55.義母登場
ピリ……と明らかに緊張感漂う空気にレイチェルは何事かと眉を顰める。ゆっくりと声がした方に視線を向ける。
そこには艷やかな黒い髪の毛を頭の後方で一つに纏めた一人の美しい女性がいた。
気品漂う優雅な足取りで一歩一歩近づいてくる女性。漆黒の瞳が真っ直ぐレイチェルに向けられ、ドキリとする。
誰かなんて聞かなくてもわかる。
「始めましてお義母様。レイチェルにございます」
スカートを摘み頭を下げれば即座に顔を上げるようにと声をかけられる。
「始めましてレイチェルさん。レオンの母のイザベルよ」
レイチェルとイザベルの視線がばちりと合うがすぐにその視線はイザベルによって逸らされた。
「メリル久しぶりね。本来なら久しぶりなんて言葉はあなたに対して出るはずはなかったのに……なぜかしら?」
「あ、あ、あ……あああ……あの……た、たまたま通りかかったら捕まえられちゃっただけで、勘違いなんです!す、すぐ帰りますから!許してくださいぃぃぃ!」
!?
先程までの話の通じない化け物はどこへやら、ぶるぶると震えるか弱いウサギのようになったメリルに皆目を見張る。
「この屋敷を出るときに約束したはずよ?ここへは二度と来ないと……。だからあなたには一生働いても返せないであろうお金を渡したのよ?確かあなたが男や宝石を買った借金の倍の金額だったわよね?」
「で、ですから勘違いです……」
メリルの身体なら尋常ではない量の汗が噴き出る。
「そうそう、お金を渡す条件にこんなものがあったわよね。公爵邸に一度でも足を踏み入れたらお金は返してもらうと」
「ち、違っ……!公爵邸に入ってなんかないです!そうよね!?」
「「………………」」」
メリルの叫びを肯定する者は一人もいなかった。イザベルはメリルから視線逸らし再びレイチェルに視線を向ける。その瞳はガラス玉のように透き通り全く感情が見えない。
これが元王族にして先代の公爵夫人。格が違う。
レイチェルの背中にゾクリと悪寒が走る。
「レイチェルさん。申し訳ないけれどこの娘の処理は私がしても構わないかしら?約束を反故にしたのだからお金を返して貰わなければ」
「もちろん構いません。私にとってはどうでも良い娘ですもの」
「では……ゲランのあの店にお願いね」
さっとイザベルが手を上げると現れる護衛らしき者。レイチェルの命によりメリルを拘束していた護衛から彼女を譲り受けると義母が乗ってきた馬車のもとまで引きずり馬車に押し込んだ。
メリルは馬車が動き出しても助けてくれ、嫌だと叫んでいたが無視されるだけだった。
義母の言うあの店がまともな店であれば彼女にとって多少は救いとなるのだろうが……ちらと義母を見ればとても冷たい目をしている。
客から病を得るか
四肢でも切断されるか
きっと長生きはできないだろう。
まあどうでも良いが。そんなことより……
「あらあら、お義母様がいらしたのにぼーっとしてちゃダメよ。ほら誰かご案内して?」
使用人たちはレイチェルの指示にはっと気を取り戻すと慌てて動き出す。
「皆様もお騒がせしましたわ。こんなくだらない出来事さっさと忘れてくださいね」
周囲でぽかんとしながら見ていた者たちもレイチェルの声にはっとするが今度はレイチェルの微笑みにポワーンと惚ける。
「レイチェル…………すまなかった」
人がバラバラと散っていくとレオンがレイチェルに近づいてきた。気落ちしているのかしょぼんとしている。
「別に気にしてないわ。あなたの気持ちもわかるし。一時でも妹と思って過ごしていたんだもの。情があって当たり前よ」
ふわりと笑みを向けられレオンの顔色が明るくなる。
「でも私だったらあんなんが妹だったとしても情はわかないけどね。ないわー。あんなやつより側にいる人達のことをもっと考えなよと思うわ―」
「君の言う通りだ」
「後はお義母様に任せましょう?ほらさっさと屋敷に入るわよ」
ずんずんと屋敷に向かって歩いていくレイチェルの後をレオンは慌てて追った。
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1週間後
レイチェルは執務机に頬杖をつき険しい顔をしていた。眉間の皺が少しでも解れるようにとリリアが香り豊かな紅茶を淹れ、レイチェルの前に置く。
「ねぇリリア」
「はい奥様」
カップを手に取ったレイチェルはゆらゆらと揺れる紅茶を見ながらリリアに話しかける。
「絶対にお義母様に嫌われてるよね?」
問われたリリアの喉からぐぅと変な音がしたかと思うと激しく咳き込む。
「大丈夫?アリーはどう思う?絶対にお義母様に嫌われてるよね?」
「…………そ、そそそそそそんなことはないような、あるような……」
本心がダダ漏れのアリーの言動にリリアがアリーを睨みつけるが、動揺するアリーは気づかない。
「あーーーーー!元からあんまり女性に好かれるタイプではないけど、何もしてないのになんで嫌われてるわけぇ?あ、もう存在が嫌いみたいな?」
ゲラン出身だし、
貴族の血なんて引いてないし、
言動もがさつだし……
まあ高貴なお義母様が好く要素なんて皆無だ。
「奥様落ち着きましょう?もしかしたら好感をもたれているかもしれませんし。大奥様に嫌いと言われたわけでもないのですから勝手に推測するのはどうかと思いますし……」
確かに一理ある。一理ある……が。
「いやいやいやいや、じゃあなんでお義母様は一度も私と会ってくださらないのよーーーーー!!!」
レイチェルの大絶叫に侍女たちは自らの手で耳を塞いだ。




