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6-4

「待たせたな。初めまして、探偵。私が絹谷彰だ」

 応接間に現れた爺さんはそう名乗ると手を差し伸べてきた。

 痩身白髪の七十近い爺さんだが、老いを感じさせない威圧感がある。

 絹谷の後ろには秘書らしき女性が立っていた。



「初めまして。探偵協会から派遣された槇静馬です。こちらは同じく協会から来た……」

「アリッサ・クルーツィスだ。よろしく」

「……若いな。彼女も探偵なのか?」

「いえ、アリッサは怪盗を逮捕することが専門です。警察の力を借りれないということですので……」

「そうか。知っているだろうが、予告にあった絵画は盗品でな。警察に助けを求めるわけにはいかんのだ」

「我々はそのことに関しては一切追求しないように上から言われてます」

「……理由はわかっているのだろう?」

「ええ、まぁ」


 金の力というものは恐ろしい。

 協会の中にはガードナー事件をずっと追いかけてきた人もいる。それすらを黙らせてしまうのだから、もはや魔法の力といってもいい。

 この爺さんは何十年もその世界で生きてきたのだ。

 きっと金の力を熟知しているのだろう。



「それで、絹谷さん。依頼の内容は怪盗セルリアから絵画を守る、ということでよろしいですか?」

「……それが困ったことに、今朝またしても予告状が届いた。今度はあの怪盗ヘルメスからの予告だ。狙いは同じく『ガリラヤの海の嵐』だ」

「ヘルメスですか。それはまた厄介な相手ですね」

 意外と早かったな……。

 ヘルメスから予告状が届くのは明日ぐらいだと思っていたが。


「怪盗ヘルメスから絵を守ることは可能か?」

「相手のペースに巻き込まれたら、ほぼ不可能でしょう。ですが今回はとっておきの切り札があります」

「切り札?」

「ええ、このアリッサです。彼女は〝怪盗狩り〟とまで言われる程の人間ですので」

「それは頼もしいが……」


 顔つきから見て、どうやら絹谷は俺たちを信用していないようだ。

 まぁ、当然か。誰だってこんな状態でいきなり現れた人間を信用したりしないだろう。

 なにより、この爺さんは身近な人間しか信用しなさそうな感じだ。腹の探り合いばかりしていると、自然とそうなるのだろう。



「とりあえず、ヘルメスからの予告状を見せてもらえますか?」

「ああ、そうだな。……おい」

 絹谷は後ろの女性に声をかけると、その女性は持っていた手帳から一枚のカードを取り出した。

 それはL判くらいのサイズの硬質な紙のカードだ。

「こちらになります」

「ありがと。……ええと?」


「申し遅れました。私、絹谷の秘書の長沢奈緒子(ながさわなおこ)といいます」

「よろしく」

 長沢さんは綺麗にまとめられた髪とオシャレな眼鏡が印象的な、三十歳くらいの優秀そうな女性だ。俺の好みではないが、結構な美人だと思う。

 しかし、この爺さん……。

 大きな屋敷と美人秘書にメイドさんなんて、男の夢を独り占めだな。そんな中での生活なんて、いけない想像しか浮かんでこない。

 ちくしょう、羨ましすぎる。



「どうしたシズマ、目が虚ろだぞ?」

「はっ。……すまん、ちょっと意識が飛んでた」

「病気か。もう手遅れかもしれないな」

 さっきより扱いが酷くなっている気がする。

 しかも目の前の二人まで怪しい目で俺を見ていた。このままでは、探偵としての沽券に関わる事態になる。

 なんとか、いいところを見せなければ……。


「こほん……ええと、これが予告状ですか。……なるほど、ほぼ間違いなくヘルメスのものでしょうね」

「君はヘルメスに詳しいのか?」

「ええ。私は一度ヘルメスと対峙して、正体を見破ったことがあります」

「それは凄い。その時は狙われたものはどうなったのかね?」

「……持ってかれました」

「………」

「ですが、今度こそはお縄にしてみせましょう」

「頼むよ……」

 余計に信頼を失った気がする。

 かなりヤバイな……。


「まったく、何故こうも立て続けに怪盗に狙われるのだ。タイミングから見て、ヘルメスに至っては君たちのところから情報が漏れたのではないかね?」

「そうですね、上層部には情報流出の可能性を調べるよう伝えておきます」

 まぁ、俺は情報元がセルリア本人だってのはわかっているが、それはセルリア自身すら知らないことだ。

 なんともややこしい。



「大体、なんだこの予告状は。いつ現れるかすら書いていないのなら、こんなもの出す意味がないじゃないか!」

「いえ、彼はちゃんと現れる時間を予告してますよ。それを読み解くのが俺の仕事です」

「このわけのわからん文章の中にか?」

「ええ、彼のいつもの言葉遊びです。私ならこれくらいすぐに解けるでしょう」

「……口だけでないことを祈るよ」

「お任せください」


 一息入れてコップの水を飲み干す。

 重い頭に水分が染み渡っていく感じが気持ちいい。

 もう一杯飲もうとしてピッチャーを手にしたが、なにやら異様に軽い。不思議に思って中を覗くと、水が入っていなかった。

「すまん。喉が渇いてたから飲んでしまった」

「これを全部かっ」

「……つい」

 つい、で飲んでしまうような量じゃないだろ、ピッチャーって。

 二リットル近くあるぞこれ。


「新しくお持ちしましょうか?」

「いや、いいですよ。……それより、問題の絵画を見せてもらえますか?」

「そうだな、すぐに案内しよう」

「お願いします」

 これ以上アリッサに付き合っていると、こっちまで常識を失ってしまいそうだ。

 さっさと解決して、国に帰ってもらうとしよう。


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