43.突撃×2
沈んでいた意識が浮上し目を覚ますレイチェル。
「おはよー……」
「おはようございます」
側にいたリリアに挨拶をすれば穏やかに返される。いつもであればカーテンが開けられ眩しいほどの陽射しが部屋の中に振り注いでいるというのに、今日は薄暗い。
まだ早い時間なのだろうか?だがリリアも他の侍女たちもしっかり身支度を終え部屋に控えている。
「……もしかして寝坊助ちゃんな感じ?」
「レオン様から起こさず好きなだけお休みいただくように仰せ使っております。もう少し休まれますか?」
「んー……いや起きようかな」
その言葉の後にカーテンがゆっくりと開けられる。部屋に入ってくる陽射しが眩しく目を細める。心なしか身体はだるく、頭がぼーっとする。
「おめでとうございます!これで名実ともに公爵夫人ですね!」
「本当に良かった!私心配していたんです。こんなに魅力的な奥様に手を出さないなんて旦那様って不能じゃないの?とか思ってたんです!」
「こらっ!」
アリーとラミアの言葉を聞き、ガミガミと2人を叱り始めたリリアを横目で見ながらぼーっと考える。おめでとう……か。これはめでたいことなのだろうか。夫婦なのだから当然のことで、ゲランでは生きるために必要なことで……おめでとう?よくわからない。
だが侍女たちは嬉しそうにキャッキャと騒いでいるし、微笑ましい。彼女たちが最近自分を慕ってくれているのは察している。よくしてくれる彼女たちをレイチェルも好いている。
特に何かしてきたわけではないが、共に過ごした時間が旦那よりも長かったからかもしれない。時間とは偉大である。
「そういえばレオン様は?」
「いつも通りの時間にリチャードさんに叩き起こされ、仕事に向かわれました」
おう。自分はゆっくりとさせてもらっているのにお気の毒なことだ。自分もとりあえずベットから立ち上がり思いっきり伸びをする。
少し頭が冴えてきた。
……タ……バタ…バタ…バタッ……バタバタバタバタッ!
何やら気になる音が耳に入ってくる。すごい勢いで走っている音だ。しかもどんどん音が大きくなってくる。もしかして目的はこの部屋か?
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「奥様ー!奥様ー!」
手は大丈夫かと心配になるほど強い力で扉がノックされる。侍女たちが警戒するかのように身体を強張らせるがレイチェルはゆっくり側にあった揺り椅子に腰掛ける。
どうぞーと声をかければ転がり込むかのように一人の女が部屋に入ってきた。
この女性は……この前アリーにここに連れられ、ルードを助けてほしいと騒いでいた下働きの女で、名前は確か……カレンだったはず。
ゼーハーゼーハーと呼吸は荒くてしんどそうなのにその瞳は爛々と輝いており少し怖い。
「奥様!聞きましたか!?あの女殺されたそうですよ!」
その言葉にも衝撃を受けたが皆ゾッとした。カレンは人が亡くなったというのに興奮気味に喜んでいるのだ。いくら恋敵とはいえそこまで喜ぶなんて……狂気に満ちた目はとても見ていられず皆さりげなく視線を逸らす。
「へー……あなたがやっちゃった、みたいな?」
「違いますよぉ。ルードさんを誑かすようなクズ女だし消えればいいとか思ってましたけど、自分の手を汚して刑務所に行くのも嫌だし、ルードさんと結ばれなくなっちゃうじゃないですかぁ」
愉しそうに話す彼女にだんだん苛立ってくるレイチェル。嬉しいのも理解はできる。だがいくらなんでも嬉しさを前面に出しすぎだ。
こんな女に男は惹かれないだろう。恐らくルードも。言うことは言ったとばかりに失礼しまぁすと言って部屋を出て行くカレン。
部屋の中には微妙な空気が漂う。
「リリア」
「はい」
「詳しいこと調べてもらえる?」
「承知致しました」
姿勢を正し頭を下げた後部屋を出ていくリリア。扉がパタンと閉まるのを見届けレイチェルは足をゆったりと組み考え込む。暫くするとテーブルからカタンと音がした。
「ありがとう」
「軽い食事にしておきましたが……食べられるだけお召し上がりください」
侍女が用意してくれた食事。あまり食欲はないが……揺り椅子から立ち上がりテーブルの前に置かれた椅子に腰掛ける。スプーンを手に取りスープを口に運ぶ。こんなときでも美味しいと思う余裕があるようだ。
……タ……バタ…バタ…バタッ……バタバタバタバタッ!
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「奥様ー!奥様ー!」
うーむ……リプレイ?女の声から男の声に変わってはいるがこちらに近づく足音がしたかと思うと凄まじい力で再び扉を叩かれる。
はいよーと答えればガチャリと開き、飛び込んでくる男――ルードだ。
部屋の中にいた3人はぎょっとした。
髪の毛でも掻きむしったのだろうか。ボサボサの髪にボロボロと目から止め処なく溢れる涙。まさに号泣していた。
「彼女があ……彼女があ……」
「聞いたわ、気の毒に」
「ぼ、僕だって奥様が言ってることが正しいことはわかってるんです。諦めようと……彼女が幸せならいいやと思おうとしたんです。それなのに……それなのにこんなことがあっていいんですかぁ……?」
しゃくりあげながら更に涙をボロボロと零すルード。カーペットがどんどん濡れていく。
「ねぇ、なんか情報ない?」
「じ、情報ですか?」
うんと頷けば想定外の質問だったのか涙が止まる。暫く思案していた後ルードは口を開く。
「…………あ……とモリーと同じ娼館の娘が彼女と一緒になるはずだった男が犯人だと訴えたそうですが、その男は自宅におらず……行方不明だそうです」
「他は?」
「あ……えっと……彼女の金が消えていたそうです」
あー……。
「勢いで来てしまって……申し訳ありません。仕事に戻ります」
「え?大丈夫?休んだら?」
聞こえているのか聞こえていないのかわからないが力なく部屋を出ていくルードだった。
うーむ。
冷めてしまった食事を食べながら考え込むレイチェルだったが、彼女の中で結論は一つしかない。
「…………どう考えても犯人は娼館を出て一緒になろうとした男だよねぇ」
「娼館の主人というのは考えられませんか?やめられたら困るとか」
「うーん……ないかなぁ。殺人なんて身の破滅だし、やるならむしろ男でしょう?」
店に残って欲しい女をやっちゃうなんておかしい話だ。確かにと呟くアリーから物言いたげなラミアに目を移す。
「彼女に本気だったお客さんとかはどうです?」
「うーん……あり得るけど……」
あり得ると口にしながらその目はないと言っているように見える。お客さんたちには内緒にしていたらしいがいくらでも情報なんて漏れるだろうにとラミアは首を傾げる。
「でも男が行方不明なんでしょ?金なくなってるんでしょ?一緒になろうとしてた男だと思うけどねぇ」
ゲランではたまに起きることだと小さく呟くレイチェルから侍女たちは視線を逸らした。




