ep160 異界の地
アスラにて一通り第二王子を歓待したのち、俺たちはフィシスへと移動した。
もちろん第二王子は、アスラにて本拠地を構えるアスラール商会の本店や、街で大人気となっている直営店の数々を見学したがっていたが敢えて後回しにさせた。
見るにしても商品の出元を見た後のほうが納得がいくからだ。
アスラより騎馬を走らせることしばし、フィシスの城壁が見えて来た。
「男爵よ、街の手前にある城塞は何だ。あのようなものがあるとは聞いていなかったが?」
そりゃあ聞いてないでしょうね。
だってそんなものは無いんだからさ。
「あの城塞に囲まれた街がフィシスです。ちょっとばかり守りは固くしてあるので」
「いや……、ちょっとどころの話ではないぞ! 街を取り巻く城壁は……、王都より高く堅固なものに見えるが?」
「……」
うん、ちょっとだけやり過ぎたのは認める。
だってさ、俺が餓狼関門の戦いに備えて移動したあと、残った地魔法士たちが張り切りすぎて……。
『ここはリームさまが初めて外の世界で持たれたご領地、それに恥じないものに!』
『リームさまの母君の御名にちなんだ街よ、それなりに相応しいものにする必要があるわ!』
『いい、残った期間は十日しかないわ! 寝てる暇なんてないわよ!』
『リームさまは餓狼関門で、私たちの街を守るため戦われているのよ! ここを託された私たちが行なうべき『戦い』に勝利すべく、死に物狂いでやるしかないわ!」
残していた支援部隊、三十名もの地魔法士たちが昼夜兼行、それこそ死に物狂いで、魔法による力業を存分に振るっちゃったからね……。
俺だって戻って来たときは憔悴してボロボロになった彼ら彼女たち、その後ろで威容を誇る城壁を見て唖然とさせられたんだ。
「実は……、この街の建設段階で賊が出現しまして、我が弟は今後そのような輩が出ぬようにと配慮したようです。お陰でフィシスだけでなく、アスラ近辺も含めて賊は一切居なくなりましたよ」
ははは、流石に殿下の前では賢弟と言わないでくれて助かった。
身内からそう言われると流石に……、ね。
実のところ今回の『視察』には辺境伯である兄も同行してもらっている。
かつては阿呆と呼ばれた兄も、あの件以降は至極『まとも』になっており、そろそろ仲間として引き込んでもよい時期だと考えていたからだ。
『レイキーさまは阿呆でしたが、全てがご本人の責任と言う訳ではありません。もとより追従と甘言しか言わぬ者たちしか周囲に居なかったからです。あとは少しだけご器量が足らなかったからかと。
疫病でそれを自覚されて少し変わられた上に、今は正しくものが言える者たちが回りを固めております』
そうバイデルは言っていたが、確かにそれも正しいと思う。
自身の不甲斐なさや力が足らないことでどん底に落ち、悔しさで涙を流して苦しみ、それでも立ち上がった者は変わることができるかもしれない。
そう思うことにした。
ちょっとだけ……、未だに疫病の副作用かもしれないとも思っているけどね。
そんな理由もあり、兄レイキーにも俺の考えを話した。
事の展開や予測される未来に驚愕はしていたものの、『私は一度死んで救われた身、賢弟の思うままに』と笑って俺たちに同調してくれたからだ。
しかも当代のガーディア辺境伯は王都から『小物』と見られて蔑ろにされていた。
能力的にもこれまでの当主とは大きく劣っていたしね。
先々代(父)> 先代(長兄)> 当代(三男)
能力でも領地の豊かさでも評判でも、この構図は王都だけでなく領民すら感じていたものだし。
なので実質的に飾り物であっても、王都から第二王子が領地に来訪すると聞いて大いに喜んでいた。
「しかも我が賢弟は、更に面白いことを考えておりまして、『フィシスが栄えアスラが衰退するのは本末転倒』と、二つの街の役割を切り分けてくれたのです。
アスラは商業の街、フィシスは生産の街と。
更にフィシスとアスラの周辺には多くの開拓農地を計画し、今やその開発も急ぎ進められております」
「ほう……、役割を? そなるとフィシスは、ひとたび隣国からの侵攻を受けた際も、周辺の農村から人々が逃げ込める拠点の役割を担うわけか?」
まぁ兄が言ったことも正解だし、殿下が深読みしたことも後付けで正解、今やそう言った役割も担っている。
