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ep148 攻守逆転の始まり

年が改まったある日、かつてはトゥーレの裏町と呼ばれた場所にあり、今もなお繁盛している酒場の地下に設けられた個室では、二人の男が声を潜めて話し込んでいた。


「それでは……、あのお方(リームさま)に繋ぎを付けて構わないと?」


「お願いします、こちらの準備は整いました。かねてからの打ち合わせ通り、十日後にモズの郊外で……」


「おおっ、では遂に、ですか。因みに『アレ』は十分に?」


実のところこの二人、いや、この場に居ない二人を含めた四人の中で、一年前から『とある計画』が密かに進められていた。

大筋の概要は既に定まっていたが、肝心の『いつ』『何処で』『どのように』だけは定まっておらず、状況の推移を見て最終的な発動はこの二人に任せられていた。


「うん、ブルグの祝賀会から戻って以降、大動員令が下されたからね。新たに入手できたものは二百枚、これまで数を誤魔化したものを含めて三百枚になったよ。それに……、そろそろ潮時かな?」


トゥーレの町では年末に下された大動員令とともに各所で募兵が行われ、教会にも大量の魔法士を確保するよう領主から厳命が下されていた。

それにより大義名分を得た彼は、中央教会からこれまでにない大量の羊皮紙を得ていた。


『これから一帯は子爵領となる。我らは子爵領として相応しく、兵備を始め中身も相応のものとせねばならない。領内各地で新たに募兵を進め、倍する魔法士部隊を率いて魔の森の開拓を一気に推し進める』


領主による宣言のもと、教会側にも魔法士発掘を今以上に進めるよう厳命されていた。


「戦が近いってことですかい? 嫌な話ですね」


「間もなく……、だね。僕もこれ以上加担するのは精神的に限界だし、ノルマを満たすには密かに匿っていた有望な者たちにも手を付けなきゃいけなくなってしまう。それは絶対に避けたいしさ。

ちなみに……、もし戦になったとしても『あの方』のことだから、何の罪もない兵士たちが傷付くことにはならないと思うよ」


「確かに……、先日私も彼方フォーレに行く機会がありましたが、言葉は悪いですがあの方の周りには化け物クラスの方たちが揃っていますからね。ましてあの方はそれ以上……、いや失言でした」


そう言って思わず首を振ったアスラール商会のトゥーレ一帯統括支部長であるハーディは、恥じ入るように自ら吐いた言葉を訂正した。


「ふふふ、こちらの常識は彼方では大きく違うからね、それでも僕らは万が一に備えなければならない」


「では今から十日後、モズの郊外にて最終の段取りを整えさせていただきます」


「うん、そちらはお任せになってしまい申し訳ない。僕ら『調査隊』は既にノイスや新しい開拓地で実績を積んでいるからね。領主様の命を叶えるため、今度はモズより先に足を延ばすことになっている」


「ではクルトさまもその際に?」


「うん、『担い手』として温存した者や従者に身をやつした者たちを連れていくので、総勢で五十人ぐらいにはなるかな? 監視役ごえいとして騎兵が数十騎ほど同行するかもしれないけど……」


「ははは、百や二百程度なら、あの方の配下なら十分にあしらえますよ。

もちろん命を取らずに…、です。彼らには証人になってもらう必要もありますし……」


「ところで連れていく者たちの家族や、秘匿するため匿っていた者たちはどうすれば良いかな?

秘匿していた者は十人、調査隊に同行する者たちの家族を含めると二百人近くになるけど……」


「そこは抜かりありません。連絡員は既に働き掛けを進めております。家族は新しい開拓地フィシスで採用されることが決まり、決行の日までに我々が手配した馬車でトゥーレを去る段取りを整えております。

