6-3
次の日の午後、俺たちは絹谷の屋敷に向かった。
二日酔いで頭がガンガンしていて、電車が揺れる度にその場に倒れ込みたくなる。
昨日は居酒屋でアリッサの異常さを改めて思い知った。ウォッカを次から次へと流し込む姿を見て、ロシア人が皆こうなのかと思うと背筋が寒くなる。
俺もアリッサに勧められるままにロシアの流儀で一杯呷ってみたが、喉が焼けるような感覚と急上昇する体温で、声にならない叫びを上げてしまった。彼女が本当に半分日本人なのか疑ってしまう。
しかも、アリッサの恐ろしさはそれだけではなかった。
呆れる程食うのだ。ウォッカを一気飲みしてはつまみをザクザクと食い尽くしていく姿は、まるで冬眠前の熊のようだった。
その細い身体のどこに入っていくのか、探偵として追求したい程の謎だ。
……そして、会計の時になって俺は愕然とした。
協会からもらった前金の殆どが、たった一度の食事代で消えてしまったのだ。安い居酒屋を選んだはずなのに、どこぞの高級クラブのような金額が提示されていた。
もう二度とアリッサに食事を奢る機会が来ないことを神に祈るばかりだ。
「着いたぞ。この駅だろ?」
「ああ、そうだな」
あれだけ飲み食いしておいて次の日には平然としているアリッサは、きっと違う星の住人なのだろう。
そうして無理矢理自分を納得させつつ改札を出た。
絹谷の屋敷は花柳市から電車で小一時間くらいで行ける大都市にある。東京や地方都市にいくつか屋敷がある絹谷だが、そこが本邸と聞いている。
駅からはタクシーを使い、三十分程走ったところで降ろされた。
「……でけぇ」
目の前の建物は本当に個人の家なのか?
まるでどこかの文化博物館みたいな大きさと外観だ。明治から昭和初期に建てられたような洋館で、正門から屋敷の玄関がこぶし大にしか見えない。
金持ちというのはどうしてこうも見栄を張ったような家に住むのだろうか。
こんなことにしか金の使い道が思いつかないのか?
「シズマ、チャイムを鳴らさないのか?」
「あ……忘れてた。しかし、なんだこの屋敷は。つい見とれてしまったぞ」
「キヌヤというのは貴族か?」
「いや、ただの成金だ。絹谷は一代でここまでのし上がってきたらしい。そのために色々とあくどい事をしてきたみたいだが」
「なるほど、オリガルヒか。ならここで暴れても問題ないな?」
「……とりあえず、スマートにいくことを祈ってるよ」
調度品の弁償は協会が持ってくれるだろうか。
さすがにそこまで面倒は見きれんぞ。
インターホン越しに名乗るとすぐに屋敷からメイドさんが現れて、俺たちを中へと案内してくれた。
本物のメイドさんがいるなんて、異世界に迷い込んでしまったような衝撃だ。羨ましすぎるぞ、絹谷彰。この無駄に広い屋敷はメイドさんを雇うための布石か。さすが金持ちはスケールが違うな。
「なにを呆けてる? 迷子になるぞ」
「アリッサ。俺、金持ちになったらこんな家に住むよ」
「そうか。頑張って働け」
「ああ」
そんなことを言っているうちに玄関からすぐの応接間らしきところに通される。屋敷の中まで西洋建築を基にしていて、靴を脱ぐということもなかった。
応接間も嫌みな程に豪華で、高級そうな家具が静かに存在を主張している。マスターがこの場にいれば、頼んでもいないのにペラペラと様式を説明してくれるだろうが、あいにく俺はこういうものに縁も興味もない。
だから高そうなシャンデリアだとか、高そうな椅子としか表現しようがない。
「しばらくここでお待ちください。まもなくお館様がお見えになりますので。お飲み物をお持ちしますが、コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
「あー、頭痛が酷いんで水をもらえますか? 出来ればピッチャーも」
「私もそれでいい」
「かしこまりました」
……凄い。本当にメイドさんだ。
俺もメイドさんにお館様とか呼ばれてみたい。
ただ、残念なのは俺と同い年ぐらいの人だということだ。むしろ、これで二十代前半の若い女の子だったら絹谷を呪ってやるところだった。
「……ふっ、命拾いしたな」
「誰がだ?」
「いや、独り言だ。忘れてくれ」
「病気か。酷くなる前に医者に診てもらえ」
「これだけで独語症扱いかっ」
「シズマはベルギーでもよく一人で呟いてた。きっと病気だ」
「マジかっ」
知らない間に精神を病んでいるのかもしれない。探偵という職業上、人の不幸に関わることが多いからだろうか。
となると、もう少し休みを取った方がいいな。この依頼が終わったら長期休暇を取るとしよう。
「……失礼します」
先程とは違う人の声がして応接間の扉が開く。今度は随分と若そうな声だ。やはり絹谷は一度呪われる必要があるらしい。
サービスワゴンの後に続いてメイドさんが入ってくる。
「……え?」
「……はい?」
現れたのはメイド服に身を包んだ紬ちゃんだった。
黒いワンピースとエプロンドレス、黒髪とヘッドドレスのコントラストは清楚ながらも背徳的な雰囲気を持ち、男心をこれでもかという程に揺さぶる。
あまりにもの予想外の事態に思考が停止してしまう。紬ちゃんも俺がいることに驚いて、目を見開いたまま硬直していた。
まさか、こんなにも堂々と潜入しているとは思っても見なかった。しかも変装する気すらないとは、随分と肝が据わっているというかなんというか……。
「……あなた、探偵だったの?」
「アデプトの上で事務所を開いてる、槇静馬だ。よろしく」
「……黒田紬よ」
「黒田?」
「………」
紬ちゃんは俺を横目に水とお茶請けをテーブルに置くと、そのまま何も言わずに出て行ってしまった。きっと、思考の整理が着いていないのだろう。
「知り合いか?」
「行き付けの喫茶店で見掛けた程度だ」
「そうか。奇遇だな」
アリッサには彼女が怪盗セルリアであることは絶対に知られてはならない。
紬ちゃんと絵画を同時に守りつつ、何事もなかったように事件を終わらせる……。
難しすぎるだろ。
だが、これで紬ちゃんと話をすることが出来る。どうやってコンタクトをとろうかと悩んでいたところだが、とりあえず第一段階はクリアした。
あとは……。




