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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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8.いざ公爵邸へ

 話を聞き終えたレイチェルはぶすっと不機嫌そうな顔をして言った。


「で私は見事公爵様のお眼鏡にかなったというわけですか?」


「うむ。賢そうだし負けん気が強そうだし生意気だし……」


「それはお褒めの言葉でしょうか」


「それに美人だ」


「そこ大事です?」


 なんか自分を救うだの公爵家を救うだのかっこつけていたのにそれはおかしくないだろうか。


「大切だ。顔よりも心などという綺麗事は不要だ。悪魔のような性悪は頂けないが最悪性格が少々よろしくなくても顔が良ければ私の嫁として周囲は納得するだろう。むしろ平民出身の娼婦の娘を娶るのに一番周囲が納得できるだろう?」


「まあ……」


 血も金もない娘を一目見て娶る理由とくれば一目惚れくらいのものだ。


「君を競り落としたのは私だ。君をどうしようと私の勝手にして良いはず。君には公爵夫人になってもらう。これは決定だ」


 不満気な顔をするレイチェルを真正面から見つめるレオン。


 きっとこの端正な顔で見つめられれば頰を赤く染め恥じらい頷く令嬢が多数いることだろう。だが生憎レイチェルはそんな顔で見つめられてもドキリともしない。


「無理です」


「無理ではない。私と結婚するだけで君は公爵夫人だ」


 そりゃそうだ。だが言いたいのはそういうことではない。皆呆然とし言葉を発せない中、レオンはちらりと扉の方に視線を向ける。


 何やらガタンガタンと重たいものを運ぶような音が廊下から聞こえてくる。


「来たようだ」


 扉が開き大きなカバンを持った複数人の男性たちが部屋に足を踏み入れる。彼らはカバンをドサリとテーブルの上においた後、頭を下げさっさと去っていく。


 レオンがカバンを開く。


 そこから見える膨大な量の札束にごくりと唾を飲み込んだのは誰だろうか。皆が札束に目を奪われる。


「こちらにサインを」


 す……と婚姻届がレイチェルの目の前のテーブルに置き直される。


「そうすればこれは君のものだ」


「これが全て………………」


 あまりにもの大金に思わず届けに手が伸びる。だがふと目を輝かせる母の姿が目に入る。 


「いや、これ母の懐に入るだけですよね?」


「安心するといい。公爵夫人として今とは比べものにならない程の金額が使えるようになる」


 それはちょっと……いやかなり嬉しい。


 でも公爵夫人。普通に考えて無理だ。


 ゆらゆらと揺れるレイチェルの気持ちを察したのかレオンの口からため息が漏れる。


「競りに勝った私が戦利品を得る。これだけ大々的にやって君が私の元に来ないとなればこのゲランの信用が失墜するんじゃないのか?」


「なっ!?」


 懐柔から一転脅しにかかるレオンを睨みつけるがまさに彼のいうことは正論だ。ゲランの評判の失墜は客層の悪化、売り上げ悪化に繋がる由々しき事態となる。


 人を脅しておいて涼しい顔をするレオンにレイチェルはビンタの一発でもかましてやりたかったがそういうわけにはいかない。


 彼女ができることは婚姻届にゆっくりと自分の名前をサインすることだけだった。


 



 数分後


「さあ行くぞ」


「公爵様流のジョークってことはないですよね?」


「……レイチェルもう腹を括るんだ」


 嫌だ。括りたくない。


 レイチェルはゲランの正門に停まる公爵家の紋章である鷹が描かれた馬車と睨み合っていた。その様子に苛立ちを隠さず呆れた顔をするレオン。


 括るしかない。わかっている。


 だってさっき婚姻届を王宮に届けるようにとレオンに付き従う執事に渡していたのだから。彼は今王宮に向かっている。今日中には許可が下りるだろうとのこと。


 流石公爵家、王家も早急に動くなんて……。あーもう涙が出そうだ。


 それに――


 後ろを振り返ればたくさんの人人人だ。共にこの街で過ごしてきた街の住人たち。皆めっちゃ声援を送ってくれている。“祝・大出世”ってなんだ。もう少し他に言葉はないのだろうか。


 なんか異常に盛り上がっている。


 これで行かないなんて選択ができるわけがない。


「じゃあ行ってきます!」


 女は度胸だ。大きく手を振りながら挨拶すればうわーと更に場は盛り上がる。その見送りの中に心配そうにこちらを見つめる母が目に入った。


『娼館頑張って』


 口だけ動かせば母は目を見開いた後、一瞬涙ぐみ勝ち気な笑顔を見せる。


『がっぽり儲けてやるわよ』


 母らしい言葉に思わず笑みが零れる。その笑みに気づいた者たちはぽーっと彼女に見惚れる。その様子に片眉を上げたレオン。誰にも聞かれなかったがその口からはほおと小さく声が漏れていた。


 レイチェルは天を仰ぎ見る。眩しい。このように自分の人生も眩しいものとなるのだろうか?自分が思い描いた未来は娼婦の道のみ。貴族の妻になるなど本当に大丈夫なのだろうか。


「どうした?」


 天を仰いだまま動きを止めたレイチェルに馬車の扉を開け彼女のために手を差し出したレオンは何かあるのかと天を見上げる。


 がそこには特に何もない。正面に視線を向ければそこに彼女の姿はなく、レオンはしまったと手を下げ慌てて周囲を見回す。


「早く行きますよ!」


 馬車の中から声が聞こえ馬車の中を覗き込む。そこには探し人が長いお御足を組み既に座っていた。その姿が自分とちょっと似ているように見え一瞬レオンの動きが止まる。


 その後レオンも馬車に乗り込むとゆっくりと動きだす馬車。2人は向かい合わせに座ったものの言葉を交わすでもなくそれぞれ窓の外をぼーっと見つめる。


 レオンの頭にある一つの疑問が浮かび口を開く。


「レイチェル一つ聞いても良いだろうか?」


 窓から視線をレオンに移したレイチェルはどうぞと一回ゆっくりと瞬きをする。


「先程なぜ自分で馬車に乗った?」


 予想もしていなかった問いにレイチェルはパチパチと瞬きをした後口を開く。


「第一歩は自分の足で踏み出したかったからですよ。覚悟……みたいな。あ!ちゃんと次からは手借りますから!手を取るのがマナーなのはわかってますから!説教はなしで!説教は!」


 怒られるとでも思ったのか1人わたわたと言い訳をするレイチェルをレオンは見つめる。自分はいい買い物をしたのかもしれない。ふと口角が上がるのが自分でもわかった。


「説教など必要ない。良い心構えだ。君にとってこれから様々な困難が待ち受けているだろうからな」


 馬車が止まる。


 巨大な白亜の美しい建物――公爵邸が窓から見える。


「それはこの美しいお屋敷の中でもです?」


 レイチェルの問い掛けに肯定も否定もせずただ彼女を見つめ返すレオン。


 だがそれは肯定ということ。


 それはそうだ。貴族でもない娘を公爵夫人として仕えろと言われて喜ぶ人間がどれほどいるだろうか。目の前に座る男に親身さを期待できるわけもない。


 はてさてどんな人達が自分を待ち受けているのか。


「それは――――愉しみだわ」


 気づけばレイチェルはそう呟いていた。

 




 

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