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エンディング

 あれから数日が過ぎ、アデプトに平穏な日々が戻ってきた。

 小夜ちゃんと共に勤労に励む。

 いつもの席にいつもの人間がいないこともあって、アデプトは平和そのものだ。


 なによりも客の入りが上々だというのがとても嬉しい。今回の件でしばらく店を閉めていた上、かなりの出費をしたこともあって、またひもじい生活を送るハメになってしまった。

 一番痛いのは飛行船の改造費だった。

 知り合いに頼んでリモートとオートの機能を付けてもらったら、かなりの額をふんだくられてしまった。

 とても悲しい。



 だが、唯一の救いは小夜ちゃんのおかげで少なくとも焼き菓子にはありつけることだ。

 これでなんとか飢えを凌いでいこう。

「そういえば、本物の長沢さんはちゃんと帰ってこれた?」

「ええ、昨夜絹谷の屋敷に着いたことを確認しました」

「それはよかった。彼女もいい休暇になったはずだ」

 小夜ちゃんが長沢にすり替わるにあたって、本物は南の島に強制バカンスをしてもらっていたのだ。私たちが仕事をしている間、絹谷と連絡が取れないこと以外は困らない快適な環境で過ごしてもらっていた。

 彼女も働き詰めだったようだから、ちょうどよかっただろう。


「じゃあ、これで今回の件は全て終わったのかな」

「あの絵はどうするつもりですか?」

「まぁ、しばらくは地下に飾っておくよ。十分堪能したら美術館に返しに行こう」

「一体いつになることやら……」

 小夜ちゃんは呆れたような顔で呟いた。


 確かにいつ返す気になるかは私にもわからない。このまま第二の絹谷になってしまいそうだ。

「はははは、気をつけるよ。まぁ、それはともかく、色々あったけど楽しかったね」

「……私は楽しいという気はしませんでしたが。特に最後の辺りで」

「それは、まぁ……ね……」

「少しサービスが過ぎたのでは?」

「だって、あんなに想われてたら応えてあげたくなるじゃないか。男心としてもさ」

「へぇ、応える気はあるんですか。なら正体を明かしたらどうです?」

「あ、いや、そういうつもりじゃないよ。……なんというか、数年に一度くらい姿を見せてもいいかなってくらいで……さ」

「……最低ですね」


「え?」

 小夜ちゃんは冷ややかな視線を向けてくる。いつもなら紬ちゃんを養護するようなことはしないのだが、今日の小夜ちゃんは違っていた。

「彼女を幻想に縛り付けておいて自分はなにもしないというのは、卑怯ではないですか? 叶わぬ願いを抱き続けることの苦しみを、あなたは知らないんですか?」

「……小夜ちゃん」

 紬ちゃんをどこか自分に重ねたような、悲しげな表情。

 私はまた、知らずのうちに傷つけていたのだろうか。

 いくら歳を重ねても、数多の経験を得ても、誰も傷つかない道を選ぶことなど出来はしないのか。



「その気がないのなら、早いうちに彼女に諦めさせるべきだと思います」

「……そうだね」

 私が紬ちゃんの時間を奪っていることは間違いない。

 既に八年が経過しているとはいえ、傷は浅い方が彼女のためだろう。

 そう決意した瞬間、カウベルが鳴りドアが開く。


「……うぃーっす」

「なんだ、槇か。びっくりした」

 槇は虚ろな表情でのそりのそりと指定席に向かう。

 あれから姿を見せないと思っていたら、想像以上にへこんでいるようだ。普段からだらしのない顔が、一層にだれている。

「いつもの」

「はいよ」

 そう言ったきりテーブルに突っ伏したまま動かなくなる。

 今にも魂が抜けそうだ。



「そんなにショックだったんですか?」

「まぁ、間抜けにも程があるだろって感じだったからな」

「……そんなことはもう過ぎたことだ。今更なにを言ってもしょうがないさ」

