48.新たな面倒
色とりどりの花が咲き乱れる公爵邸の庭園。庭師の日々の努力により美しさが保たれている庭園の花にはその美しさなのか香りなのかどちらともなのかそれらに誘われるように美しい蝶がひらひらと舞い踊っている。
「うーむ……実に平和ですなぁ」
庭園に置かれた真っ白なテーブルにお行儀悪く顔をピッタリとくっつけながら呟くレイチェル。
ルードの騒動が収まり、別のざわめきが起きていたが彼の人柄や多くの男性たちの同意により収まりつつあった。ルードが奥様のせいですよ!とか言っていたが、カレンの問題を解決してあげたのに酷い言いようである。
「レイチェル」
暖かい陽射しにまどろんでいた彼女に声をかけてきたのはレオンだった。こんな真っ昼間に彼が自宅にいるのは珍しい。
……まさか
「また厄介事?」
小さい声で呟かれた言葉は誰の耳にも届かなかった。レオンが前の椅子に座ったのでむくりと上体を起こしたレイチェルは椅子に深く腰掛け直す。
「何か御用ですかぁ?」
明らかに嫌そうな様子に侍女たちはまたかと内心苦笑い。レオンは用がなければ来てはいけないのかとちょっぴりショックを受ける。まあ用があって来ているのだが。
「う、うむ。父上と母上から公爵邸に顔を出すと連絡があってな」
レオンの言葉にピリ……と空気が張り詰める。レイチェルとレオンを除く全ての人間たちから発される異様な雰囲気にレイチェルは顔がひきつる。
「あ、ああそうなの?」
「あ、ああ」
「「「?」」」
なぜかレオンまでもソワソワしているような落ち着きのない様子に皆首を傾げる。何やらレイチェルをチラチラと伺い見るような期待するような眼差しに何事だとレイチェルの頭がフル回転する。
が、残念なことに何も浮かばない。この公爵様難解である。
なんとも失礼なことを考えているとは思わないレオンはリリアが用意してくれた紅茶に口をつける。口を離すと小さくふーと息を吐く音。
「レ、レイチェル?何か聞きたいこととかないのか?」
緊張を孕んだ僅かに裏返る声に余計に頭が混乱する。尚も首を傾げるレイチェルにレオンは少し肩を落とした後再び口を開く。
「…………その、母のこととか……気にならないのか?その……嫁というのは姑のことで何かと気に病むと聞いたのだが……」
ああ、なるほど。レイチェルが不安になっていないか、なんならその不安を聞いて仲良くなろうなんて考えているわけかと使用人たちは心の中で頷く。
「いえ、特にレオン様に聞くことはないわ」
ピシリと空気が凍る。
「母のこと、気にならないのか?」
おお、レオン様が食い下がった。ちょっと感動する使用人たち。
「気になるけど、リリアたちに聞くから大丈夫ー。そもそも男性って母を特別視するから美化しちゃうし、あ、でもレオン様は世に出てる評判通りのこと言いそうよねー」
レイチェルの言葉にガクッと肩を落としたレオンがそうか……と言って席を立ち去っていく。
「「「レイチェル様!」」」
「うおっ!何よ?」
「何よ?ではありません!せっかくレオン様が歩み寄られたというのに!」
お怒りの様子の侍女たちにレイチェルは椅子に座ったまま後退る。自分だってレオンの様子を見てちょっとしまったとは思った。でも言ってしまったものは仕方ないし、本音だし。
「ごめんて。でも実際褒める言葉が出てくるか、世論と変わらない言葉しか出てこないと思って。ほら、レオン様の忙しい時間を奪うのも申し訳ないし」
侍女たちの目が吊り上がる。
だ・か・ら
忙しい時間をやりくりしてわざわざ来たのをあんな風に追い返すことはないはずなのでは、と言いたい。
「い、今から謝ってくるわよぉ……」
でも絶対評判通りの事を言うと思う。
「母上はザ・公爵夫人と言う感じだな。とにかく厳しい方だ」
やはり母君のことを教えてほしいと部屋に押しかけたレイチェルにレオンは嬉しそうに答えた。機嫌が直ったようで何よりと思いながらも、やっぱりねと心の中で呟く。
ハーデス前公爵夫人は世間から
ザ・公爵夫人と言われている。
容貌美しく、賢く聡明、優雅な身のこなしは見惚れるばかり。
そして性格は厳しい。他人にも厳しい。己にも厳しい。王族にも厳しければ目上の人にも厳しい。
そんな風に言われている。
「厳しい方だが、決して間違ったことを言うわけではないんだ。極稀に優しいときもあるしな。ただやはり言われた方は傷つくことも多いようでな……君も無理だと思ったら距離を置くといい。私が間に入るから最悪部屋に閉じこもっていても構わない」
いや、構わないと言われても実際に引きこもるわけにはいかないんですけど。養母が来ると聞いた時の使用人たちの様子からしても恐らく相当厳しい方であろうことは想像できる。
養母は皇帝の妹君だ。きっとゲラン出身の自分のことを認めてなどいないだろう。
「お手柔らかに願いたいものねぇ」
ため息を吐きながら呟くレイチェルをレオンはじっと見つめていた。




