ep146 復讐劇の幕開け
疫病への勝利を祝う宴もなかば、頃合い良しと見た辺境伯は改めて参加した者たちに向かい語り掛けた。
「改めてこの場に集ってくれた皆に対し、私は辺境伯として伝えたいことがある」
その瞬間、全員の視線が彼に注がれた。
「私は今回を機に自身のこれまでを顧み、過去の行いを反省し今後を改めようと考える機会を得た。
先ずは皆に詫びたい。以前の私は愚かであったと……」
この言葉には、参加した者たちから低く驚きの声が発せられた。
強欲で上には媚び、下には高圧的であった男
辺境伯となってからは諫言を聞かなかった男
悪政に走り、ただ私欲を肥すだけであった男
そんな男が自らの過去を振り返り、臣下に詫びたのだから当然といえば当然だった。
「私には人望がなかった。それも自らの行動で招いた結果だと思う」
レイキーは自身が疫病に倒れたとき、それを思い知った。
日頃から彼に追従を述べていた家臣たちは悉く逃げ出し、その多くは疫病によって倒れた。
そんな彼を見捨てず救ってくれたのは、末弟やバイデル、そして彼に諫言した結果、遠ざけられていた『まともな家臣』たちだった。
「だがそのお陰で、私には心ある家臣たち、過ぎたる弟たちが居たことを改めて知ることができた。
私自身の反省を糧に、今後は彼らを改めて登用して要職に付け、弟たちには感謝の気持ちを形として示していきたい」
「「「「「おおおっ!」」」」」
「ちっ!」
会場全体が歓喜の声で沸くなか、男爵と呼ばれた男だけは違う思いなのか、思わず小さく舌打ちしていた。
彼にとっては人望のない阿呆な領主、悪政を推し進める取り巻きこそが『望んでいた』姿なのだから……。
「此度の件で最大の功労者である弟たち、ここに参列してくれた男爵には、二度も危険を冒して我が窮地に駆けつけてくれた功に報い、領地の加増と既に王都へ使者を出し、子爵に陞爵させるべく願い出ている」
「「「「「おおおっ!」」」」」
会場は再び沸き返ったが、当の本人は混乱していた。
これまでもそうだが、疫病発生時の不手際を一切糾弾されることもなく、逆に功績を称えられているのだから……。
「もう一人の功労者、この疫病に打ち勝った最大の功労者である賢弟リュミエールには、本人の希望に沿って新たな領地を与え男爵とする旨、此方も併せて王都に願い出ている」
「「「「「おおっ! 賢弟リュミエールさまっ!」」」」」
宴の席は先ほどのルセルよりもさらに大きな大歓声に包まれていた。
この中にもリュミエールによって命を救われた者たちも多いから猶更だ。
ルセル自身、このことを苦々しく思いながらも辺境伯の意向に異を唱えることはできなかった。
何故なら結果的に何の役にも立たなかった自分自身ですら、功により陞爵を願い出てもらっているのだから……。
「奴は何も気付いていないのか? やはり阿呆ということか?
ならばそれはそれで、僕は次の手立てに入れば……」
混乱しつつもルセルは、ただ苦笑しながら呟くしかなかった。
だが……、事実は異なる。
リームがレイキーと対談したのち、バイデルが辺境伯に新たな知恵を授けていたからだ。
長年に渡ってガーディア辺境伯家の家宰を務めた彼は、王都でのしきたりにも詳しかった。
『男爵位までの地位なら、辺境伯の推薦や働きかけ(金額)によって叶うでしょう。ですが子爵以上となると、王国への貢献が加味されますので、おそらく今の男爵では不十分です。
要は辺境伯より王都に願い出た、この事実があれば十分でしょう』
要するに、体裁上は公平に願い出た。その事実を残すことに意味があると告げていた。
『これにより男爵は疑心暗鬼になりつつも、『ブルグより疑われていない』と思うことでしょう。
そんな男の陞爵を王都に願い出ることなど有り得ませんので』
この提言通りにレイキーは動いていた。
「賢弟は止むを得ない事情によってこの宴席には参加していないが、私はこの際、長年彼が願ってきたこと、彼が母のフィシス殿より受け継いだ願いを叶えたいと思う。
かつてのトゥーレがそうであったように、わが直轄地の中にある幾つかの新規開拓地に特区を設け、我が名において人と獣人の共存を認め、彼らの人権と権利を保障する!」
「なっ!」
この宣言にルセルは大きく動揺した。
今の時点で彼自身が行っていること、それに大きく逆行しているからだ。辺境伯自身が『かつてのトゥーレ』と呼称したことが、それを如実に表していた。