「なら、なんでそんなへこんでんだ?」

「……はぁ……」


 その後槇は上の空といった感じで、私たちの声も届いていないようだった。なにやらブツブツと呟いているが、気持ち悪いのでやめてもらいたい。

 とりあえず槇スペシャルブレンドを置いて放っておくことにした。

「なんなんですかね」

「さぁ? 報酬が出なかったとかじゃないか?」

「ありえますね。へこみ具合からして」

 結局、私を追い詰めたのは偏にアリッサちゃんだった。

 槇の活躍はほぼなかったと言ってもいい。



「……そういえば、あの予告状の三行目と四行目が表してるのは、絹谷のことで間違いないんだな?」

 突然、槇は顔を上げるとそんなことを言ってきた。

「どうしてそう思った?」

「あれから少し調べさせたんだが、絹谷はいくつかの組織に献金してたんだ。だが、絹谷が引退してからはそれも止まってる。……一つを除いてな」

「それで?」

「その組織とあの絵は深い繋がりがあるって話だ。絹谷が絵を手に入れたのもそこからだと思う。何故その組織だけに金を払い続けてるのか。逆に考えて、絵があるせいで払い続けなければならないとしたら……」


 会社が新体制になった今では、その繋がりは邪魔でしかないと。

「予告状の贖罪というのがその献金とかかってるとしたら、この件で絹谷自身も救われてることになる。……つまり、おまえは紬ちゃんをアリッサから助け、それと同時に絹谷まで助けたわけだ」

「なるほど、いい推理だ。やはり探偵としては優秀らしい」

「けっ、なにが優秀だ。あの二行目の秘密に気づけなかったのを影では笑ってんだろ?」

「なんのことだか?」

「うっぜぇ! 祭壇に捧げられたキリストってのは、絹谷が談話室に飾ってなきゃ成り立たない文言だ。つまり、そうなるように仕向けた奴がいるってこと。そして暗き闇ってのは、本物は地下室だってことだよ!」

 後からにしろ、それに気づけるのはやはりからかい甲斐がある男だ。

 また再戦の機会がれば受けて立とうじゃないか。



「……あれ? ちょっと待ってください。この人さっき、調べさせたとか言ってましたよ」

 そういえば、そんなことを言っていた気がする。

 小夜ちゃんはジトッとした目で槇を見ていた。

「協会には優秀な探偵たちがいっぱいいるからね。わざわざ俺がやらなくても十分だってことさ……」

「その割には目が泳いでるぞ。まさか……実は調査はからっきしだったりするのか? 普段仕事がないのもそのせいなのか?」

「……ぐっ」


「図星みたいですよ」

 なんかもう、見ててかわいそうになってくるな。

 事務所なんかやめて、さっさと怪盗専門になったらいいのに……。

「ちくしょう……。紬ちゃんも絹谷も助けたなら、俺も助けてくれよぅ……」

「なにがあったんだよ」

「……アリッサが……アリッサが日本に残って俺の手伝いをするって。俺の性根を叩き直すとか、身体も鍛えてやるとか……」

「ざまぁ! せいぜい死なないように頑張れよっ」


 ついに槇に天罰が下ったようだ。

 八百万の神々ありがとう。こんなに清々しい気分になったのは久しぶりだ。

「おまえも……笑ってられないぞ。アリッサの第一の目的はヘルメスの捕獲だからな。任務が完了するまで帰る気はないらしい」

「なっ!」

 八百万の神々は私のことも嫌いなのだろうか。

 天罰を下すのは槇だけでいいのに……。


「協会の連中もアリッサを俺に押しつけやがって……。あれ? ということは、マスターがヘルメスだとばらしてしまえば、俺はアリッサから解放されるのか?」

「そんなことしたら、私があなたを消しますよ」

「ぐっ……」

 いつの間にか奇妙な力の相互関係が出来上がっていた。

 よくよく考えると、私が一番下にいるような気がするのは何故だろう。

 私のしていることは、結局のところ犯罪行為に他ならないからか。まったく、ロマンのない話だ。

 

 

