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6-5

 絹谷と長沢さんに連れられて三階の大部屋に入っていく。

 ここは談話室のようなところだろうか。応接間と同じように高そうなテーブルや椅子が置かれ、一際大きな暖炉が据えられていた。


 西側にはバルコニーのついたガラス戸があり、暖かな西日を取り込んでいる。

 そして暖炉の上に飾られた一枚の絵画……。

 途中、不審な視線を感じて振り返ると、ちらっと紬ちゃんの姿が見えた。変な行動をしてアリッサに勘付かれたら、一巻の終わりだというのに……。



「……これが、予告にあった『ガリラヤの海の嵐』だ」

「確かに資料の写真と一致しますね。ですが、盗まれた時に酷く損傷しただろうと聞いていたのに、これは随分と綺麗ですね」

「ああ……私が手に入れた時はかなり痛んでいたが、腕のいい修復師に依頼して修復してもらったのだ」

「そうですか。それで、この絵はいつもここに飾られてるんですか?」

「古い知人を招待した時や、私の気が向いた時にだけ、ここに飾っている。普段は地下の美術品倉庫だ。……だが、そんなところに置いていていつの間にか盗まれていた、なんてことになったら笑い話にもならん。だからこうして目立つところに飾っている」


「なるほど、確かにその方が賢明ですね」

「一つわからんのだが、怪盗セルリアは何故予告日を一週間以上も先にするのだ?」

「それは相手の反応を窺うためです。例えば、この絵を別の場所に移されたり、金庫に仕舞われたりする可能性もあるわけですから。大抵の予告状を出す怪盗は、これらの事態に対応出来る準備をして、相手の出方によって盗む方法を決めます」

「……ぬぅ。ならここに飾っているのも、危険だということか?」

「そうですね。ですが他のパターンよりかは安全でしょう。こうして誰かが見ている状況にあれば、そう易々と盗むことは出来ません」

「………」

 そして怪盗は予告時間には必ずこの場にいなければならないのだ。その中から怪盗を見つけ出すことなど、この俺にとっては容易いことだ。



「さて……。推理を始めましょうか」

「楽しそうだな、シズマ」

「不謹慎なことを言っちゃいけないよ、アリッサ。なにしろ相手はヘルメスだ」

 だが、この高揚感を抑えきれないのは事実だ。

 ようやくあの時のリベンジを果たす機会がやってきたのだから、紬ちゃんには感謝しなければならない。


「まずは怪盗セルリアの方ですが、こちらの予告状は今日から六日後に盗むというだけの、とても簡素なものです。ですが、この予告がある以上ヘルメスがそれ以前に犯行に及ぶことは確実だと思われます」

「なるほど。だが、それでも時間が曖昧すぎるじゃないか」

「ええ。その先は彼の予告状から推理しましょう」

 先程預かった予告状を取り出す。

 そのカードには難解な文章と彼の署名が書いてある。この文章の中に犯行予告時間が隠されているのだ。

 俺は改めてゆっくりと文字を追っていく。


 

  〝遠き日に攫われしキリストは時を経て此処にあり

   キリストは祭壇に捧げられ暗き闇を見る

   されど救いの日は来たり

   贖罪の月日を過去のものとすべく

   梯子を伝いてメシアは姿を現す

 

                   怪盗ヘルメス〟

 



 相変わらずアホな文章だ。

 こんなものを送りつけといて、相手が悩んでいるうちに盗み出すというのは、怪盗としてどうなのだろう。

 謎解きの醍醐味を与えるという意味では挑発的だが、俺みたいな名探偵がいなければ意味がない。つまり、これは絹谷に宛てたというより、この俺への謎掛けということだ。

 ……面白い、受けて立とうじゃないか。


「やはり楽しそうだぞ、シズマ」

「そんなに顔に出るか?」

「ああ。アホな子供みたいにな」

「ひでぇ」

 アリッサにはもう少し言葉をオブラートに包むことを覚えてもらいたい。

 これは傷つきやすい日本人の生み出した素敵な文化だ。



「それより、どうなんだ。なにかわかるのかね?」

「そうですね……。文中のキリストというのは、この絵のことで間違いありませんか?」

「ああ。『ガリラヤの海の嵐』はキリストを描いた宗教画だ。だから私も狙われたのがこの絵だとわかった」

「次の祭壇に捧げられ、の下りはここに飾られてることを隠喩してるだけでしょう。絵の中のキリストは降り注ぐ光の方を向いてるのに、暗き闇を見るというような表現が使われてるのは、絹谷さんが隠し持ってて一般の人の目に触れることが出来ないからだと推測出来ます」

「………」


「三行目の救いの日というのが犯行日を指してるんでしょうが、これだけでは判断しようがありません。その次の贖罪の月日というは絹谷さん、なにか心当たりがあるんじゃないですか?」

「……知らんな」

「そうですか。なら、ここは飛ばしましょう」

「なぁシズマ、そんな適当でいいのか?」

「焦っても謎は解けないよ。それに、俺の勘では三行目と四行目は、それほど重要じゃない気がする」

 探偵に求められるのは論理性だけじゃないってことだ。物事の中心を見抜く直感も俺は大事だと思っている。

 なにより、怪盗ヘルメスとやり合うには柔軟な発想が決め手になる。

 あれは底なしのアホだからな。こちらもアホになる必要があるということだ。決して俺自身もアホだからヘルメスの謎掛けが解けるというわけではない。


「そして最後の行、梯子を伝いてメシアは姿を現すという文ですが、メシアはヘルメスのことでしょう。ちなみにこの屋敷に梯子はありますか?」

「用具室にいくつかあります」

「まさか、梯子で屋敷の壁を登ってくるなんて言うのかね?」

「彼なら平気でやりそうですが、おそらく違うと思います。ここは三階ですし、そんな長い梯子はないでしょう?」

「はい」


「つまりこの梯子という言葉も、なんらかの象徴表現と見ていいでしょう。それを示すものはこの屋敷にあるはずです。……ということで、よろしければこの屋敷を調べさせてもらえませんか?」

「ああ、構わんよ。だが、私はここで絵を見張っていたい。彼女も用事があるので、使用人に案内させてもよろしいかな?」

「もちろんです。……そうだ、せっかくなのであの若いメイドさんがいいですね」

「黒田のことですか? では彼女に案内させます」

「よろしく。それと、アリッサはここに置いておくので、万が一怪盗が現れても絵は守れると思います。……いいかな? アリッサ」

「ああ。絵に近づいた人間を倒せばいいんだな?」

「いや……まぁ、それでいいや。殺すなよ?」

「大丈夫だ。殺さずに行動不能にする術は心得てる」



 とても不安だ。

 ……まぁ、ヘルメスの方から謎掛けをしてきたのだから、謎解きの時間くらいは用意しているだろう。

 それまでに紬ちゃんを説得して、梯子の謎を解けばいいのだ。

 俺ならきっと出来るさ。


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