50.妹ではない
「あれは妹ではない」
「でしょうね」
私室に戻ったレイチェルの前には真面目な顔をしてそんなことを言うレオンの姿があった。ソファに向かい合わせに座っていた二人はリリアが淹れてくれたお茶を同時に口にするとふぅーっと息を吐く。
「妹ではないが一時妹だったことがあるんだ」
ん?
「それはお義父様かお義母様の隠し子的な?」
フルフルと首を振り否定するレオン。
「私が6歳の時に堂々と玄関から『あなたの子よ!身に覚えがあるでしょ!』と生まれたばかりのメリルを抱えた彼女の母が乗り込んできた」
「へー」
それはなかなか豪快な母である。まあゲランの姐さん方もたまにやる人もいるが金を渡され追い返されるか、そのまま追い返されるか、最悪の場合母子共々あの世行きとなることが多かった。
ん?
あれ?
「もしかしてメリルさんの母親って……」
「ああ、ゲランで娼婦をしていた人だ」
やっぱり貴族の令嬢がそんな堂々と家に乗り込むなんてするわけがない。コソコソっと取引するなり、おろすなりするものだ。
「一時父がハマった娼婦がいてな。それがメリルの母親なんだ。父は身に覚えがあり過ぎるし、母も子供に罪はないとして、疑いながらも一応母子共々公爵邸に入れたんだ」
「お義母様めっちゃ器が大きいですね」
義母は王女だったのだ。娼婦や赤子の一人や二人簡単に消すことなんてできただろうに。
「ああ、よくブチギレなかったものだと思うよ。しかも別邸ではなくこの屋敷に住まわせたしな」
「え!?まじですか?」
「まじだ。父上も自分の子であれば手元で育てたかったようで、メリルの母も母として自分が必要だとごねて母上からここに住む許可を得ていたな。母上も突っぱねることはできなかったんだろう。貴族が妾を持つのは当たり前だと言う者もいるぐらいだし」
まあそうなのだが、義母は王女様なわけでその辺の貴族令嬢ではないのだ。義父も思い切ったことをするものだと驚いてしまうのも仕方ないというもの。
「正式にメリルを公爵家の娘として籍に入れたんだが、だんだん大きくなるにつれて皆薄々思うことがあってな……」
レオンの顔に苦い笑みが浮かぶのを見てレイチェルは閃く。
「あまりにも似てない顔にお義父様の子ではない疑いが出始めたんでしょ?」
その通りだとレオンはこくりと頷く。
「私が言うのもなんだが、公爵家は皆美形揃いで……先祖にもあんな地味顔はいたことがない。似ていない親子はいると言えばいるが……。メリルの顔とそっくりの伯爵がいてな」
ほお。
「その伯爵は父と同じ時期にメリルの母の元に通っていたんだ。となれば……」
「伯爵様がメリルさんの父親だろってなりますよね」
再びこくりと頷くレオン。
はっきり言って娼婦の子供なんて父親が誰かなんてわからない。そりゃあ数カ月独占していればその人が父親だが、そんな金を娼婦に使う人など滅多にいない。
それを利用しあなたの子よと金を巻き上げることはよくあること。ただ痛い目に遭う可能性もあるのだが……。
「顔がいくら似ていたとしても誰が父かなどと判別はできないだろう?だからメリルの母は誰に何を言われようともこの公爵邸に居続けた」
「まあ、ハーデス公爵家以上の金持ちなんていないですしね。ここに居座った以上出ていかないでしょう」
誰が良い方から悪い方に行こうと思うというのか。まして強欲な女性っぽいし出ていくわけがない。
「だが……メリルが12歳で初潮が始まると急に籍を外せと言い出してな」
なぜか現実逃避するように遠い目をするレオンにレイチェルは首を傾げる。何かまずいことでもあったのだろうか。
「元々父の子じゃないだろうと疑っていた母も伯爵の娘だろうと察した父も異議なしで書類にサインした。ただ彼女たちは公爵邸に居候させて欲しいと願ったので情もあったのかそれに二人は頷いてしまった」
そして、そこから自分の地獄は始まった。
真面目な顔してそんなことを言うレオンの眉間には深い皺が刻まれている。伸ばしたい……レイチェルは伸びそうになる手を堪える。
「何を言われたのか吹き込まれたのかわからないが、メリルからの毎晩行われる夜這い、身体への密着等々……。彼女たちは私とメリルを夫婦にさせ公爵家の一員となることを決めたらしい」
「あー……それは大変だったでしょう。
レオン様面食いだし」
ダイナマイトボディの美女ならいざ知らず、あの地味顔のまな板では……
「そうそう。ダイナマイトボディの美女ならって…………そういうことではない」
「違うの?私みたいな顔と身体だったら手出してたんじゃない?」
「まあそうだな…………って違う!それはもう横においてくれ!」
ちょっとからかっただけなのに。プンプンと怒るレオンにレイチェルは肩をすくめる。
「とにかく俺は妹じゃないだろうとは思っていたが、共に育ち顔も好みじゃないメリルとどうもなる気はなかった。なのに断っても無理だと言っても迫り続けるメリルとその母を2年前に母上がぶちりとキレ、家から追い出したんだ」
その後はこれ以上公爵家の怒りを買ったらまずいと思ったのか一度も目の前に現れることはなかったのだが、今また現れた。
狙いは間違いなく自分の花嫁となることだろう。
レオンはため息を吐いた。




