42.時は来た
「何の騒ぎだ」
「「あ」」
レオンがそう声をかけると言い争っていた2人が同時にグリンとレオンに目を向けてきたが、その目は4つとも血走っていて不気味である。
「ちょっとあなたの執事見習いでしょ!どうにかしてよ!ゲランに行って話を聞いてきたけどルードはただの金蔓でした!以上!」
「そ、そうか……その件はわかった。手間を取らせて悪かったな。それにしても随分早く帰ってきたんだな。もう少しゆっくりしてきても良かったんだぞ?」
「テクニシャンにされるところだったから逃げてきた」
「はあ?」
わけがわからないが遠い目をしているレイチェルにそれ以上聞かないほうがいい気がして口を閉じる。
「レオン様!奥様が嘘をつくのです!モリーは……!彼女は自分と両想いのはずなのに他の男を好いてるなんて嘘をつかれるのです!」
「っかーーーーっ!この夢見る夢男が!現実を見ろ!すぐに見ろ!」
「でも!でも……!」
頑なに認めようとしないルードにレイチェルは冷たい視線を向ける。こんなに騙されやすくて大丈夫だろうか?娼婦というのは金をもらって身体を売る商売だ。心を売る商売ではない。そして本来それは客だってわかっているはず。
理解した上で身体を重ねなければならない。
だがその身体を繋げるという行為故か優しく話を聞いてくれる故なのか勘違いする奴が多い多い。目の前のルードもその一人なのだが……思った以上にうざい。
「……あのさぁ男ならカッコつけて引きなさいよ。ゲランで生まれ育った女が街を出ようってすんごい覚悟なのよ?その覚悟をさせた男との仲を祝ってやるのがいい男ってもんでしょ?」
「でも、でも……じゃあ僕が使ったお金は無駄ってことですか……?」
じわりと涙が滲む目元。見ていた男たちは彼の気持ちが理解できて貰い泣きしそうだった。
「はあ?無駄って何よ?娼婦を買うのに金がかかるのは当たり前!快楽をただで得られるわけないでしょ?ただで女を抱きたいなら恋人作りなさいよ!あんた娼婦をなんだと思ってるのよ!!!」
仰るとおりです。
男たちの同情心は霧散した。
「レイチェルその辺で勘弁してやってくれ。ルード、君はこの公爵家の使用人だ。夫人が自ら調べたことを嘘だなどと疑うことすら烏滸がましいのにそれを口にするとは……暫く謹慎していろ」
「…………はい」
気の毒なほど項垂れながら部屋に戻るルード。皆その背を静かに見送る。ただ一人言い足りないとばかりに口を開こうとレイチェルはしたが、むぐっと口を押さえ込まれる。
こんなことができるのはただ一人。
なんとか目だけ動かし見上げれば自分を見下ろしているレオンと目が合った。
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「…………そんなに睨むな」
ルードを見送った後、レオンに引き摺られるように連れてこられた場所は食堂だった。目の前に料理が並べられてもレイチェルはレオンを恨みがましげに睨み続けていた。
「この家の食事を君は気に入っているだろう?そんな顔をしていないで温かいうちに食べるんだ。料理長や料理人たちにも失礼だろ?」
確かに。目の前の男はムカつくが、自分のおなかの虫を鳴らせる今夜もおいしそうな香りがする料理は温かいうちに食べたい。カチャリとフォークを手に取ったレイチェルを一瞥するとレオンもフォークを手に取った。
暫く会話もなく黙々と料理を口に運ぶ二人。
無理しなくても良いと言ったはずなのだが、ほぼ毎日夕食を家でとるようになったレオン。邪魔されて明らかに不機嫌な自分と食事を共にする必要なんてないだろうに、今日も夕食を一緒に食べるとは……目の前で優雅に食事をナイフとフォークを操るレオンの姿に少し冷静になってくる。
「今は興奮しているが頭を冷やせば君の言っていることを理解するはずだ。今は静かに心の整理がつくまで待ってやってほしい」
ああ、ルードのことか。
「別に怒ってない……。ただああいう思い込みははっきり言わないとわからないから言ってやろうと思っただけよ」
あれ以上のはっきりと?十分はっきり言っていただろうと言う言葉をレオンはごくりと口に入れていた食事と一緒に飲み込んだ。
再び食堂はシーンと静まり返る。
特に話すことがない。あまりにも共通点がなさ過ぎて。だが少々息苦しい。レイチェルは何か会話がないかと思考を巡らせる。うーん……娼婦ネタしかない。
「そういえばレオン様は馴染みの娼婦とかいるんですか?」
ゴフッ!
ブッ!
「きちゃない」
レオンと側に控えていたリチャードが噴いた。何をそんなに驚いているのか。娼婦を買う貴族は多い。むしろ一度も手を出した事がない方が珍しい。
「ん、んんっ!私がゲランに赴いたのは君を競り落とした時一度きりだ」
ぎろりとレイチェルを睨むと彼女はへーと涼しい顔をしている。特に疑う様子もない彼女に安堵の息を漏らす。
が。
「あ、招くタイプですか?行くの面倒ですもんね」
ゴフッ!
ブッ!
再び噴き出す2つの音に顔を顰めるレイチェル。
いやいや、こちらが顰めたいところである。レオンは口元をふきんで押さえながら盛大に咳き込む。
「あ、違いました?ああ、使用「んんっ!」」
顔を横にゆるりと振った後ギロリと今までで一番鋭い視線を向けられレイチェルは黙る。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。レオンが軽々しく同じ貴族に手を出すようには見えないし、娼婦とチョメチョメしていないなら使用人かと思っただけなのに。
「私は妻だけいればいい」
へー。一途だ。どれだけ魅力があれば、この男性の浮気は当たり前と思われている貴族社会では非常に珍しい。嘘か真かわからないが真であれば彼の妻は幸せな女性だ。
………………うん?
あれ?
妻って自分か?
「でも私たちってまだ何もしてませんよね?」
シーン……と静まり返る食堂。使用人たちは呼吸まで最低限にし存在感を消す。知っていたけど、知っていたけどこんな会話をされてとても居た堪れない。
ほら、レオン様のお顔が真っ赤になってしまった。
「…………そうだな」
「子供欲しいんでしょ?だったら誰かしらとやらないと。コウノトリが家の前に置いてくれるわけじゃないんだから」
「…………そ、その通りだな」
消え入りそうなレオンの声とはっきりと物申すレイチェル。使用人たちはこの場から走って出ていきたかった。
「じゃ、じゃあ…………今夜にでも……………………」
今までで一番小さな声だったのにはっきりと聞こえたその言葉。レイチェルがなんか照れるわぁとかなんか言っているがレオンの耳には入らない。
使用人たちは真っ赤になった自らの顔を言葉なく覆った。