「……ここにいたのか、シズマ」

「ひぃっ、アリッサ!」

「うわっ……」

 カウベルの音と共に現れた人影。

 もう二度と会いたくないと思っていたのに、僅か数日で再会を果たしてしまった。

 今後彼女は私の最大の天敵になりそうだ。


「あれ、今日は部屋探しをするんじゃなかった?」

「もう決まった。このビルの三階が空いてたから、そこにした」

「なっ、なにぃ!」

「なんてことだ……もう、私に安らぎはないのか……」

「……?」

 思わず口にしてしまった言葉に、アリッサちゃんは首を傾げる。



 ……そうだ、私がヘルメスだとばれなければなんら問題はないのだ。いつも通りにしていれば、きっと平穏はやってくる。

「つーか、このビルって女の子が生活する場所じゃないだろ。四方がコンクリだぞ?」

「問題あるのか? それより、買い物に付き合ってくれ。場所がわからん」

「……なにを買うんだ? ベッドとか普通のものなら嬉しいんだが」

「まずはサンドバッグだな。あと、バーベルだ」


「小夜ちゃん……助けて」

「ごめんなさい、無理です」

「ううっ……」

 槇のサングラスの奥から涙があふれていた。

 私も泣きたい。

 そして、アリッサちゃんは槇のスーツの襟を掴むと軽々と引きずっていった。

 幼女が大きなぬいぐるみを引きずっている姿を彷彿とさせるが、目の前のそれはあまりにもシュールだ。

 私と小夜ちゃんは槇が遠くなっていくのを眺めることしか出来なかった。

 明日の我が身だと思うと怖くなる。



「ひぃっ!」

 入れ替わりで入ってきたお客さんが思わず飛び退く。

 店の評判が落ちなければいいのだが……。

「なんなの、あれ……。なにかのパフォーマンスかしら?」

「……紬ちゃん」

「お久しぶり、マスター。元気だった?」

「ああ……まぁね」

 紬ちゃんはいつものように私の目の前に座る。

 どこか落ち着きのない様子だが、ヘルメスに会った後ならそれも仕方ないだろう。小夜ちゃんがおしぼりとお冷やを置いたときに睨み合うのは相変わらずだが。

 しかも今日は一段と視線がきつい。


「私の今日の気分はマンデリンだけど、それでいい?」

「ええ、もちろん」

 私がコーヒーを淹れている間、ずっと紬ちゃんの視線を感じていた。

 紬ちゃんにヘルメスのことを諦めさせると決めた矢先に店に来られて、どう接したらいいのかわからない。

 とりあえずは様子を見ることにしよう。



「はいよ」

「ありがと。……ねぇ、絹谷の屋敷のことをあの探偵から聞いた?」

「……聞いてないよ。もう盗みに入ったのかい?」

「ええ。でも失敗したわ」

「その割には嬉しそうだね」

 紬ちゃんは少し間をおくと、ゆっくりと口を開いた。


「私、ヘルメスに会ったの。あの屋敷で。ヘルメスに抱かれた感触が今でも忘れられないわ」

「……は?」

 少し離れた場所で聞いていた小夜ちゃんの表情が途端に冷たくなる。

 なにやら誤解を受けるような言い回しに、冷や汗が出てきた。

「私が屋根から落ちたところを助けてくれたの。しかも、ヘルメスは私のことを覚えててくれたのよ」

「へぇ……それはよかったね。なら、もう十分ではないかな?」

「どういうことかしら?」


「これ以上追いかけると本当に行き遅れるよ? そろそろ夢から覚めてもいい頃だと思うんだけどね」

「余計なお世話よ。それに、夢なんかじゃないわ。あの時、邪魔が入ったせいで告白も出来なかったし、私はヘルメスを追い続けるわよ」

 やはり紬ちゃんの意志は強い。私がこの姿で何を言ったところで無駄だろう。

 そのうち紬ちゃんの家に忍び込んで置き手紙でも残しておくべきか……。


 いや、それでも彼女は諦めそうにないな。あの親父が変な躾け方をしたせいで、こんなにも強情な娘に育ってしまったじゃないか。

 それに比べ、小夜ちゃんは私に冷たいこと以外はいい子に育ってくれた。

 やはり普通の家庭が一番いいんだな。



「……ところで、私のメイド姿って可愛いかったでしょ?」

「ああ、そうだね」

「へぇ……そう。……やっぱり、あなたが……」




「……あ」


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