46.退治
パシッ
フォークを掴んでいる手を掴まれハッとする。
「何もついていないぞ?歯を折る気か?」
腕を掴んだ手の主を見ればそこにはレオンがいた。先程まで目の前で食事をしていたはずなのにわざわざ食堂の長い机を回ってきたようだ。
「ごめんなさい。少し考え事をしていて」
「新たな心配事か?君はいつも何かに振り回されているな」
「新たなってわけじゃないけど、面倒事が起きそうな予感?」
「そうか」
レオンは元の席につくのも面倒だとそのままレイチェルの隣に腰掛ける。侍女たちが慌てて食事を移動させる。詳しいことはわからないが彼女は必要であれば助けを求められる人間だ。
だからレオンから何かを問うことはしない。
「あ、そうだ。モリーの件ありがとう」
「気にすることはない。簡単な仕事だったそうだ」
追手が来ることはないと確信していた男は顔は丸出し、名前も本名を名乗りあちこちで買い物したり馬車を使ったりしていた。
だからそれを辿っただけで片が付いたそう。
「彼女も少しは報われたかしら」
「さぁな。死したものは何も語らない」
「おっしゃる通り」
なら勝手に多少は報われたと思っておこう。うん。
~~~~~~~~~~
それから暫くは平穏な日々を過ごしていたレイチェル。
バタバタバタバタッ!
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
元気が有り余った足音からの扉を叩く音。最近は聞いてなかったそれらに懐かしさを覚える。
「奥様ー!助けてください!奥様ー!」
入室の許可を出すのを忘れ浸っていたレイチェルの耳にルードの叫び声が聞こえた。
「どうぞー?」
バンッと勢いよく入ってきたルードを見てレイチェルは目を見開く。この子……いつも何か水を垂れ流してるわね。
入ってきたルードは全身汗だくだった。
「奥様……もう我慢できません。お助けくださいぃぃぃ!」
「「「ヒッ!」」」
ソファで本を読みながら寛いでいたレイチェルのドレスの裾にルードがしがみつき、侍女たちは喉から悲鳴が出そうになる。
「離して」
「すみません」
即座に離れたルードにあからさまにホッとする侍女たち。
「で、何事?」
「奥様にこんなことお願いするのは違うかなとは思うんです!でも執事長にも侍女長にも同僚たち先輩たちに相談してももうどうにもならなくて!」
一瞬冷静になったもののここに来た目的を思い出したルードは再び取り乱す。再びドレスの裾に縋りつきそうな気配にバッと片手を上げ制すればルードは動きをピタリと止めた。
「カレンのことでしょ?」
「ご存じ…………でしたか?」
こくりと頷かれ力が抜けその場にストンと座り込むルードはぽつりぽつりと話し出す。
「モリーが亡くなってからカレンがやけに声をかけてくるようになって……最初は慰めてくれてるのかなとか思ってたんですけど……どんどん様子がおかしくなっていって……」
家まで押しかけてきて食事を用意したり、泊まっていったり、仕事の休憩時間に女性の誰々と話してただろうと詰め寄られたり――とても同僚の距離感ではない。
執事長や侍女長が諫めても無駄。精神的なストレスからかやつれてきた自分を心配した仕事仲間や先輩たちも彼女を諌めたが邪魔をするなと罵声を浴びせられるばかりだった。
「最近では何が見えているのかこの前はどこどこへ行って楽しかったわね……さ、昨夜のあなたは素敵だったなど……なかったことをあったかのように言うのです」
幸いなことは誰もそのような妄言を信じていないことか。
「うおーそれは強烈だね」
聞いているだけで背筋がゾワゾワしてくる。
「自分が我慢すればいいだけの話なのかもしれません。我慢もできませんけど。ですがこの先恋人ができたら?何をされるかわかったものではありません」
「ちなみにカレンを恋人にしたりとかは……」
「あり得ません!絶対に嫌です!」
「だよねー。ちなみに彼女は仕事はきちんとしてるの?」
「はい」
なるほど。であれば執事長や侍女長はあまり強くは出られないはず。だが賢い2人だからきっときちんと叱責してるだろう。とはいうものの本人が評価や周りの目を気にしなければ何も変わらない。
放置という手もあるがレオンもリチャードもルードには期待しているようだし、この憔悴しきった男をそのままにしとくというのも良心が咎める。
となれば自分が取るべき道はただ一つ。
急にガバっと立ち上がったレイチェルはツカツカと迷いなく扉に足を進める。突然の行動におろおろするルードと侍女たち。
「何してるの?行くわよ」
「「「どこへ?」」」
振り返って言われた言葉に皆同じことを思い、声が重なる。
「どこって……」
呆れた視線を彼らに向けるレイチェル。いやいや、そんな目をされても察せられませぬ。皆心の中は一致していたが黙り込む。
「一つしかないじゃない。
勘違い脳内花畑女退治よ」
にやりと笑うレイチェルはとても愉しそうだった。




