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「……ふぅ、終わった。ナイスアシストだったよ」
「っ……あっ……」
振り返るとそこにはメイド姿の紬ちゃんがいる。少し前からアリッサちゃんの後方で屋根からひょっこり顔を出していたのは見えていたが、まさかこんなものを屋根に仕掛けていたとは思わなかった。
「おかげで命拾いをしたよ。ありがとう」
「ひゃぅ……」
紬ちゃんは顔を真っ赤にしながら涙目になっていた。混乱と感動が入り混じってぐしゃぐしゃの表情は、普段の気丈な姿とは似ても似つかない。
まぁ、八年ぶりの再会となれば仕方ないか。
なにしろ紬ちゃんの目の前には八年前と変わらぬヘルメスが立っているのだ。
折角だから今回は棟方組の屋敷で見せたものと同じ姿にしてみた。ちょっと調子に乗って派手なのも、若気の至りというものだ。
「つっ……あっ……あのっ……」
「ん?」
「……肩……傷っ。すごい……血が……」
「ああ、大丈夫だよ」
肩に刺さったナイフを引き抜いて軽く手を添える。そして肉体を変質させてしまえば次の瞬間には傷跡すら残っていない。
「……ほら、もう治った」
「えっ……?」
胸をはだけて見せると紬ちゃんは目を丸くして驚く。
目の前で能力を見せてしまうのはサービスのしすぎだとは思うが、紬ちゃんがあまりにも動揺していたので、ついやってしまった。
「それでは、私はこれで失礼するよ」
「あっ……待って!」
「なんだい?」
「……あのっ、私……。昔、あなたに……」
そう言いながら紬ちゃんは私の下へ駆け寄ってくる。
だが、ここが屋根の上だということを忘れてしまったのか、それとも単に気が逸りすぎたのか、紬ちゃんは盛大に足を踏み外してしまった。
「きゃあっ! ……ひゃああああああああっ!?」
体勢を立て直そうと必死に足を動かすが、空回りが酷く、抵抗も空しく勢いよく屋根を駆け下りていく。
そしてついに世界の終端がやって来て、紬ちゃんはそのまま宙に放り出されてしまう。
「ったく、世話が焼ける」
走りながら腰に手を伸ばして先端にフックのついたワイヤーを取り出し、それを屋根の縁に引っ掛けて勢いを付けて飛び出す。
そして片手でワイヤーの長さを調節しつつ、もう片方で紬ちゃんを抱きかかえる。
間一髪のところで助けることが出来たが、地面まで残り数メートルしかない。
紬ちゃんは恐怖で蒼白な面持ちだ。
「……ふぅ。まったく、君は屋根から落ちるのが好きなのかい?」
「えっ……あ。覚えてて……」
怯えていた紬ちゃんが途端に嬉しそうな表情になる。
その純粋な瞳を直視することが出来ない。まさか本人から聞いて思い出したなんてことは口が裂けても言えない。
「立てるかい?」
「……ええ」
ワイヤーを伸ばして地面に降り立つ。
紬ちゃんはゆっくりと私の腕から離れ、しっかりとした足取りで数歩下がった。
そこには先程までの慌てた様子は見られない。
毅然とした姿で私の前に立ち、強い意志を持って正面から見据えている。
「助けてくれてありがとう。そして、もう一度私の前に現れた奇跡に感謝するわ。……私、あなたに言いたいことがあったの。八年前のあの日からずっと……。それを伝えるために怪盗になって、あなたに会える日を待ち望んでた」
紬ちゃんは八年分の想いを込めて言葉を紡いでいく。
冷静さを保っていても、僅かに声が震えている。
「……私……私っ、あなたのことがっ」
「一体、あなたはなにをしてるんですか?」
「うおっ、なんだ!?」
「……え?」
その瞬間、インカムから通信が入って紬ちゃんの言葉を遮った。
声の主は小夜ちゃんしか有り得ない。何事かと思って周りを見渡すと、頭上に遠くへ行ってしまったはずの飛行船が浮いている。
「なんだか嫌な予感がして急いで戻ってみれば、なんですかこれは。そんなところで油を売ってる暇があったら、さっさと帰ってきてください」
「いや、これには色々と事情が……」
「話は後でゆっくり聞きますから、まずは怪盗としての責務を果たしてください。ダラダラと現場に残ってるのは怪盗としてどうかと思いますよ」
「……むぅ、痛いことを言ってくれる」
そして催促のように飛行船からワイヤーが下りてくる。
仕方なくそれに掴まって合図を送った。
「すまないが、説教が待ってるからこれで失礼するよ」
「えっ、ちょっ、ちょっと……待って!」
「またいつの日にか!」
「待って! ねぇっ、待って!」
紬ちゃんの声がどんどん遠くなっていくのを感じながら、それだけ口にした。
彼女の言葉から逃げた形になってしまったが、私にはその想いをどうすることも出来ない。
怪盗ヘルメスは夢の中の存在でしかない。
夢だからこそ、永遠の輝きを持つのだ。
そして、怪盗ヘルメスとしての仕事はこれで一端の終わりを迎える。今回はロマンとスリルも申し分のない、素晴らしい仕事だった。
明日からはまた、一介のマスターとして喫茶店経営に勤しむことにしよう……。




