41.帰宅
どよ~んと曇り空のゲラン。
どよ~んと疲れ切った顔をして玄関前にしゃがみ込む女が2人。
キャサリンの閨指導は早朝まで続き寝ることが許されなかったレイチェルとリリア。
寝不足だけでなく内容も聞いていて恥ずかしいやら無理と思うやらで心のダメージを負ったので疲れも倍増だ。
「あー!もう今日はルードの想い人のモリーとやらの家に行こうと思ったのにぃ!もう明日にしちゃう?」
「……お任せします」
とはいうものの部屋に戻ればキャサリンがまたごちゃごちゃ言うに違いない。昨日は休みを取ったようだがついこの前開館したばかりの娼館に母は毎日顔を出しているらしい。今日は出勤するとのことなので夕方には家からいなくなるはず。それまではどこかで時間をつぶしたい。
となれば
「面倒だけど行きますかぁ」
という結論に至る。
立ち上がれば幾分か眠気が吹き飛んだような気がするが同時に少々頭が痛い。
「その前にコーヒーでも飲みに行きましょうか」
「喜んでお供します」
ゲランにある一つしかないカフェに向かおうとしたレイチェルだったが、ふと人の気配を感じ、そちらに視線を向ける。
そこにはピンク色の髪の毛と瞳を持つ可愛らしい小柄な女性がいた。全体的にこじんまりとしている男が守ってあげたくなるような女性だ。
だが真っ直ぐにこちらを見つめる目は力強い。
ああ。
そのアンバランスさに男はくらっとくるわけか。
「あなたがモリー?」
「ええ。私がモリーよ。あなたはレイチェルでしょう?娼婦の子として生まれて今は公爵夫人。私、昔からあなたのこと知ってたわ。きれいでいろんな人に子供として可愛がられて、娼館で働いていたのに身ぎれいなままこの街を出たムカつく女」
「人生って何が起きるかわからないものよね」
「そんなのは特別な選ばれた人にしか起きないわよ。私はあなたと同じで娼婦の娘に生まれて、お決まりの娼婦になったわ」
彼女の目からは憎しみのような妬みのような負の感情をビシバシと感じる。だがふとモリーの視線が地面に向く。
「ねぇ……外の世界はどう?」
「面倒なことが多いわよ。私は割と楽させてもらってるけど、でもどの世界にも悩んだり憎んだり狂ったり色々あるものね」
皇后も皇女もマリアも色々な事情や思いを抱えていた。
「どの世界も何かしらあるわよね。でもここで生きるのと外の世界で生きるのではどちらが地獄かしらね?」
「さあ?人によって感じることも抱えるものも違うから答えなんて出せないわ。ねぇ、ちょっと小耳に挟んだんだけどあなたもゲランを出るんでしょ?」
その問いにモリーは黙ったまま右手を差し出しひょいひょいと指を動かす。同じく黙ったままレイチェルはその手の上にジャラリと金貨の入った袋を置く。
「ふふん。やっぱり話が早いわね。たまになんの見返りもなしに情報を得ようとするやつがいるけど、あれなんなのかしらね?まあいいわ。私もこのゲランを1週間後に出る予定よ」
変な客につけられないように内緒で出るのだと笑うモリー。だから信頼できる友人と館主にしか話してないんだけどなぁと呟く彼女の目は笑っているのに悲しそうだ。
「ルード以外の男と?彼あなたを身請けする気満々なんだけど」
「やっぱりルードに言われてきたんだ。公爵家の新人執事って言ってたもんね。先輩執事に連れてこられてハマっちゃったみたいでさー。ていうかまだ数回しか会ってないのに身請けしようなんて初心よね」
ゲランを出たいなんて皆言ってるっつうのと笑うモリー。そうやって金をたくさん払ってもらうのだ。
そういえば昔ある客が言っていた。莫大な金を払えば即座に身請けできる。だがそんな金はない。だから貢げるだけ貢ぐ。そうすると共に頑張っている気になれると。いつかゲランを出るときに自分を選んでくれるかも、と。
レイチェルはなんだそれはと思ったものだが、そういう客は案外多い。ルードはそこを吹っ飛ばして飛躍してしまったが、彼も夢を見たのだろう。
「まだルードって10代なんでしょ?」
レイチェルの問いにリリアがこくりと頷く。
「そんな若いときから女の為に公爵家から金を借りようなんて無謀よね。むしろ若いからできることなのかもしれないけど」
「公爵家相手に借金?おお怖っ」
怖いと口では言いながらモリーの目はどこか愉しそうだ。
「別に騙したわけじゃないのよ?」
「わかっているわ。嘘は言わず言葉は足りず。それが娼婦でしょ?」
「そう。勝手に男たちは自分にとって都合の良い夢を見る」
じっと目を見ていつかここを出たいと言えば何を勘違いするのか。金持ちや遊び慣れてる者達は笑っておしまいだがそれ以外のものは良い金蔓となることが多い。
「私もあんたと同じで娼婦の娘だから借金はなくてさ。出ていこうと思えば出ていけるけどやっぱり一人でって怖いじゃない?そしたらさー出会っちゃったんだよね、運命の人に」
「その人とこの街を出るんだ?」
「うん。結構なお金貯まったしね~。ルードにはうまく言っといてよ。あ、手切れ金で公爵家が私にお金くれてもいいわよ?」
「これ以上の金貨はないわよ」
「なぁんだ」
残念そうな顔をするモリーにレイチェルは笑う。見た目はぶりぶりしていて好きではないが中身は好きかもしれない。
じゃあ貰うものもらったし帰るわと背を向けるモリー。彼女の背中が見えなくなるまで二人はその背を見つめ続けた。
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公爵邸に帰宅したレオンはエントランスで繰り広げられる目の前の光景に目を丸くしていた。
「だ~か~ら~他の男とゲランを出るんだっての!」
「嘘です!」
公爵邸に1日ぶりにレイチェルの声が響く。調査が終わった二人は結局逃げるようにさっさと引き揚げてきたのだ。キャサリンと顔を合わせたらまた長々と色々な手ほどきを教え込まされそうな嫌な予感がしたのだ。
だって母の顔にはまだ言い足りないと書いてあったから。顔を合わせる度に夜の話をされるなど御免被る。
「どうしてそんな嘘をつくんですか!」
「いやいやちゃんとモリーに聞いてきたから!結論は他に本命の男がいます。あなたは彼女を身請けできません!公爵家からお金を借りる必要もなし!以上!」
「彼女はゲランを出たいって!」
「だ~か~ら~他の男と出るんだっての!」
レイチェルが帰ってきたことを聞きつけたルードは彼女を玄関で待ち構えていた。そして先程からこのやり取りの繰り返しであり、何事かと様子を見ていた使用人たちも飽き始めていた。
そこにレオンが出くわしたというわけだった。




