5-3
それから紬ちゃんはアデプトに姿を現さなくなった。
宣言通り、一人で『ガリラヤの海の嵐』を盗む準備をしているのだろう。
彼女がどんな手口で盗み出すかはわからないが、もし私の予想が当たってしまえば、彼女がどれほど手を尽くしても失敗する。
私はそうならないことを祈るしかない。
「ただいま戻りました」
「……おかえり、小夜ちゃん」
この一ヶ月、私は小夜ちゃんに喫茶店の仕事の合間を縫って絹谷について色々と調べて貰っていた。
私も小夜ちゃんも、初めは二日程で十分だろうと思っていたが、私たちの予想以上に絹谷という男は深い過去を持っていたのだ。
「どうだった?」
「やはり、ホワイティ・バルジャーと密接な関係にあるのは間違いないようです」
「利用してるのか、されてるのか……。とにかく絵の入手経路は確定したかな」
「そうですね」
絹谷彰、齢六十八になる財界の重鎮の一人にして、政治にも強い影響を与えているほどの男。
なんといっても、バブルの崩壊をしたたかに生き抜いてきた実力は相当なものだ。
絹谷の成功は金融の変動に浮かれることなく、現地でしっかりとした土台作りをしてきたことが大きい。もっとも、その内容はあまりいいものではないが。
若い頃から暴力団と手を組み、競争相手を蹴散らしながら日本で確たる地位を築き、その後アメリカに進出。同じように現地のギャングと手を組んで、着々と勢力を広げてきたという。
その日本での絹谷の手足である暴力団というのが、棟方組の兄弟筋にあたるらしい。棟方組とは一応の交流はあるものの、方針の違いから反りが合わないという。紬ちゃんの情報源もこのあたりにあると見て間違いない。
そして、アメリカでの相棒がホワイティ・バルジャーを頂点とするアイルランド系ギャングというわけだ。他の日本人投資者が直接的な買収をしたのに対して、絹谷はワンクッション置いていることで、うまく現地に馴染んだようだ。
まさに先見の明と言えよう。
「これは確定情報ではないのですが、一九九八年頃に絹谷とバルジャーの間で、友好の証に『ガリラヤの海の嵐』が譲渡されたようです」
「それは、いち早く危機を脱した絹谷に、今後も金をよこせという契約の証かな?」
「なんともいやらしい解釈ですね」
単発で数億という金を手に入れるより、長期的な出資を見込んだうまい手だとは思うけどね。
バルジャーとて、ただ利用されているだけではないだろう。
「他にまだ調べることはありますか? なければ、次に移りたいのですが」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「では、一週間程の休暇をいただきます」
「ああ」
これが終われば殆どの準備が終わる。
後は他の人間がどう動くかだ。




