40.母との分語らい
若かりし日の美貌を取り戻した母に驚いたもののよく考えれば納得である。娼館主は顔だ。美姫として名高かった母の姿を見てがっかりさせることなどプライドが許さなかったのだろう。
病気になる前の母はタバコも酒も必要以上には嗜まなかった。あくまで客と合わせて嗜むだけ。食事だってかなりストイックだった。
それだけ母は娼婦という仕事にすべてを注いでいた。生活がかかっていたから当然のことと言えるのかもしれないが、レイチェルにとってはそんな母は誇らしかった。
母にリリアを紹介し終えると食事を作ってくれるというのでダラダラと寝転がりながら待つ。うん。やっぱり実家は最高だ。公爵邸でもリリアに睨まれながら寝転がることもあるがやっぱり家は落ち着く。
できあがったわよーという声でテーブルに腰掛け3人で母が作った夕食を食べる。公爵邸の料理長が作る料理の方が文句なしに美味しい。だけどやはり母の味というのは特別なもので、心が温かくなる気がした。
そしてベッドに入る時間。
が
リリアとレイチェルの間では2台のベッドをめぐり静かな攻防が行われていた。
「いえ、私はソファで寝ますから」
「余分な掛け布団なんてないから風邪引くわよ」
昼はそれなりに暖かいが夜は冷える。家だってお貴族様の家のように頑丈ではないのだからなお寒い。
「ですが……レイチェル様と母君に窮屈な思いをさせるわけにはいきません」
「大丈夫よ。スリムになった母さんとなら余裕で寝られるから」
2台しかないベッド。
レイチェルはリリアにベッドを使わせたい。
リリアは自分が1台使い、もう1台に2人を押し込むのは申し訳ないとの主張。どちらも譲らずかれこれ数十分同じやりとりが続き膠着状態だった。
「先程の食事だって、お母君に食事を作らせるなど申し訳なくて仕方がなかったというのに……」
自分が食事を作るつもりだったリリア。だがキャサリンがレイチェルの大好物を作るのだとたくさん買い込んだ食材を眩しい笑顔で見せられてはいけないとは言えなかった。
「ありあらリリアちゃん本当に気にしないで?私がやりたくてやってるのよ?それに……せっかく娘が実家に来たんだし、語らいたいじゃない?2人で一つのベッドを使いたいな……ダメかしら?」
首をこてんと傾け上目遣いでおねだりをするキャサリンにリリアはうっと言葉を詰まらせると力なく頷いた。
灯りを消し3人がベッドに入って数分後、キャサリンが口を開く。
「どうよ公爵夫人は?やっぱ大変?売ったお前が言うなって話だけど」
背中合わせで寝転がる母娘。顔が見えないからだろうかやけに温もりを感じる。
「別にー。公爵夫人の仕事なんてほとんどやってないし楽なもんだよ。私は公爵家の名誉や血を貶めるために選ばれたんだし」
「そっか」
まだ寝ていなかったリリアは上げそうになる声を飲み込み息を潜めた。確かに表立ってパーティに行ったり他の貴族と交流をするなどはほとんどしていない。だが最近は屋敷の管理、事業の仕事などかなりの量をこなしている。
本人に自覚はないようだが……それだけ有能なのだ。屋敷の人間は最初は眉を潜めていたが彼女の気さくな性格もあり慕っている者が多数となった。
自分だって…………結構好きだ。
「でも……なんか高位貴族の奥様っていうのは面倒だわ。変な女が近づいてきたり、王妃に呼び出されたり皇女に呼び出されたり」
ごくりとキャサリンの喉が鳴る。いや、なかなか大変な目にあっているような。それを別にーと言うとは……自分の娘ながらなかなかの豪胆さである。
「…………ゲランに戻ってきたい?」
母の問いにレイチェルはすぐに答えることはできなかった。ここは懐かしいし、過ごしやすい。人に蔑まれるような街であるけど自分にとっては大切な街だ。
だけど
「うーん……戻りたくはないかなぁ。ここにいる若い女達はほとんど身体を売ってるし、それが当たり前だと思ってた。覚悟もしてたつもりだけど、最近助かったって思っちゃったり……」
自嘲気味に笑うレイチェル。
身体を売ることを下賤な仕事とか思ってるわけじゃない。立派な仕事だ。生きていくための大切な仕事。
だけど
「やっぱり他の世界を知っちゃったらさ……身体を売らなくてもいい生活っていいなって思う」
身体を売るというのは心が擦り減るのだろう。姐さんたちは明るく振る舞っていたが影で泣いていることだってあった。身体が辛いと言う人だっていた。そして目を覆いたくなるような傷をつけられた人も。
覚悟はしていたはずだけど、所詮はただの覚悟だったのだ。何人もの男に……想像するとゾッとしてしまう自分がいる。
「それでいいんだよ。抜け出せる人間は抜け出せばいいんだから」
「娼館に売ろうとしてたけどね」
「あんたに心を強く持って欲しかったんだよ。娼婦以外の道に行くなんて思ってなかったし。自分でも最低なことをした自覚はあるさ。でも……結果的には……」
安堵しているのが背中越しにも伝わる。だが良かったねという言葉はなかった。それはその立場故か捨てられる可能性がまだあるからか。
「まあどんな道を辿るかはまだわからないけど、今を生きるしかないよね。あんたも私も……。で、公爵様はあっちの方はどうなんだい?」
ん?
急な会話の方向転換にレイチェルは目を丸くする。なんか良い感じの親子の会話だったはずなのになぜあちらの話に?
「いやぁなんか見た目的に色々とすごそうだよね。ああいう全てを持った奴っていうのは不思議なもので夜の方もお得意な男が多いんだよ」
「知らない」
ムフフと笑うキャサリンにレイチェルは素っ気なく返答する。
「今……なんて言った?」
「知らない。やってない」
「…………………………まじで?」
「まじで」
部屋が静寂に包まれたと思ったのも束の間、ガバリとベッドから身を起こしたキャサリンにレイチェルは腕を引っ張られ同じく身を起こすことになった。
「ちょっと!あんたこの伝説の高級娼婦のキャサリン様の娘でしょう!?旦那に手を出されないなんて……何やってんのよ!?」
「その旦那様が忙しいんだから仕方ないじゃない」
「忙しかろうが男が魅力のある妻に手を出さないわけないでしょう!?ちょっとあんた!昔からめんどくさがりだと思ってたけど……どうせ夜だってさっさと寝ちゃうんでしょ!ろくに会話もしてないんでしょ!」
母の言葉にどきりとする。どこかで見ていたのというほど的確なご指摘。
「ちょっとリリアさん!あんたもこっち来なさいよ!起きてることはわかってるんだからね!」
その言葉にムクリと起き上がり2人がいるベッドに近づくリリア。
「今からおすすめの香油とかランジェリーショップを教えてあげるから今度用意してちょうだい!」
「か、畏まりました」
「レイチェル!あんたには今から私のテクニックを伝授するからしっかりマスターするのよ!」
「えー……嫌だー」
「嫌だーじゃない!」
こうして実家1日目の夜はキャサリンによる夜のテクニック講座で更けていった。