だが……、リュミエールの母親であるフィシスがそれを願い、当時の辺境伯に働きかけたことは周知の事実。
その思いを息子が受け継いだと言われれば、不自然なことではない。
「奴は……、ことごとく僕の逆をいく訳か? まずは僕の進もうとする道を邪魔する奴を排除すること、これなくして前に進めないと言うことか?」
明確に敵意を露わにしたルセルに対し、辺境伯は復讐の刃を振り下ろす。
最も効果的なタイミングで……。
「男爵に与える領地は、子爵となるに相応しいものでなくてはならん。
よって現在男爵が領有権を示している魔の森の境界を、更に先まで進めた地域の領有を認める」
「???」
これは領地の加増といっても現状で得られる利益は何もないが、子爵としては十分な広さの領地を与えられたことになる。
これには集まった一同も不思議な顔で沈黙していた。
「ふふふ、魔の森の価値を知らぬ馬鹿どもは呆けた面になっているよね。だけど僕は違う。
魔法士たちの数も整いつつあるからね、一気に奥地まで軍を進めてやるよ」
小さく呟いた男爵に対し、突然辺境伯は声を掛けた。
「男爵よ、形ばかりの領地ではあるが、これで子爵を願い出るに十分な、領地の広さと体裁は整うと思ったのだが……、不十分だったかな?」
「ブルグのご配慮には感謝の言葉もありません。たとえ『誰も望まぬ無用の土地』といえど、領地は領地。
王国への面目も立ちますので……」
この言葉に辺境伯の目が一瞬だけ鋭さを増したが、すぐに元の顔に戻った。
「よろしい、ではそれで確定としよう!
一方で我が賢弟には、先々代の辺境伯の遺言に基づき領地を与える! 遺言では『自らの手で開拓した』とあったが、今回の功績はそれに等しい。
よって先ほど男爵に与えた領地の先、トゥーレから魔の森の境界線に向かい三十キロ以上先の土地を、新たに男爵となるリュミエールの領地として正式に定め、占有権と自由に開拓することを認めるものとする。
なおこれは、本人が望んだものであることを付け加えておく」
「げぇっ!」
意味も分からぬ褒賞に人々が静まり返る中、ルセルひとりが悲鳴に似た大きな声を上げていた。
「ルセルよ、あの者は『新たな領地を得るにしても諍いを望まぬ』と言っておってな、其方が先ほど言ったように『誰も望まぬ無用の土地』を所望してきおった。
我が弟同志で仲良く開拓に勤しみ、今後は『望まれる土地』に変えてくれるか?」
「なんと! 流石はリュミエールさま」
「欲のないお方だ、自らの功績よりもガーディア家のことをお考えとは」
「お二人が協力すれば、ガーディア辺境伯家の未来も明るいというもの」
会場は称賛の嵐に包まれたが、当の本人であるルセルは愕然となって固まっていた。
ブルグの言葉は、彼が密かに望む未来を絶つものに聞こえたからだ。
『ふふふ、どうやら我が賢弟が言っていたことは本当だったようだな?
いつになく無様に動揺し、醜態を晒しておるわ』
呆然とするルセルを横目に、辺境伯は最後の刀を振り下ろした。
「今回発生した『新種』の疫病には、これまでのエンゲル草由来の薬は効果がなかった。
だが、我々は勝った! 『新種』には『新薬』を、我が賢弟が打ち勝つ手段を与えてくれたからだ!
我らは今後も、賢弟を通じて王都より継続して新薬を確保し、疫病が発生すれば無償で配布することを、今ここに宣言する! 我が領地の民たちは、今後も疫病に怯えることはない!」
「「「「「おおっ! 辺境伯と賢弟リュミエールさまに感謝を!」」」」」
会場の熱気は最高潮に達し大歓声に包まれていたが、その前の言葉で茫然自失としていたルセルは、この言葉を聞き流していた。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、僕の邪魔をする奴を決して僕は許さない!
僕には成すべき大義があるんだ。小石なんかに躓いてたまるか!」
ブツブツとそう呟き続けていた彼は、後日になって辺境伯の宣言がもたらした多大な影響を身をもって知ることになる。
ここに至り、リームとルセルが正面から雌雄を決する日が遠くない日に訪れること、これは確定事項となった。
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次回は2/9に『風雲急を告げる年』をお届けします。
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