もちろんまだ本人たちは何も事情を知りませんが」


「ふふふ、流石だね。それでは連絡と手筈をよろしくお願いします」


そう言って握手を交わした二人は、人目につかないよう別々に一階の酒場に出たあと、夜の町の喧騒に消えていった。



◇◇◇ それから十日後



これまでも各町を回り、魔法士となる候補者を洗い出していた教会の特別組織、『調査隊』が隊長のクルト主席神父と共に姿を消したのは、その日の午後だった。


「どういうことだ! 野盗の襲撃だと? 神父は、調査隊はどうなった? お前たちは一体何をしていたのだ!」


モズに駐屯していた騎兵部隊の隊長は、逃げ帰ってきた護衛兵(監視役)の言葉に動揺し、矢継ぎ早に問いかけると共に厳しい口調で叱り付けた。


「それが……、突如として二百騎あまりの敵に取り囲まれ、奴らは口々に『民を虐げて暴利を貪る教会を許してはおけない、天罰を与えてやるから売られた者たちが味わった塗炭の苦しみを思い知れ!』と言って、神父どもをさらっていき……」


「ちっ、教会が悪事を働いていたのは何年も前の話ではないか! 今更それを……。そもそも今は奴らもルセルさまの為に尽力しているのだ。

お前たちは連れ去られるのを指を加えて見ていたのか!」


「いえ……、我らも護衛部隊として反撃に移ろうとしましたが、突然身体が痺れて意識を失い……。

気がつくと乗馬は全て奪われており、奴らは逃げ去った後でした。最も足の速い私が伝令に選ばれ、残った者は奪われた者たちを奪還するために周辺に散って……」


この兵の回答が真実であれば根本的に間違っている。そう考え、思わず隊長は目が眩みそうになった。

そもそも護衛に付けていたのはたった五十騎に過ぎない、それが更に分散して奪還などのできる訳がない。

待ち伏せされれば確実に全滅するのは目に見えているからだ。


彼らの行動は体よく『自分たちも必死に努力してる』と見せ掛けるだけ、単なる言い訳に過ぎない。


「もうよい、直ちにモズ駐留の全軍に指令を出し、トゥーレにも報告と応援の依頼を! 不逞の輩を討伐し神父たちを救出するのだ!」


出撃を指示しながら隊長は、兵たちの質の低下に嘆かずにはいられなかった。


六年も前なら、魔の森の最前線であるトゥーレに駐留する兵は練度も高く最精鋭だった。

だがここ数年、急激に兵の数が膨れ上がる傍らで質は大いに低下していた。


それに精鋭は魔の森に対する最前線か、男爵のお膝元であるトゥーレに駐留している。

安全とされたモズ方面の護衛に、しかも碌な抵抗ができない神父たちの監視役。そんな程度の任務を与えられるのは『にわか』の兵か数合わせの兵たちだった。


「奴らは馬車ごと奪い消え去ったという、必ず痕跡は残っているはずだ! これより全軍、神父たちを救出に出動!」


モズ駐留軍の三百騎は、隊長の号令のもと一斉に駐屯地を駆け出した。



◇◇◇ モズ郊外 街道の外れ



俺はフォーレからアーガス率いる軽装騎兵部隊二百騎と、シェリエ指揮下の魔法士部隊十名を呼び寄せてクルト奪還に部隊を放つと、最終拠点となる山越えの間道で彼らの帰りを待っていた。


