ep159 物騒な商談
俺たちと王都で対面した直後に、第二王子は『見聞を広めるために辺境を視察し、珍しい商品を買い集めたい』と言って王都を出る事を国王に願い出た。
その内容に苦笑しつつも、国王は第二王子の申し出を許可したが、その噂は嘲笑と共に王都の貴族たちで囁かれていった。
「見聞を広めると言いながら、商品の買い取りとも仰る。無能ゆえに本音を取り繕うこともできんのか?」
「王族にありながら商売とはな……。もっとも、それしか取り柄がなければ、下賤の者と同じように働くのも仕方のないことよ」
「王都ではなく辺境で商売か? 態々(わざわざ)そのような場所に出られて、王族としての威厳と体面をどう繕われるのだ?」
「厳しいことを言ってやるな、腑抜では煌びやかな王都の商売に付いていけず、鄙びた辺境でのんびり商売するのが似合っているのだろうよ」
既に王位継承候戦から完全に脱落し、この先も芽がないと言われる第二王子が相手となると、王都の貴族たちの口調も辛辣だった。
だがそんな噂などどこ吹く風と、第二王子は着々と準備を整えて視察の途に着いた。
ただ彼に護衛として付き従っていたのは僅か二百騎、一応という前提は付くものの王位継承候補者の護衛と考えれば、その数は極端に少なかった。
「哀れなものよ、あのみすぼらしい行列が、母は違えど我が弟のものとはな。近衛や騎士で従う者が誰もおらんとは……、王国の恥晒しが!」
「あれが我が兄とは、おぞましい限りだな。下賤の血が流れていれば、恥を恥とも思わんようだな?
これまで警護に当たっていた兵も皆、呆れて逃げ出したと言うではないか。哀れなことよ」
王位継承を争う二人の王子もまた、第二王子の出立を見て毒づいていた。もちろん二人は彼のことを競争相手として見ておらず、これまでも単に落伍者として軽蔑していただけだ。
だが、二人を始め王都の貴族たちは肝心なことに気付いていなかった。
これまで第二王子の護衛を務めていた者たちは逃げ出したのではなく、その多くが暇を出されただけだった。
それに代わって今付き従っているのは、かつての護衛のなかから残ったごく一部の、心より第二王子に忠誠を誓う者たちと、それ以外の多くはここ最近で新たに配された、王都では見慣れない者たちであった。
もちろんそれらは、リームやアスラール商会を介して密かに派遣された、信用できる者たちで腕も確かなのだが、敢えてきらびやかに飾らず実用性に富んだ、実戦で最も役にたつ鎧を身に纏っていた。
それを二人の王子や王都の貴族たちは『俗っぽい』又は『みすぼらしい』と言って笑っていたのだ。
精鋭部隊に警護された一行は、先ずは第二王子と親交のあるアスラール商会の本拠地アスラを訪れ、ガーディア辺境伯と末弟リュミエール、そしてアイヤールを始めとする商会員たちから熱烈な歓迎を以て迎え入れられた。
◇◇◇ アスラ
今回第二王子がわざわざ王都からアスラを訪れたのは、もちろん商売のためではない。
むしろ『見聞を広めるため』が正解に近しい。
その対象はフォーレだ。
ここで少し前の話、先月の王都訪問で初めて第二王子と会った時、俺と商会長が持ち掛けた『物騒な商談』の結果によって今に至っている。
ーーー 一ヶ月前
「敢えて本心を申し上げます。私たちは殿下を支持し、王位を継承されるための助力を惜しまないつもりです」
こう言った俺に対し、もちろん第二王子は大いに笑った。
最初は冗談だと思われたらしいが、もちろん俺たちは本気だ。
「いや失礼した。余りにも突飛なお話だったので、つい笑ってしまったよ。だが、見当違いの者を支持するより、勝ち馬に乗ることをお勧めするが?」
それは道理であり、多くの貴族たちも同じように考えただろう。史実でもそうだったし。
だが……、俺はもう少し深掘りして『真実』を見極めたいと考えていた。
「では敢えて殿下にお伺いします。勝ち馬とはどなたを指していらっしゃるのですか?」
「もちろん、其方らの事情を考えれば第一王子だね。第三王子の後ろ盾も強力だが、もし彼が王位に就けばこの国は隣国の傀儡に成り下がる。
たとえ祭り上げるのが阿呆だとしても、其方たちや中央の貴族たちにとっては、他に選択肢がないからね」
嫌な究極の選択だよな。
だが、第二王子の言う通り、国政の中枢にある貴族たちにとっては背に腹は変えられない事態だろう。
ただそうなれば……。
「隣国との戦になりかねませんが?」
「そうならないよう願うばかりだが、仮にそうなったとしても其方らが立ち塞がるだろう? そのために貴族の中でも突出した力を持つ、ガーディア辺境伯が存在するのだからな」
ただ……、そこが大きな問題なんだよね。
奴は敢えて第三王子側に付く姿勢を見せているしさ。
それに……。
「では敢えてもうひとつ質問します。第一王子が王位に就いたとして、果たしてそれで国は治りますか?」
これが俺たちの問題の、もう一つの核心でもある。
意地が悪い俺の質問に対し、第二王子は悲しげな顔で首を横に振った。
「諫言を受け入れる度量もなく、甘言だけを受け入れることしかできぬ阿呆だからな。
結果として政治を玩具にしかできず器量も足らぬ阿保と、甘い汁を吸うことしか考えない輩によって国政は立ち行かなくなるだろう」
ははは、流石だな。
俺の知る未来とピッタリ符合している。
「殿下はそれでよろしいのですか?」
「ふっ、よろしくないと思っても、私に一体何ができる? そのように事態が進んだ場合、恐らく私は生きていまい」
いや、それは違う。
貴方は第一王子の追手を上手くかわし、他国へと落ち延びることに成功するのだから。
この言葉を言ったあと、第二王子の表情が変わった。
腑抜けや無能者と称された優男から、不適な笑みを浮かべる戦士の顔に……。
「もし私が生き長らえたとしたら、民たちが暮らしやい国となるよう、王家には終焉を迎えてもらうべく動くだろうね。王を仰ぎ見て支えてくれる民があって初めて、国は成り立つものだからな」
「!!!」
王族であるにも関わらず、そんな王家は不要と言い切ったか! 益々面白いな。
民衆に対する認識も好感が持てるし、やはり第二王子は腑抜けでも臆病者でもない。
だが、どうやって終焉を迎えさせるのだ?
