53.嘲笑
誓いとはなかなか守ることが難しいものである。
自らに誓ったメリルを公爵邸に入れないという誓い。レオンはそれを果たそうと公爵邸の門の前で悪戦苦闘していた。
「だから二度と公爵邸には入れないと言ってるだろう?」
「なんで!?ここは私とお兄様の家よ!なんで私が入っちゃいけないの!?」
「変なことを言うな。君はもうこの家の人間じゃない。公爵家のものじゃないんだ」
「お兄様がそんなこと言うはずない!わかった!あの女が我儘言ってるのね!?」
何を言っても伝わらない、理解しないメリルにレオンは苛立ちを募らせる。こいつは本当に同じ人間なのか?同じ言語を話しているはずなのに噛み合わない会話。
わけがわからない。
「ていうか早く入れたほうがいいんじゃない?公爵が門前でこんな騒ぎを起こすなんて恥だわ!あんな女のことなんて気にしなくていいから、さっさと入りましょう?」
媚を売るように上目遣いで一歩近づいてくるメリル。側に控えている護衛たちが立ち塞がるとちっと舌打ちしながら足を一歩戻す。
「騒いでいるのは私ではなく君だ。私はなんら恥じることなどない」
「ふぅん………………」
一瞬思案するような表情になった後何か閃いたのか顔が明るくなる。
「ひ、酷いお兄様!私のことをあんなに可愛がってくれたのに!私気づいてたのよ!お兄様が妹じゃなくて私のことを女として見ていたのを!だっていやらしい目で見てたもの!でも私嬉しかった!だって私達両想いだから!!!」
外だというのにメリルのわざと張り上げた高い声はよく響いた。こちらの様子をチラチラと伺っている人々が互いの顔を近づけ合い何やらこそこそと話し始める。
「な!?」
なんてことを言うんだこの女は!自分は決してこんな地味顔は好みではない。人の家に押しかけ騒ぐような非常識な女が好みだなどと噂でもされたくない。
「お兄様ぁゆっくり家の中でお話ししましょう?身体で語り合うでも私はいいけどぉ」
ねっとりとした視線が身体に絡みつき気分が悪くなる。家に入れる……のは嫌だからもう放っておくしかないのだろうか。
だが放っておいて大丈夫なものなのか。メリルは自分の欲ばかり、自分中心でしか物事を考えない。何をするかわからない人間だ。レイチェルに何か危害でも加えられるようなことがあってもいけない。
メリルになんとか自分を諦めさせるのが一番良い方法なのだが……。やはり説得するためにも一度家の中に――。
キー…………
門が開く音がし、メリルの目がパァァァと輝く。スカートを掴み駆け込もうと走り出す。
「あら、公爵邸には入れないわよ?」
メリルは門の中に入ることはできなかった。なぜなら、入れるためではなく出るために開いたから。こちらを見ていた周囲の者たちが感嘆のため息を漏らす。
門から出てきた美しき女主人――レイチェルの姿がそこにはあった。
「あら。あなたやっと出ていく気になったのね」
荷物も持たない、侍女や護衛にしっかり守られたレイチェルの姿を見てなぜそんなことを思えるのか。やはりこの女は少々頭がおかしいようだ。まあ言葉には出さないが。
「はあ?その細い目ではちゃんと目が見えてないわけ?どこに荷物持ってるっていうのよ?ああ、それとも幻覚でも見えてんの?薬?それとも地頭がおかしいわけ?」
……自分の口からは出てこなかったがレイチェルの口から出てきた言葉。呆然としていると彼女の言葉に護衛やら侍女やらがクスクスと嗤う。
なんだ、この異様な雰囲気は。
「は?え……?な、なんなの……」
メリルもいつもは無反応な使用人たちの自分を嘲るような態度に呆然としている。
「地味顔はどんな顔しても地味ねぇ」
「はあ?あんたの方が不細工じゃない!何ふざけたこと言ってんのよ!?」
メリルが叫んだ言葉に使用人達だけでなく、離れたところから様子を伺っていた者達からもどっと笑いが起きる。
「な、なによ!?なにがおかしいの!?」
「えー。あなたの美の定義がずれてるからじゃない?あなたのどこが美人なのか教えてよ」
「全てよ!パッチリした目も高い鼻もさくらんぼのような唇も男を虜にするスタイルも全てが完璧じゃない」
「全部あなたにないものじゃない。鏡見てる?」
「失礼ね!毎日見てるわよ!」
メリルは怒りが頂点に達したのかレイチェルに掴みかかろうとするが、またもや護衛が立ち塞がりその手は届かない。悔しさのあまりその場でダンダンッと地団駄を踏むとまたもや周囲からどっと笑いが起こる。
「なんなの!?なんなのよ!?あんた達頭おかしいんじゃないの!?」
「あなたの頭がね」
「はあ!?」
「ここに来続ける限りこんな風に笑われるだけよ?皆あなたの非常識な行動にいつも笑いを堪えていたみたいだから笑ってもいいって許可を出したの。嫌でしょう?こんな風に嘲笑われるのは。さっさと家に帰って二度と公爵邸には来てはダメよ?」
レイチェルが駄々をこねる子供に言い聞かせるように落ち着いた声音で語りかける。その心落ち着かせる声音はメリルの興奮状態も落ち着かせる。
だが
「あなた何を言っているの?別にそんなもの気にならないわ。だって私にはお兄様がいるもの。あなたお兄様の表面上の言葉しか聞いてないのね。心で叫ぶ声に耳を澄ませなさい?メリルと一緒にいたい。メリルを愛してるって声が聞こえるでしょ?」
語気は落ち着いたが考えは何も変わらぬメリル。
レイチェルが出てきてから女達の勢いに飲まれ黙り込んでいたレオンははぁとため息を吐き下を見る。
これ以上どうすればいいのか。
レオンは気づかなかった。隣にいる妻の瞳がメリルを凍るような冷ややかな目で見つめていることに。