「報告します、偽装部隊は所定の場所で工作を完了しました。あとは本隊の帰りを待つだけです」


「ふふふ、お兄さま、ここで待っているだけなのも、少しもどかしいですわね」


伝令の報告にシェリエも俺と同じ気持ちだった。

俺は彼女に気持ちを見透かされたような感じがしたが、それも仕方がない。


「まあね、任せることも大事だし、俺が迎えに行けば簡単な話だけど、そうなると『痕跡』を残せないからね。

幸いアーガスは野盗を演じるにはうってつけだし」


そもそも彼らは以前、義賊としてザガートの指揮下にいた。

なのである意味『本物』なのだ。


そして奪還に出た魔法士部隊には、補佐役としてツクヨを付けている。

ツクヨも実戦(命を取らずに事を起こす)の勉強になるし、万が一の際の保険にもなる。


「お兄さま、あれを! お帰りになりましたわ」


シェリエが指さした先には、二百騎近い騎馬が上げる土煙が、俺たちに迫っていた。

俺はやっと帰参がかなった長年の盟友を迎えるため、思わず坂道を駆け下りていた。



◇◇◇



この日の夜、トゥーレにてルセルは兵たちを前に怒り狂っていた。


「どういうこと! 神父一行の行方はまだ分からないのか! そもそも僕の領地で野盗なんて、ありえないだろうが!」


確かにルセルの領地では、今や神父一行を襲える規模の盗賊が出ることは珍しい。

多くの流れ者やそう言った類の者たちは、トゥーレ焼き討ちで排除されているからだ。


「一人でもいいから奴らを捕縛し、見るもおぞましい拷問にかけて洗いざらい吐かせたのち、一網打尽にしろ!」


領主の厳命により、夜間にもかかわらずトゥーレやノイスから五百騎の精鋭が派遣され、夜を徹して捜索が行われたが、見つかったのは僅かな痕跡だけだった。


・間道の山中で打ち壊された馬車の残骸

・そこを起点として、周囲に広がる茂みを踏み固めた跡

・引き裂かれて散乱した、修道女のものと思われる衣服

・大地に残るおびただしい量の血痕や血のにじんだ服の切れ端

・空になって散乱した鞄や道具類を収めた箱


それらは全て、さらわれた神父たちがその場所で野盗に襲われ、残忍な行為が行われたたことを意味していた。


「おそらく全員が死亡、運が良ければ女性は娼館などに売られて……」


この報告にルセルが愕然となった。

別に彼らを惜しんでいた訳ではないが、クルト主席神父だけは別だった。


「くそっ、彼を失ったら魔法士は……」


ルセルはこれから自身が進む道が、大きく遠のくような恐れを抱かずにはいられなかった。


「なんとしてもクルト主席神父を探し出せ! この際だから彼以外はどうでもいい!

歩兵を含めトゥーレの全駐留兵にも厳命を下せ! 賊を捉えて奴らの行方を暴き出すんだ!」


クルト主席神父は、唯一ルセルの無理な要望に応え、飛躍的に魔法士の数を増やして貢献した者だった。

前回の歴史ではルセルの盟友であったが、今回は絶対者ルセルの忠実な臣下として……。


ルセルの無理難題に全く対応できなかった教会も、クルトが魔法士発掘の指揮を執るようになってから一気に変わった。

優秀なクルトは、彼が独自に開発した『事前面談』にて候補者を絞り込み、教会への『奉仕期間』を定めることで更に対象者を絞り込んだ。

これにより儀式での確率を飛躍的に向上させ、ルセルの魔法士獲得に大きく貢献していたのだ。


それらの実績に満足したルセルも、クルトを主席神父に任命し彼の要望には様々な便宜を図っていた。

そのクルトを失う痛手は、ルセルも十分に理解していた。


何故なら彼が魔法士獲得のため独自に編み出した手法の詳細は、他の誰も知らされていなかったからだ。


前回の歴史でも活躍したクルトの実績を()()()()()からこそ、ルセルもそのことには無頓着だったと言わざるを得ない。


実のところクルトは、前回にはなかった『リームより授けられた知恵』により、羊皮紙を使った『担い手』確認を発展させ、確認される本人すら分からないように工夫した絞り込み手法を確立していたのだが……。


そもそも彼の定めた奉仕期間は、対象者の人品をクルトらが見定めるために設けたもので、実のところ違う意味での候補者選定であったことは誰も知らない。



この日を契機に、短期間で二百人まで届こうとしていたルセルの魔法兵団は、魔法士獲得の効率を大きく落とし数の伸びは頭打ちとなる。


これまでルセルが行った流れ者の強制移住、貧民街や裏町の焼き討ちなどの強引な手法は一部の者たちからの恨みを買い、襲撃者である野盗を生む土壌ともなっていた。


そう考えたルセルやトゥーレの高官たちは、『領内から犯罪者を一掃する』ことを題目に掲げ、一層統治を強化し、領内は徐々に高圧的な統治体制、恐怖政治へと移行しつつあった。


そしてもちろん、バイデルが予見した通りルセルが子爵に陞爵することはなかった。

ただ……、王都に住まうリュミエールだけは、男爵に叙されることになり、それが更にルセルの怒りを募らせることとなった。


この様なことが続き、ルセルの忍耐力は限界にまで近づきつつあった。

それは間も無く、一気に限界を突破して暴挙へと繋がる事態になる。

いつも応援ありがとうございます。

次回は2/15に『過去の想いとの決別』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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