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その日の深夜、私は地下のアトリエでキャンバスと対峙していた。
キャンバスの大きさは一六〇センチ×一二八センチ。これは『ガリラヤの海の嵐』と同じサイズだ。
気の向くままに筆を走らせる。
この瞬間は私にとって数少ない楽しみの一つでもある。
世界が私とキャンバスだけになる感覚。世界中の画家たちが……いや、世界中の芸術家たちが体験してきたであろう最高の瞬間をこの身で味わう。
作品を鑑賞する時にも、同じように自分と作品だけの世界を作れたのなら、作者が見た世界を一緒に見ることが出来るのかもしれない。
「ふぅ……」
一段落して筆を置く。時計を見ると随分と時間が経っていることに気づいた。
この調子でいけば、あと数日で完成するだろう。
だが、中身の方はなかなかうまくいかないものだ。自分で描いてみて、改めて感じる彼らの偉大さを……。
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン。
オランダ美術の黄金時代を代表する〝光と影の魔術師〟と呼ばれた程の画家。
彼の描く作品は暗闇の中に差し込む光によって、より鮮烈な影を生み出している。その光と影が織りなす世界は、見るものを引き込むような魅力がある。
一六三三年に描かれたとされる『ガリラヤの海の嵐』は、自身の栄光の始まりとなる時期にあたる。ちょうど、サスキアと結婚して富と裕福な顧客を手にした頃だ。典型的な逆玉の輿である。羨ましい。
……で、この『ガリラヤの海の嵐』というのは福音書の中の物語がテーマになっている。
イエスが宣教活動をしていたガリラヤ湖周辺の町々を行き来するために、湖を船で移動する時に嵐に遭う場面を描いたものだ。嵐に翻弄される小舟が大波に乗り上げた瞬間、衝撃に耐えかねてマストを支えていたロープが切れる瞬間が描かれている。
嵐による危機が頂点に達した一瞬だ。
そして危機に恐れる弟子たちに囲まれたイエスは、船の後部で泰然と眠っているのだ。
レンブラントはそれを、画面の左上から溢れる光で大波と船首部分を明るく描き、イエスの眠る船尾部分を暗く描くことで、襲い来る危機に泰然と構えるイエスの姿を見事に演出している。
まさに〝光と影の魔術師〟の名に相応しい作品だ。
それとは別に、レンブラントを見る上で重要なファクターがある。
彼の作品は自身の内面を強く表している。その数多くの作品はレンブラント自身の心の軌跡であるのだ。
注文画の制作でさえも、彼は自身の惹かれるものを画面に映し出している。というか、度々絵画の登場人物の中に自分を描き込んでいる。
宗教画や歴史画、風景画、肖像画と様々な作品を描いたレンブラントだが、その中でも自画像をよく描いた。その数は油彩、版画併せて百枚にものぼる。
自らを見つめ、死ぬまで描き続けたその自画像には、彼の栄光と没落の人生を感じることが出来る。
レンブラントにとって自画像は自らの魂の記録であり、探求と孤独の象徴であった。
彼は晩年には多額の負債を抱えていたが、それでも絵を描くことをやめなかった。もはや彼には絵を描くことしか残っていなかったのだ。
私はそんな彼の人生を賭した絵画に、最大の敬意を表したい。
そして、願わくば彼の作品が二度と失われぬように……。




