7.最高の嫁?
「それはないでしょう」
「おや、私は同意致しますよ?」
はっはっはっはっと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。きっと冗談なのだろうが……レオンは足をとめる。声がした庭園を見れば噴水のところに腰掛ける長老たちがいた。皆天文学や政治学、経済学など皇帝に知識を授ける者ばかり。
誘われるようにふらふらと近寄っていくと会釈をされる。
「そのお話私も伺ってよろしいでしょうか?」
「ほお公爵様は高級娼婦にご興味がおありかな?お若いですなあ」
ほっほっほっと笑いが起きるが嫌味は感じない。微笑ましいといわんばかりの優しい声だった。
「ええ。妻について考えておりましたら最高の嫁は高級娼婦だと聞こえたものですから」
「お耳汚しでしたな」
そう言って1人の長老が穏やかに笑うがレオンの真剣な眼差しに気づくと軽く目を細めた後、こちらにお座りなさいと自分の隣を軽く叩く。レオンが腰掛けるのを見届け口を開く。
「じじいの戯言ではございますが……まず高級娼婦は頭がいい。周辺国の言葉は当たり前のように話せますし、客の好み、職に合わせた話題の知識を身につけます」
「ふむ」
高級娼婦というのはその辺の娼婦と比べ多くのお金を受け取る者達のことだ。相手するのは皆金持ちばかり。中には親のすねかじりもいるが、大半は自ら大金を稼ぐ者たち。そんな彼らを相手するには馬鹿では無理というものだ。
「そして容姿が誠に美しい。大きな声では言えませんが貴族のご令嬢に引けを取りません。スタイルの方も……」
「ふむ」
むふふと笑う長老たち。いくつになっても男は男なのだとレオンは思った。
「更に彼女達は情報をたくさん持っています。男とはいい女の前ではできる男でありたいのです。尊敬されたいのです。そうなると愚かなもので極秘事項をポロリとするのですよ。そして彼女達は自分達だけでなく仲間内でもそれを共有します。そうやって彼女達は自分の身を守りますから」
「ふむ」
先程からふむしか言わないレオンのその真剣な眼差しに彼らは若いなと微笑ましくレオンを見つめる。誰か入れあげている娘でもいるのだろうか。
「おお、おお!あと忘れてはならぬのが夜のほうの技ですかな?」
その言葉にどっとその場は笑いに満ちるがレオンの耳には入らなかった。それに気づいた彼らはこほんと気恥ずかしげに咳払いしてごまかす。
「公爵様冗談話ですのでお気になさいますな。やはり貴族にとってその高貴な血を守っていくことが大切なお役目。わざわざ下賤な血を入れる必要などございませんよ」
「それに何人もの手がついた女を妻にというのはやはり気分の良いものではありませんのでな」
む……それは自分も多少気になるかもしれない。だが、高級娼婦か……いいかもしれない。理不尽な目に遭ってきたものというのは心も強そうだし。忍耐力もありそうだし。
「……れ………ますか」
?何か聞こえたような。
「公爵様聞いておられますか?」
「ああ、すみません。少し考え事をしておりました」
しまった。思考の沼にはまっていたようだ。
「公爵様が何を思われて我らの話に足を止めたのかはわかりませんが……今度ゲランで最も人気のあった高級娼婦の娘の競りが行われるのです」
「娘ですか?」
ほお。母親が借金を返しきれずに娘を売りにでも出すのだろうか。
「はい。これがまた母を超える美貌を持つ非常に美しい娘で色々と詰め込まれてきたとかで非常に頭も良いとか。それに……」
「?」
ちょいちょいと手招きされ1人の長老の口元に耳を寄せるレオン。他の者たちは何を言いたいのか察しているのか口元がにやついている。
「……誰の手もついていない生娘だそうですよ」
生娘の方が高く売れる。娼館街の常識だ。だがなかなか無法地帯に近い街で貞操を守っていくのは難しい。だがその娘が守れたのは本人の機転かそれとも周囲の者たちの尽力か。
「ふむ。それは良いですね」
その言葉に長老たちは更に口元をニヤニヤとにやつかせる。しまった。余計なことをいったかもしれない。気恥ずかしくなり咳払いする。
「……その競りはいつ頃行われるのでしょうか?」
「明日です。ゲランはさぞ賑やかなことでしょう」
どんな娘だろうか。調べるには少々時間が足りない。だが興味はある。この苦境で現れた自分が求める条件に当てはまりそうな娘。
「ほっほっほっ。公爵様悪いお顔をされていますが何をお考えかな?」
そう言われ口元に手をやれば口角が上がっていたよう。
「私の女神かもしれないと思っただけです」
自分を
公爵家を
救う女神。
正直に白状すれば目をぱちくりとさせる長老たちの姿。彼らは一斉に笑い出す。
「おやおや、お嫁様を貰う前に美しい愛人をお作りになられるのかな?」
「女神とは!公爵様もロマンチストですなぁ」
「いやはや女神の称号は奥方様に与えませんと円満な家庭は築けませんよ?」
長老たちの笑い声に囲まれながらレオンも薄っすらと笑う。
その女は果たして自分を、公爵家を救う女神となるだろうか。うまくいく保証など何もないが賭ける価値はあると思う。
一目見ればわかるだろう。その女が自分が求める女なのかどうか。自分は自分の見る目を信じている。
「楽しみですなぁ……」
ぽつりと呟けば再び長老たちの笑い声が庭園に響いた。




