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ep147 風雲急を告げる年

新しい年が明け、疫病やそれに伴う陰謀を乗り切った俺たちにも、新しい転機が訪れていた。

行きがかりで救った兄、辺境伯レイキーは俺たちが想像した以上に援護射撃を行ってくれていたからだ。


その成果のひとつが、アスラ郊外に設けられた新しい開拓地フィシスだ。

獣人とヒト種が共に暮らせる場所として特区に指定された開拓地は、以前に同じことを願った母の名(フィリス)に因んでフィシスと名付けられた。


本来なら小さな町の機能を備えた村、そんな程度の規模だった開拓地は、辺境伯直々の肝いり事業として大規模な予算が投入され、広大な農地を内包する大きな町として大幅に設計が見直された。

もちろんこれには、疫病の経緯によって新たに登用(再任)されたバイデルの知己たちが裏で動いてくれたこともある。


「それにしてもフィシスは、下手をしたらトゥーレやアスラを凌ぐ規模の街になりそうですな。

ありがたい『看板』も付いたことですし」


そう言って商会長はにやにや笑っているけどさ、俺はとしては色々と不本意なんだよね。

因みに商会長の言っていたフィシスの『看板』とは……。


『我らの希望の光、賢弟リュミエールさまが、母の願いを叶えるために作られる街』


「……」


いや……、色々とツッコミ所はあるけど、そもそも賢弟って何だよ!


俺が居ないところで辺境伯レイキーが何度も使うから、いつの間にか変な冠が名前に付いてしまったし……。

加えて救われたガデルの人々も、その言葉を好んで使うようになったし……。


「俺たちとしては、リーム殿が正当な評価を受けて喜んでいますよ」


「噂を思いっきり広げた当人が、しれっと言うのも可笑しな話じゃないですか?」


そう、疫病に備えて大量に特効薬を用意していたことも、無料で特効薬を配布したことも、ブルグの布告を覆して配布を推進したことも、全て俺の功績として噂になっていた。


これが最初は当事者たちだけで語られ、それが商人たちに、そしていつの間にかガデルの領民たちなら誰もが知る話になっていた。


この噂は商人たちを通じて遠く離れたトゥーレまで広がっているらしく、これに癇癪を起したルセル緘口令かんこうれいを敷くまでに至っているらしいし。


「トゥーレの人々ですら賢弟の噂は届いております。これに加え、リュミエールさまの領地が魔の森深部にあることを知れば、この先で抑止力となりますからね」


まぁ……、確かにそうだけどさ。戦略的には正しいよ。

でもさ……、変に持ち上げられるのは気恥ずかしいし、俺は賢弟と呼ばれるには程遠いと思っているし。


「それにブルグもいい仕事をしてくれたもんですよ。今回の開拓地といい、祝賀会の宣言といい。

男爵ルセルは相当慌てていたみたいですからね」


「ははは……」


その話は俺も祝賀会に参加していたガデル支部長(サリム)から聞き及んでいた。

ただそれを笑い話として聞き流すことはできない。これで奴は手負の獣となり、俺に対し必死になって牙を剥いてくると、改めて自信を戒めていた。


「そもそもですが、我々は多くの領民たちを救ったリーム殿が人々から認められないこと、反面、よこしまな動きをする男爵が評価されていることを、ずっと苦々しく思っていたのです」


うん、そうなんだよね。俺もそれは思っていた。

奴の施策は一見すると正しく、領民にも利益があるように思える。

だけどそこには、根本的な何かが欠けているんだ。


「今やガデルで男爵の親派は居なくなったとまで言われていますよ」


うん、これも事実だ。

新たに登用された者たち(バイデルを通じて助けた者たち)によって人事は一新され、領都ガデルの中枢部を始め、辺境伯の周りは俺の親派で固められている。

もちろんガデルに住まう領民たちも然り。


「お陰でアスラール商会も益々繁盛してますよ。我々もやっと『本来の目的』に対し、堂々と動ける立場になりましたので」


「今やアスラール商会は、リュミエールとの繋ぎ役をブルグから()()()()()立場だもんね?」


そう、そもそも商会長はエンゲル草を人々に安価で提供すること、その目的でアスラール商会を立ち上げたのだからね。

疫病発生時には彼らの望み通り、無償で配布することも可能になった訳だし。


疫病が発生した時は別として、通常時はアスラール商会が仲介して新薬と呼ばれたものを辺境伯に卸し、それを辺境伯側が商人や他領に販売する流通網が確立されていた。


しかもそれは、トゥーレで売られていたものとは比べ物にならない良心的な価格で販売されていた。


今や辺境伯の元には近隣領主からの使いや、商人たちがひっきりなしに訪れているらしく、噂を聞いて他の領地から流れてくる人々も後を絶たないらしい。


それだけではない、逆にトゥーレから領民が流出するという逆転現象さえ起きているらしい。


「命を人質に暴利を貪っていた奴には良い薬になったかな?」


「はい、ちょっと効きすぎたぐらいに。今やトゥーレ産の薬には誰も見向きもしませんからね。

疫病を通じて『効かない』ことが実証されましたから」


そう、奴の悪辣な企み(紛い物を配布したこと)は、そのままブーメランとなって見事に奴に突き刺さった。


奴はエンゲル草が全く売れなくなった現状に激怒し、癇癪を起して文官たちを怒鳴り散らしたという噂さえ、まことしやかに囁かれている。


「ただちょっと問題もあって……、また開拓地の計画を見直さなければなりません」


「どういうこと?」


「移住希望者の数が日々増えているんですよ。『賢弟リュミエールさまが願った地に住まい、お力になりたい』と言ってね。毎日毎日、大きく数字が変わるので、設計変更が追い付かなくて……」


ははは、それは嬉しい悲鳴ということかな?

