しかしな、未だに陛下がご壮健であるにも関わらず、こうも後継者問題が取り沙汰されるとはな。
困ったものよ……」
「そうだな……、陛下の下に隣国からの使者が訪れてからというもの、第三王子は積極的に動き始めているし、片や第一王子は近衛師団長を志願されたことだしな」
「務まるのか? こう言ってはなんだが……、あの方には色んなものが足らんと思うが?」
「隣国が不穏な動きを見せている中、自ら率先して陛下をお守りしたいと仰ってな。本音は見え透いているが、こうなっては我らも人質を出さねばなるまいて」
「陛下も頭を痛めていらっしゃったからな、それで今回の処置よ」
そう、第一王子が柄にもなく、そして能力的にも不十分であるのにも関わらず、近衛師団長を志願したのには二つの理由があった。
ひとつ目は、固有の領地と固有の兵を持たない王子という立場から、独自で動かせる戦力を持つためだ。
近衛師団長ともなれば近衛三軍、合計三万騎を指揮できる立場になり、兵権こそ国王にあるが、実質的に王国最強かつ最大と言われた軍を手に入れることになる。
そして二つ目、第一王子が国を憂うためと称して軍務に就いたともなれば、王国の貴族たちもそれに倣って子弟を近衛師団に入団させなくてはならなくなる。
言ってみればそれは、第一王子に対し人質を出すことに他ならない。
もちろんこれには第三王子陣営から異論が出た。
みすみす敵側が強大な軍事力を得ることを見過ごせる訳がないからだ。
もちろん国王も、阿呆と評判の第一王子に近衛師団を預けることは躊躇し、結果として望みを叶えつつ均衡を保つという策に出た。
近衛第一師団は第一王子に、第二師団は第二王子に、第三師団は第三王子を軍団長に据えるという、問題を先送りするような中途半端な形で……。
「それにしても……、我らもどちらに子弟を差し出すか、悩ましいことですな」
「ははは、誰も第二師団については悩まぬずに済むことが、唯一の救いだな」
「無能にもかかわらず帳尻合わせで軍団長が決まりましたからな。未来のない軍団にいても意味がないと、第二師団では退団を希望する者や、他の師団に異動願いを出す者が続出しているようですぞ」
「病などと称して取り繕うこともせずに、か?」
「はい、どうやらあの愚か者は、自ら願って出た旅でも恥の上塗りをして帰ってきたようです。
その様な者の指揮する軍団など、誰も所属したいとは思わんでしょう」
「あの悪徳商人から『身ぐるみ剝がされたこと』や、思慮に欠けた振る舞いで滞在先の辺境伯から『お帰り願い』が出されたことか? それ以外にも各地で『やらかして』戻ってきたと聞いたが?」
「はい、どうやら王都の居館まで借金の質に取られたようで、帰ってきてからというもの必死になって商人たちを招き、これまで収集したガラクタを売り捌いているようですぞ」
「ふん、王家の恥さらしだな。いずれ近いうちに第二師団は解体され、第一と第三に吸収されるだろうよ」
「ふん、次節の見えない者たちが辿る、哀れな末路とでも言うべきだな」
◇◇◇
このような噂が王都に広がる中、口さがない貴族たちの言葉に眉をひそめる者もいた。
それはこの人事を決定した当人だ。
「ブランシェ、余は其方の献策通り対応したが、本当にこれで良かったのか?
