7-3
その後、紬ちゃんの案内で屋敷中を見て回った。
どの部屋にも紬ちゃんトラップがいくつも仕掛けられていて、それの殆どが言われなければ気がつかないようなものだった。
これは一朝一夕で身につくような技術ではない。
きっと若い頃から怪盗になる訓練をしていたに違いない。大まかに逆算すると十代にはもう覚悟を決めていたようなレベルだ。
一体何があったのだろうか。
「他に見てない場所は?」
一階から順に見ていき、ようやく三階まで来た。無駄に広いこの屋敷は、端から端まで歩くだけでも疲れてしまう。
一つの階だけでも十部屋くらいはあった。
「後は地下の倉庫類と庭くらいね」
「じゃあ、まずは地下に行こうかな」
「こっちよ」
紬ちゃんに連れられ階段を下りていく。吹き抜けのエントランスを通り、裏口の方へと向かった。
一階は食堂や応接間などの広い部屋が多く、二階は客室や使用人の部屋が並んでいて、三階には絹谷の私室や書斎、談話室がある。
屋敷の裏手に回ると窓からガレージが見えた。高そうな車が何台も駐まっている。
とても羨ましい。
ふと視線を上に上げると、雲一つない夕焼け空に楕円状で銀色の物体が浮いていた。
「あれは、飛行船か?」
「どうしたの? ぼけっとして」
「……なぁ紬ちゃん、あの飛行船っていつも飛んでるの?」
「え? ……あぁ、あれは地元の商店街の宣伝で、一週間くらい前から飛んでるわ」
「ふうん……」
紬ちゃんは興味がないのか、さっさと歩き出した。それを横目で追いながら、俺も紬ちゃんの後を追う。
そして、すぐ近くの扉から地下へと降りていく。ひんやりとした空気が身体を包み込んでくる。
階段を下りるといくつか部屋があり、一つずつ紬ちゃんが説明し始めた。
「ここは用具室、隣は調度品倉庫、その奥が美術品倉庫で、反対側の部屋は電気や空調なんかの機械室ね」
「なるほど。……あれ? 奥の部屋に誰かいない?」
「え?」
美術品倉庫扉が少し開いていて、光が漏れている。
おそるおそる近づいて中を覗いてみると、誰かがゴソゴソとしているのが見えた。
「あ、探偵さん。ご苦労様です」
「……あ、長沢さん?」
俺たちに気づいて振り返った人影は間違いなく秘書の長沢奈緒子だった。
彼女はいくつかの書類に何かを書き込んでいる。
「ここでなにをしてるんです?」
「今度花柳美術館で開催される印象派展で、絹谷が貸し出しをする作品のチェックをしています」
「印象派っていうと、モネやルノワールだとかですよね?」
「ええ、そうです」
たしか、印象派の絵はバブルの時代に日本人が買いまくったとかなんとか。
絹谷もその例に漏れないのだろう。
倉庫には数え切れない程の絵画や立体作品が梱包されて並べられていた。身の丈を超えるものからノートくらいのものまで様々だ。
「普通は個人の絵を貸し出したりもするんですか?」
「はい。テーマのある展覧会を開く時はその美術館の所蔵品だけでは足りないので、絹谷のような個人所有の品を借りて展示するのが一般的です」
「絹谷さんは意外と協力的なんですね。あんな絵を持ってるというのに」
「あの『ガリラヤの海の嵐』の方が特別だとお考えください」
「なるほど。それは失礼」
絹谷とってあの絵はどれほどの価値があるのだろう。
俺は絵のことなんてわからないから、盗品を持ち続けるだけの価値が本当にあるのか甚だ疑問だ。
「あれ……そういえば、この部屋は地下なのに暖かいですね」
「絵画は気温と湿度の変化に弱いですから、こうして空調を付けています」
「あぁ、確かにそんな話は聞きますね。俺の知り合いにもね、やたらうるさいのがいるんですよ。一度美術品のことを話し出すと止まらないやつが」
「そうですか。とてもお詳しいのですね」
「聞く方としては迷惑極まりないですけどね。今回の絵でも……たしかレンブラントでしたっけ? ……レンブラント? ……ん?」
「どうかしましたか?」
「いや……ちょっと待ってください。……レンブラント?」
その名前、どこかで聞いたような気が……。
レンブラント……レンブラント……。
確か光の画家とかなんとか言われていて、でも俺は絵画とは関係ないところで聞いたことがある。
……レンブラント。
レンブラントの梯子ってあるか?
いや、ちょっと違うな。
……ん、梯子?
梯子を伝いてメシアは姿を現す。梯子を伝いて……。
レンブラント……梯子……。
「……あ。はぁ……アホらし……」
謎が、解けた……。