ただ……、気にかかることもある。


「物々しい話だけど、町の安全は予定以上に確保してほしい。奴の悪意の矛先が町に向かうことも考えられるからね。

今や俺は奴から明確に敵と認知されていることだし」


そう、奴の主眼はフォーレに向いている。

だが二正面作戦としてフィシスにも揺さぶりを掛けてくることは目に見えている。


「はい、実はその件で相談があって……、力自慢の獣人たちを工事に動員するにしろ、防壁や堀などの基礎工事については魔法士の力が必要です。そのため王都におわすリュミエールさまのお力を借りたく思って……」


ははは、王都におわす……、ね。確かに設定上はそうなっているな。

ただ商会長の願いも理解できる。規模が大きくなり防衛力を高めるとなると、工事には地魔法士を筆頭に魔法士たちの力が必要になってくる。

そうでないと、下手をすると十年とかの単位の工事になってしまうし。


「今はコノハナやサクヤを三の丸として城壁で囲う工事も目途が付いているだろうし、餓狼関門の工事は完了しているからね。支援部隊の地魔法士を何人か出してもらえるよう、シェリエやアリスたちに相談してみるよ。

ただ……」


「了解しております。彼女たちの安全を第一に、魔法士の存在は関係者以外は秘匿するよう手配します。

それでよろしいでしょうか?」


「それで良いと思う。あとは町の概要が定まったら、俺は新たに固定ゲートをフィシスに設置する。

そうすれば獣人や魔法士たちも日帰りで手伝いに来れるからね」


「いよいよですか?」


「うん、二人フウカとホムラを預かったお礼として、玉藻タマモさんから無属性の魔石を新たに三個もらったからね」


バイデルやアリス・マリー・シェリエ・レノアなどの首脳部以外では、商会長もツクヨたちの正体を知る数少ない人物だ。それに加えて軍を統括するヴァーリー・アーガス・カールに教会関係でイシス、あとは……。


「ははは、美少女と名高い二人ですね? 

街の男たちは『美少女と野獣』と言って大いに羨ましがっていますが、裏事情を知った立場としては、逆にあの二人の肝っ玉の太さには驚きましたよ。

まさか嫁にしてしまうとは……」


そう、フウカとホムラはフォーレで理想の男性と出会い、一目惚れしてしまった。

もちろんそれは、ガモラとゴモラの兄弟だ。


実は此処に至るまで、彼らは2度ほど腰を抜かして驚く羽目になった。


1度目は……、美少女たちから逆告白された時

2度目は……、美少女たちの正体を告げられた時


だが彼らの心は強かった。


「もともと俺たちは、こんな顔ですからね。いつも好きになった女には、腰を抜かされて泣かれる始末で……、実は結婚なんか諦めていたんです」


「確かに兄貴の顔は酷ぇからな、泣く女の気持ちも分かるぜ」


「お前も同じだろうが!」


こんな調子で結局、彼らは事情を承知の上で『くっついて』しまった。

その懐の大きさと男前っぷりには、俺も驚いたけどね。


「ただでさえ凛々しくて素敵なのに、実はとても繊細で優しいのです」


「魔物を捌く凛々しいお姿、お仕事されている時の厳しいお顔に改めて惚れ直しましたの」


こんな感じでフウカもホムラもぞっこんだったしね。

母親で、定期的にフォーレにやってくる玉藻タマモさんなんかさ……。


「早く孫の顔を見せてくれんかえ? そうなれば妾も改めて新しい子供を……」


『まだ産むのかよ!』


俺は思わず心の中で突っ込まずにはいられないような反応だったしさ。



だが現状での一時の安息に胡坐をかくこともできない。

アスラール商会のトゥーレ支部長から上がって来た報告では、奴は領内に大動員令を発し兵力の増強を推し進めているらしい。


それだけではない、魔法士も以前に増して確保を進めている。

今では一年前に報告のあった五十名から二百名に届きそうな勢いと聞いているし、このままではそう遠くない日に、二度目の俺が編成した三百人規模になることは間違いない。


フォーレ(餓狼砦)とフィシス、果たして奴の狙う矛先はどちらを向いてくるか……。

復讐心をたぎらせているであろう奴に対し、俺は改めて心を引き締めていた。

俺たちもただ、奴の攻勢を受けているだけではない。このあと俺たちは、新たな策を放つことになる。

いつも応援ありがとうございます。

次回は2/12に『攻守逆転の始まり』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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