其方の名をますます貶めることになったと思うが?」
「構いませんよ、ルーファス兄上は焦ったあまり、踏み込んではならない場所まで立ち入りましたからね。
このままでは陛下の近衛がノワルデを害する事態にもなりかねませんから」
そう、活発化した第三王子ノワルデの動きに焦った第一王子ルーファスは、近衛師団長を志願して独自の兵を手に入れ、敵対する第三王子を武力によって押さえつけるような動きに出た。
片や第三王子陣営も隣国から直属の護衛を派遣させるよう動き出した事態に至り、国王は第二王子の献策を容れて三者を平等に扱うとして、今回の人事を決定したのだから……。
「だが今や一方的に嘲笑の的となっているのは其方ではないか?」
本来なら国王は最も優秀で、優秀だからこそ自身の立場を理解し、無能を装うことで無用の争いを避けてきた第二王子を後継者としたかった。
だが……、そうすれば大貴族たちは一斉に離反し、隣国もまた内政に介入してくることは目に見えている。
もし強引に即位させたとしても必ず国が割れ、内乱に発展する。
それ故に敢えて後継者を定めず、第二王子が活躍して名実共に実権を得る機会を待っていたのだが……。
視察から帰って妙にやる気になった第二王子だったが、どう見てもより立場を悪くしているかのようにしか思えなかった。
「そんなことより、今回の旅の成果は金貨十万枚にもなりましたよ! いつも通り二割は密かに陛下に届くよう手配しておきましたからね。今回も良い商いができました」
そう、第二王子は商売の傍ら、王国各地の情報や貴族の動向を調査し、ついでに利益の一部を王室の機密費として献上していた。
たからこそ国王は今回の辺境行きも許可したのであり、実のところ彼は国王の目と耳でもあった。
「其方の手腕こそ国家の運営に大きく寄与すると思うのだが……」
「私が表に出ればあの二人は何かと騒ぎ立てることでしょう。それに、私には支えてくれる『人』が居ませんでしたからね。まぁ今回は、ひとかどの『人物』に出会え、支持を取り付けたことが一番の収穫でしょうね」
「ふふふ、十万枚の金貨よりも、か?」
「はい、百万枚の金貨よりも、ですね」
そう言って第二王子は笑った。
その表情は自信に満ち、かつて国王がみたこともないような覇気に満ちていた。
「では近衛第二師団の件も、其方の好きにするがよい」
「ありがとうございます。我らのような浮世離れした者からは想像すらできなかった、面白い提案をしてくれた者もおりますので……。どうか楽しみにしておいてください」
◇◇◇
翌日から王都に駐留する近衛師団にはちょっとした動きがあった。
第二軍に所属する者が出していた異動願いは、全て軍団長から受理され、それぞれが第一または第三師団へ転属となっていった。
逆に第一師団や第三師団に所属する、身分の低い者や上官から疎まれてうだつの上がらなかった者たちは、その交代要員として第二師団に送り込まれていった。
「『玉』(貴族の子弟)を捨てて『石』(下級貴族や平民)を拾う愚か者よ」
貴族たちはこの人事をそう言って大いに笑ったが、その真意を知るもの誰もいなかった。
その後も第二軍からは脱落者が続出し、その数は一千人あまりに上った。
「卑しき身分の者たちでさえ見限って遁走したか? 流石に上がアレでは命を捨てるよりマシだろう」
子弟を第二軍から『救出』できた貴族たちは、そんな噂を聞いて安堵に胸を撫でおろしていた。
元より第一第三師団に肩入れしていた貴族たちは、この事態を嘲りながら笑ったが、彼らが知らぬ、いや、気にも留めなかった些細な出来事もあった。
敢えて第二師団に子弟を送った世情に疎い田舎貴族が数家あったが、そのなかで一か月の試用期間に音を上げて去っていった軟弱者も居た。
何故か遁走した者たちは皆、その『軟弱者』と交流があったと言われる者たちであった。
こうして近衛師団がそれぞれの思惑で変貌を遂げるなか、他にも変化が現れ始めていた。
それは第二軍で起きた変化ばかりだったが……。
ある時は……。
「聞いたか? 第二軍の奴ら、最近改善された食事の内容に大喜びしているらしいぜ」
「ははは、戦う前に食い物かよ。軟弱な軍団に相応しい話じゃねぇか?」
「だが……、食事の内容は格段に良くなり、時には王都では絶対に食べることのできん、珍しい最高級の肉が出ることもあるらしいぞ?」
「そ、それは……、俺も食ってみたいな」
またある時は……。
「第二軍の奴ら、急に身なりが良くなったと思ったら、『被服手当』ってものが出るらしいぞ?」
「仕方あるまい、所属する者たちの殆どが下級貴族や平民だからな。満足に服を買う金もないのだろうよ」
「いや……、軍服も全て新調されて無償供与されたらしく、予備や礼装まで与えられているそうだ」
