6.公爵の事情
レイチェルが冷めた目で見ていることに気づいているのかあえて無視しているのかはわからないが、レオンは淡々と言葉を続ける。
「よって、我が家は汚れなければならない」
「は?ふざけてるんですか?」
しまった。口に出してしまった。慌てて口を押さえるが出てしまったものは戻らない。でも仕方なくない?それは人の血が汚いって言っているのと同義なわけで。
そりゃあ公爵からしたら娼婦の娘なんて汚らわしいのかもしれないけど、それを本人の目の前で言うのは人として失礼というものではないのか。
「すまない。そういう意味では……。失言だった。取り消そう」
申し訳なさそうな表情に本心から言っているのが察せられる。
「我が家は下賤な血を取り込まなければならない」
「………………………」
ダメだこの人。まあ大貴族からしたら平民など卑しい存在でしかないのだろう。レイチェルの目が更に冷たくなったことに気づいたレオンは少しだけ気まずそうな顔をする。
「す、すまない……。その……それ以外に適切な言葉が浮かばず……」
「不快ですけど、話が進まないのでどうぞ」
レイチェルがそう言うとレオンは躊躇いがちに口を開いた。
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ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ
重役会議を終え、王宮の回廊を歩くレオンの頭はヤバイで埋め尽くされていた。
どうすればいい?このままでは公爵家は……自分は破滅だ。
これからは自由に羽ばたくという父から公爵の地位を譲り受け2年。少しずつ慣れてきた当主業やその他諸々。本来ならもっと心にゆとりができるはずなのだが時が経つにつれ余裕がなくなる自分。
なぜかって?
それは自分が恵まれすぎたから。
はあとため息を吐いたレオンは先程の出来事を思い出す。
会議が終わり皇帝が退出した後に雑談タイムとなった会議室。レオンの視線の先では中性的な美貌を持つ皇太子が慈愛に満ちた優しい顔で微笑んでおられる。
『はっはっはっレオン様がおられるのでこの帝国は安泰ですなぁ』
『全くです。皇太子様ももちろんそう思われますよね?』
『皇太子様、レオン様を大切になさらないといけませんよ?』
おい、この老害共やめろ。
『わかっておりますよ。レオン殿より優秀なものは帝国におりませんから』
優しい微笑みを浮かべながらそんなことを言っているが不機嫌オーラが彼の背後に立ち昇っているのが自分の目には見える。皇太子の目は笑みの形を彩っているのにその瞳はひどく冷たい。
『わかっておられるのならば良いのですよ』
『レオン様のおかげで皇太子でいられることを忘れてはなりませんよ』
本当にやめろ。まじでやめろじじい共。今すぐ口を閉じろ。
皇太子様なぜこちらを見るのですか?ごちゃごちゃ言っているのはそちらのジジイたちですからね。自分は何も言っていませんからね。
とはいうものの無視するわけにもいかず見返せばばちりと合う視線。ふわりと微笑まれたので軽く会釈する。その微笑みは天使だのなんだのと言われているが生憎自分には悪魔の微笑みにしか見えない。
逃げるように会議室を出たレオンはこうやってトボトボと歩いているわけだった。
皇太子は間違いなく自分を嫌っている。彼は現在22歳で穏やかでありながらとても有能、そして隠しているが腹黒く冷酷だ。次期皇帝としてふさわしい人物だとレオンは思う。
だが……
自分で言うのもなんだが彼には自分というもっと人目を引くような優秀な者が同世代にいた。勉強も容姿も剣の腕も全て自分の方が上。
皇太子は明らかに表に出すことはなかったが、鋭い視線やねっとりとした視線を度々向けてくることがあり察した。
皇太子は自分に嫉妬、憎悪を抱いている――と。
同じくらいの歳で自分より身分が低い男がちやほやされ、何かとその男を大切にしろだの感謝しろだの言われたらいい気がする男などいないだろう。
そもそもなぜ家臣でしかない彼らが皇太子を下に見るような態度や自分を持ち上げるような態度をとるのかといえば
“血”だ。
皇太子は皇后の子供ではない。残念ながら皇后は2人の皇女に恵まれたものの皇子には恵まれなかった。
皇太子は側室腹。しかも皇帝が気まぐれに手を出した平民の洗濯係の下働きの女から生まれた。
対して自分の父は歴史あるハーデス公爵家の者、母は皇帝の妹。
だから皇太子より自分の方が皇帝に相応しいとかふざけたことを言う奴らがいるのだ。それを陛下に進言しちゃう奴らや皇太子を明らかに蔑む奴らが大勢いるのだ。
そんなわけないのに。
自分は臣下でしかないのだ。
そもそも皇帝になりたいなんて一度も思ったことなどない。
だが一部の貴族からの不穏な声は皇太子の自分に対する警戒心を増大させ、今にも爆発しそうなのが目を見ればわかる。陛下に万が一のことがあり代替わりしたら……考えるだけで恐ろしい。
それに本気で自分を帝位につかせようという動きもある。そんなのに巻き込まれたら反逆罪で即座にこの世とはおさらばだ。
そのような事態は絶対に避けなければ。
これから自分は公爵家を発展させ、いや最低でも維持していかなければならない。それに自分もいい年だ。もうそろそろ子供の1人がいてもおかしくない。
その為にまず結婚もして……
レオンの足がピタリと止まる。眉間の皺が消え、僅かに表情が明るくなる。
結婚。
結婚。
結婚…………そうか!結婚だ!
結婚相手に平民を選べば良いのだ。そうすれば自分の子供は皇太子と同じになる。彼は頭の良い人間だ。自分の地位を脅かさないとわかれば公爵家を潰すよりも利用した方が賢い選択だと気づくはず。
平民の血さえ入れたら恐らく皇太子の警戒心はなくなる……はず。
となればお相手を誰にするかが問題だ。自分で言うのもなんだがかなりモテると自負している。
容姿、頭脳、剣の腕、財力、地位、権力ありとあらゆるものを持っているのだから当然だ。恐らく声をかければ嫌がられないはず。
では誰にしようか?
大きな商会を営む娘?
いや金持ちの娘など面倒だ。親も公爵家を利用しようとしてくるだろうしよろしくない。次。
貧乏な娘?
失礼な言い方だが知識も教養もなさすぎるだろう。それに貴族の世界でやっていけるとは思えない。ダメだ次。
可も不可もない一般市民?
親の愛情をいっぱい受け、不条理も受けたことのない娘が貴族の洗礼に耐えられるわけがない。きっと自分の妻は色々と風当たりが強いはず。
もし病んで最悪の事態にでもなったら
……考えただけでゾッとする。
いい考えだと思ったのだが――。
いや、そもそもいい考えじゃないのか?そんなことを思ったときだった。
「私は最高の嫁は高級娼婦だと思いますな」
悩める自分を救う声が聞こえたのだった。




