38.相談×2
「奥様こちらもお願いします」
「はいよー」
公爵邸にあるレイチェルの執務室。執務机に肘をつきながらレイチェルはリリアから書類を受け取る。姿勢も悪ければ返事も適当だが誰も何も言わない。
書類を机に置いたレイチェルはペンを取ると猛スピードで書類に記入を始める。
「ピート様が助かると申しておりましたよ」
「何よリリアお世辞なんて言っちゃって。お給金は上がらないわよ」
いえ、お世辞ではないのですが……。
ちらりとレイチェルから視線を横にずらせばそこには処理済みの書類の山。
最近レイチェルはハーデス公爵家が営む事業の経理に携わっている。主に下から上がってきた経理関連の書類の計算間違いや不備がないかの確認作業を行っている。
ピートというのはレオンが信頼する事業のレインに次ぐ責任者なのだが、副責任者が急に辞めてしまったせいで書類の不備などが増え寝不足、妻の愛不足で廃人寸前。
どんな書類を目にしてもなんの問題もない立場のレイチェルに彼の仕事をやらせてみたら速い、正確、読みやすいでピートは大感激。
リリアは生まれて初めて人の目に生気が宿る瞬間を見た。
書類の処理が終わりリリアに手渡すと同時に扉をノックする音がした。入室を促し入ってきたのはレオンの専属執事のリチャードだ。
彼は部屋に足を踏み入れ、机越しにレイチェルの前に立ったのだが何やらそわそわして落ち着きがない。
様子がおかしいような………………。
ああ。
「トイレはそこよ。遠慮なく使ってちょうだい」
「違います」
違うの?我慢は身体に良くないのに
とでも言いたげなレイチェルの視線に慌ててぴしりと背筋を伸ばしたリチャードは少し躊躇いがちに口を開いた。
「断っていただいて構わないのですが……その、奥様に少し相談に乗って頂きたいことがありまして……」
ほう。レオンにではなく私に?
これはきっとあれだ。
「惚れた相手でもできた?」
冗談半分で笑いながら問えばリチャードの表情がぴしりと固まった。
「まじで?」
「まじでございます。ただ相談主は私ではございませんが」
「女には苦労してないもんね」
「レオン様は奥様一筋ですのでご心配なく」
スルーされてしまった。リチャードは一旦扉の外に出ていったかと思うとすぐに戻ってきた。後ろに一人の男を伴って。
彼は確か……
「ルードだったかしら?」
男は自分の名前を言い当てられたことに目を見張る。一度も言葉を交わしたことも名乗ったこともないはず。
「レオン様もリチャードもあなたをよくこき使っているようだったから。いつもお疲れ様」
ルード、ルード、ルードと何やら命じられてはちょこまかとよく動く働き者だと思っていたのだ。
「ええ、とても優秀で将来有望な新人執事ですので私達も色々と期待しております」
即ちしごいているということか。
「ですが最近仕事に身が入らぬ様子なので事情を聞くと少々私たちでは役に立てなさそうな問題でして、ぜひ奥様にご助力を願いたく参上いたしました」
ふーん……。自分が役に立つことと言えば……
「ゲラン関連?」
「流石奥様察しが良いですね」
「どこかの娼婦にぼったくられたのかしら?それともどこぞの男と娼婦の取り合い?」
フルフルと首を横に振られる。
ふむ。
では……。
「奥様!モリーを救いたいのです!身請けをしたいのです!必ずお返しします!お金をお貸しください!」
やはりそれか。
それにしてもモリー……聞いたことがあるような、ないような。
「こら!そういうことを言いに来たんじゃないだろう!失礼致しました。……お金に関しては良いのです。必要であればレオン様に頼めば良いことです。ですが……問題はそこではなく……」
ちらちらと彼を気にするリチャードの言い淀む姿になんとなく察したレイチェルは椅子から立ち上がり彼に近づく。
客が娼婦に本気になることは少なからずある。そしてそれは金持ちの男であれば娼婦の気持ちが絡むもののお買い上げで済む話。
だが金のない者が惚れると厄介事となることが多い。借金、盗み、乱闘、誘拐等様々な愚行が起こることがあるのだ。
娼婦が惚れているならばまだ救いはあるのだが、突っ走るものは利用されていたり一方通行の想いのことが多い。
「その……ルードの話を聞く限り一方的な想いだと思うのです」
近づいたレイチェルの耳元にリチャードがひっそりと囁く。
うん。面倒なパターンだ。レイチェルはゆっくりと瞬く。
「まずお相手の気持ちを確認「想い合ってます!むがっ!」」
言葉の途中で声を上げるルードの頭を抱え込み口を塞ぐリチャード。
「先走るなと言ってるだろう?ん、んんっ!お相手の気持ちを確認し今後のことを考えたく思うのですが、調査するのに適任者がおらず……可能であれば奥様にお任せしたいのですがいかがでしょうか?こちらに来てからご実家にも帰っておられませんし、たまにはご実家に行かれるのも良い気分転換になるだろうとレオン様が申しておりました」
「帰っていいの?」
パアッと明るい表情を浮かべるレイチェルにリチャードは微笑む。
「ちゃんとここに帰ってきてくださいね」
「もちろん帰ってきますよぉ……」
落胆した様子のレイチェルに本当に帰ってくるよな?と内心冷や汗をかくリチャード。
「リリアを連れてってくださいね」
「………………はあい。でもリリアがかわいそうじゃない?ねえリリア嫌よね?ゲランなんて」
「一度も行ったことがないので楽しみです」
「そう………………」
それではゆっくり羽を伸ばせないではないかと落胆するレイチェルに構うことなくリチャードとルードは部屋を出ていく。
頭を抱え込まれたルードは真っ青な顔だったが大丈夫だろうか?
平穏な時間を取り戻した部屋で仕事の続きを行おうと椅子に腰掛けた途端扉をノックする音。入ってきたのは侍女のアリーとその後ろには下働きの娘が泣きそうな顔で立っている。
なんか……
さっきも見たような……。
「断っていただいて構わないのですが……その、少し相談に乗って頂きたいことがありまして……」
さっきも同じようなことを聞いたような気がする。
レイチェルの胸がざわめいた。