「この私が言う言葉ではないが、民たちから不要とされる国ならば、王族もろとも滅んでも惜しくはない。
幸いなことに我が妹が嫁いだ隣国、ガリア帝国の皇太子は傑物だそうだ。王国内で民衆が蜂起し、呼応した彼に幕引きを頼む手もある……」
「!!!」
いや、ちょっと待て!
それって前回の歴史そのままじゃないか!
悪政に喘ぐ民たちが国内各地で蜂起し……
それに合わせて一部貴族も反乱を起こし……
『王国を正す』と言ってガリア帝国が侵攻する……
「……」
民衆や離反して反乱を起こした貴族を裏で煽動していたのが、国外に逃れた第二王子で、王国内では協力者としてアスラール商会が資金を与えて民衆を裏から支援していたとすれば……。
ここで初めて俺は、前回の歴史で起こった出来事の裏側を垣間見た気がした。
『ははは、何の事情も知らなかった俺は、元凶である第一王子を支援する、哀れな道化として戦地に向かうことになるのか……』
馬鹿馬鹿しい話じゃないか!
結局のところ前回の俺は、民衆を弾圧する側の尖兵として加担していたことになる。
もちろん『救うこと』を前提に動いてはいたが、知っていれば違う手立ても取れたはずだ!
よくよく考えれば今回、俺が願うより先にアスラール商会と第二王子は繋がっていた。
まるでそれが歴史の自然な流れの如く……。
はははは、全部繋がったじゃないか!
だからこそ今回は!
「今の私は違う未来を願い考えています。
ひとたび国土が荒れれば最も被害を受けるのもまた民衆です、それが民衆を救う唯一の手立てとしても。
だからこそ殿下は今、立たなくてはなりません」
「第一王子に殺されるために、か?」
「そんなことはさせませんよ!
先ずは信用できる護衛で殿下の周りを固め、万が一の際に対応した脱出路を事前に確保します」
「逃げたとて王国内の貴族に味方はおらんぞ、其方以外には、な」
いや、それは違う。
今の時点ではそうかもしれないが、阿呆の悪政が本格化すれば立ち上がる貴族たちも出てくる。
そして確実に言えるのは……
「殿下の味方はいるでしょう? アスラール商会を始めとする物事がちゃんと見える商人は、こぞって殿下にお味方するのではないですか?
それに、万が一の際には王国の手の及ばない場所で次節を待ち、味方を糾合することも可能ですよ」
「他国に亡命せよと?」
前回はそうだった。でも今回は違う!
俺たちにはどこよりも安全な場所があるからね。
「いえ、私がお迎えにあがります。その後は私の拠点である街にお越しいただきます。大言壮語する訳でもありませんが、本気で戦うともなれば数万の軍を相手にしても勝てますよ」
「……」
信じてないよね?
もしかして俺のことを、頭のイタイ子とでも思ってないか?
でもさ、今の俺の下には『一国を滅す』と言っても過言ではない戦力が整っているんだけどな。
加えて今のフォーレは、防衛戦ならば何十年の単位で持ちこたえることができる。
「改めてお願いします。王国にはまだ心ある貴族もおります。それらの後ろ盾をもって、殿下は王位を継承をすべく立っていただきたい。
これが我らよりの『商談』です」
「ははは、何とも物騒な商談だね。だが……、私は……」
今の状況で厳しいのは分かるよ。分かるけどさ……。
そのために俺たちが居るし、今ここで敢えて話しているんだ。
「これは私からの提案なのですが、殿下も一度、リュミエールさまの街を見ていただければ、先程の言葉を確信していただけると思いますが?」
「フィシスと名付けられた希望の街を、か?」
まぁ其方も見てもらうけどね。ただしそれはオマケみたいなもんだ。
俺は笑いながら最後の核心を告げた。
「いえ、殿下は冒頭で仰ったじゃないですか、『人の手が及ばぬ魔の森の奥地』と。そこにご案内しますよ」
「ま……、まさかっ!」
先ずは百分は一見にしかず、だよな。
チラ見せで『俺の提案』という商品の購買意欲を思いっきり煽っておくか?
その日俺は、王都の離宮からフォーレにゲートを繋いだ。もちろん『チラ見せ』をするために……。
ーーー 今に戻る。
あのチラ見せの効果は絶大だったのは言うまでもない。
最初は驚愕のあまり開いた口が塞がらなかった第二王子だったが、その後は質問の嵐だった。
だが俺は……、『答え合わせは実際に訪問された折に』と言って焦らした。
そうなると第二王子は、知的好奇心を満たすため瞬く間に王都の関係各所と話を付け、僅か一ヶ月で今回の視察に出立できるまで準備を整えてしまった。
逆に『商談』の追加提案に従って、入れ替える予定だった護衛の到着が間に合わないかと俺たちがヒヤヒヤしたぐらいだ。
ともあれこれで全ての前段は整った。
あとは第二王子に真実を見せ、『覚悟』を促すだけだ!
いつも応援ありがとうございます。
次回は3/20に『異界の地』をお届けします。
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