6-1
いつもより少し高いスーツに身を包み、俺は花柳国際ホテルのロビーに立っている。
お気に入りのサングラスが、ここでは少し浮いている。このホテルは花柳市でも一番の豪華さを誇っていて、俺みたいなのはお呼びでないって感じだ。
……待ち合わせの時間が近い。
あいつと組むのはこれで二回目だが、正直関わりになりたいと思わない。アントウェルペンで怪盗を瞬殺した時は、側にいる俺も襲われるかと思った。
怪盗の首がゴキッと音を立てたのを聞いて、本当に殺したのかと疑ってしまった。
初めて泡を吹いた人間を見た恐怖が未だ忘れられない。
今すぐにでもここから逃げ出したい程だ。
「久しぶりだな、シズマ。元気にしてたか?」
急に背後から声をかけられて、慌てて振り向く。
そこにいるのは、見紛う事なきロシアの荒熊。
「やぁ……久しぶり、アリッサ。俺は元気だったよ。君は相変わらず大活躍なようで、なによりだ」
「そんなことはない。以前よりかは仕事が減って、身体を持て余し気味だ」
「それは恐ろしい……」
「ん? なにか言ったか?」
「いやっ、なんでもないよ」
「そうか」
……聞こえてなくてよかった。
彼女の前では失言一つでこの世とおさらばする危険性があると聞く。
アリッサ・クルーツィス・ミカミ。
彼女と初めて会った時は事前に聞いていた情報とのギャップに何かの間違いだと思ったが、間違っていたのは俺の常識の方だった。
探偵たるもの、見掛けに惑わされてはいけない。
それが、俺が思い知った教訓だ。
アリッサは二十歳そこそこの若さと長身でスレンダーな身体で、思わず見とれてしまう程綺麗な女性だ。
透き通った灰色の髪と整った顔立ちが、ロシア美女の実力を見せつける。ショートカットにスーツという組み合わせが、男装の麗人のようにも思わせる。
惜しむべくは、その脳みそまで筋肉で出来ているかのような反射的思考と、常人がドン引きする程の強さが、彼女の魅力を帳消しにしているところだ。
あと、年齢に見合わぬ未発達な胸。
とある協会の人間が、彼女にとても動きやすそうな胸だね……と口にした次の瞬間には宙を舞っていたという話から、一応気にしていることが伺える。
これは今では彼女と接する上での最重要事項に分類されている。
怪盗を恐怖の底に陥れる彼女だが、協会でも扱いに困っているという。ロシア語と日本語は話せるが、英語が少し苦手というところも原因の一つだそうだ。
「……それはなんだ? シズマ」
「ん? ……あぁ、これは君へのお土産だ。ほい」
「ありがとう。……蜂蜜? この街の特産か?」
「いや、そういうわけじゃないな。好きかなと思って」
「蜂蜜は特に好きというわけではないな。だが、栄養価も高く腐らないので、山籠もりする時には重宝してる」
「……そうか。それはよかった」
アリッサはもう一度礼を言うと、紙袋に蜂蜜を戻し旅行鞄に入れた。その大きな旅行鞄に一般的な女性の旅行セットが入っていることは期待出来ない。
聞くのも怖いので何も言わないが。
「シズマはもう食事は済んだか?」
「いや、まだだな」
「なら一緒に食べよう。だが、先にチェックインをしてきていいか?」
「ああ、もちろん」
フロントに向かうアリッサの背中を眺めながら思う。
あれで小夜ちゃんみたいにお淑やかだったら、本当に最高だったのに。天が二物を与えてしまったばかりに、とんでもないものが生まれてしまった。
天使のような顔した戦闘マシーン。
アリッサの手にかかれば紬ちゃんなんて赤子同然だ。相手が例え女でも、一切容赦はしないだろう。
俺はそんなところは絶対に見たくない。
だが俺にはこの状況を変えることなんて出来ない。
変えられるとしたら、あとはもう……。