「何だと! 俺たちの軍服は一着しか支給されず、礼装は上級士官のみの支給だぞ? どういう事だ!」
「俺たちも……、ダメ元で軍団長に願い出てみるか?」
「ダメだ! 余計な事を言って、第二軍に左遷されでもしたらどうするんだよ!」
「だが……、なんかそれもアリな気がしてきたんだが……」
またまたある時は……。
「おい! 第二軍では兵舎が改められ、全てが新築で個室だと! 何でここまで待遇が違うんだよ!」
「そんなもの知るかよ! 上に聞け!」
「そもそも何でいつも第二軍ばかりなんだ?」
「人気取りでもしないと、兵が居なくなるからだろうよ!」
「だが……、他にも俺たちと待遇が違うことは沢山あるぞ! どうしてだよ!」
「それは……、わからん! そんなに羨ましければ第二軍に異動願いでも出せばいいだろうが!」
衣食住だけではない。
第二軍は軍団長の指示で、訓練内容も精神論から合理的なものへと変化し、更に兵装までが改められ始めた。
もちろんこれらは全て、軍団長(第二王子)が豊富な資金力を背景に全てを自費で賄ったものであり、各軍団に対して国庫からは、これまでと等しく定まった予算しか割り当てられていなかった。
そのため第一軍や第三軍に所属する者たちは、第二軍の変化を指を咥えて見ていることしかできなかった。
当然のことだが、双方の軍団長(第一王子・第三王子)は、わざわざ兵たちのために自腹を切る様なことは決して無い。
最後の止めは、近衛師団第二軍の軍団長(第二王子)が自ら発した、異例ともいえる方針だった。
ひとつ、第二軍に限り昇進昇格などの人事は、これまでの家門(門閥)の重視の査定を改め、本人の能力重視に移行する。
ひとつ、国を守る者は自身の家族を守ることも必要との観点から、兵が扶養する妻子や親の数に応じ、俸給に扶養手当を追加支給する。
ひとつ、訓練や模擬戦などで優秀な結果を残した兵には、奨励として一時金を支給して研鑽を支援する。
ひとつ、第二軍に限り近衛師団の任務を拡大するが、その任務に応じて各種手当を設定し、その任に当たった者の俸給に上乗せする。
これらのことは、多くの者にとって驚愕すべき内容だった。
「やはり無能な愚か者よ、王国の藩屛たる我ら貴族の誇りを汚すか!」
「下賤の者たちの指揮に従えとでも言うのか? 狂気の沙汰だな」
「これで第二軍の解体は確定したというものよ。布告を聞き直ちに辞表を叩きつけた者が何十人もいたそうだぞ」
「下級貴族や平民などの貧乏人は、目先の金に釣られて喜んでおるわ。あさましい限りだが、まさに似合いの軍ということよ」
貴族たちはそう言って第二王子を嘲った。
だが……、これにより第二王子は何十人、やもすると百人規模の団員から不興を買ったが、その代わり数千人の兵たちから熱狂的に支持されるようになった。
「ははは、噂とは大違いだぜ! これまでもそうだが、家柄しか能のない阿呆たちがこぞって出て行ったからな」
「俺たちだって頑張れば隊長や……、千人を指揮する部隊長にさえなれるってことだぜ? 凄くないか?」
「飯も旨いし兵舎も良い、しかも服まで新調だぜ。その上で手当が増え昇進だって……、最高じゃねぇか?」
そして遂に……、無駄に張り切った阿呆(軍団長)が兵士たちに無理難題ばかりを押し付けていた第一軍から、第二軍への異動願を出すものが現れた。
それを契機にその勢いは加速し、同じような志願者は第三軍からも出るようになった。
兵たちの現状を知らず、雲の上の存在であった二人の王子は、これらの願いを『哀れな平民の卑しい発想』と嘲笑いながら許可していたが、やがてその数が無視できないまでに増えていくと、その笑顔が引きつる事態になる。
いつしか第二軍は千名以上の定員が欠けていたにも関わらず、当初の定員以上の兵を抱える事態になった。
片や第一軍と第三軍は……、当初の異動希望者を受け入れ、更に多くの貴族子弟が新規で加わったにも関わらず、いつの間にか千名という単位で定員を割り込んでいた。
日々の生活への満足と不満、家柄だけの評価と徹底した能力主義、これらの違いはやがて明確な士気や練度の差となって表れ始める。
浮世離れした生活を送る二人の王子たちは、これらの事情すら知らず、また理解することもなく、最後まで兵たちの気持ちに応じることも無かった。
彼らはただ訳が分からず、その変化を苦々しく見ているだけだったという。
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次回は4/1に『四畳半会議』をお届けします。
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