大前提としてフィシスの生産力が上がれば、フォーレ産の産品をフィシス産と偽ることができるしね。
加えてフィシスとアスラの人口は爆増しているし、それを支える農地が必要になったのも事実だ。
なのでそれらは商会長の助言に従い、主にアスラール商会以外の商会に開発を委託している。
「アスラール商会の独り勝ちではやっかみを受ますからね」
そう商会長言っていた。
「それに、商人たちは一度投資したら、この先でより利益を生ませるために更なる投資を行います。もし危険な兆候があれば自分たちの利益を守るため動き、俺たちに様々な情報をくれるようになりますよ」
そう言って不敵に笑った商会長は、とても頼もしく見えたものだ。
俺も異論は無かったし、そうなるように働きかけて今に至る。
結果的にこれらのことが、まるでお祭り騒ぎとなっている開発ラッシュを後押ししている。
「辺境伯よりご説明があったこと、それもこの街の守りが『固い』理由のひとつです。
そして今回は殿下とブルグに初めて明かす『秘密』もあります。まぁこれが一番の理由ですね」
そう、フィシスの街の最奥、一般の立ち入りを禁じた制限区画には、玉藻さんの協力で設けられた固定式転移ゲートがあるからね。
一度フォーレをチラ見した第二王子にせかされるように、俺たちは街に入ると神殿の奥に設けられた転移ゲートへと移動した。
「ここから先はフィシスの住民と言えど立ち入り制限区画です。殿下も兄上も、これから見るものは他言無用に願います」
そう前置きして、俺たちは重厚な扉に守られた建物の地下へと足を進めた。
ただしこれも『表向き』の出入り口だ。
転移ゲートに進む道はもう一つ、裏口があるが非常時以外は使用しない。
万が一の時は表向きの出入り口を岩石で崩落させて閉じる。この辺りは用意周到に対処している。
曲がりくねった地下道を進むことしばし、俺たちはの行く手には鮮やかな朱色の鳥居が立ち、その先の小部屋には観音開きのドアがあって開け放たれている。
事情を知らなければ、鳥居の先のドアの向こうが転移先に繋がっていると思うだろう。
だけど事実は異なる。ドアの向こう側にある部屋の空間には罠が仕込んであるだけだからね。
俺たちは鳥居を抜けると、周りの景色が歪むような不思議な感覚に包まれたのち、瞬く間にフォーレへと転移した。
「「こ、ここは?」」
先ほどまでいた神殿の地下とはうって変わり、俺たちは岩山の中に設けられたトンネルへと移動していた。
初めての経験である兄はもちろん、前回のチラ見とは勝手が違う殿下もまた困惑していた。
「これからご案内する街、フォーレの外郭にあるサクヤと名付けた出丸です。
私たちは人がまともに移動すれば数十日では済まない距離を一瞬で移動したので、ここは人の住まう世界から隔絶された魔の森の深部となります」
「なぁぁぁぁぁっ!」
兄は驚きのあまり大きな声を出していたが、殿下は冷静だった。
まぁ、形は違えど一度体験しているからね。
「なるほどな、この通路がフィシスの守りを固くする『秘密』であった訳だな。
確かにおいそれと敵に渡して良いものではないな」
はい、ご名答です。
殿下の回答に笑みを浮かべて頷くと共に、俺は敢えてトンネルの出口に繋がる通路ではなく、上に繋がる階段を進んだ。
実はこの場所、サクヤとして囲い込む前には大きな岩山があった。それを掘削した岩石を利用してサクヤを取り巻く城壁を築いているのだけど、それ以外にも岩場を上に向けて掘削し、頂上部を見晴台とすべく新しい機能も持たせている。
「「……」」
高さ約八十メートルの頂上部分に到達し、外の景色が見渡せるようになると二人は絶句した。
もちろん彼らにとっては初めて見る『異界の地』が広がっていたからだ。
眼前には延々と深淵部まで広がる広大な魔の森の樹海、左手には似たような構造を持つもう一つの出丸、そして後ろには……、フォーレの街が内壁の向こう側に姿を見せていた。
これより俺は、二人を仲間に引き込むためのプレゼンテーションに入る。
新しい未来を掴み取るために……、異界ともいえるこの地で。
いつも応援ありがとうございます。
次回は3/23に『王道楽土への覚悟』をお届けします。
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