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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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37.気不味い夕食

 うーむ。


 今日も公爵邸の夕食は美味しい。


 朝も昼も美味しいが、夜が一番手の込んだ料理が出てくるのでレイチェルは夕食が一番好きだ。


 白身魚のムニエルにかかったレモンのソース。少し酸っぱいが爽やかな風味が口に広がり幸せな気持ちになる。そう、なる。なるのだ。


 なるのだが…………


 ちらりと視線を上げれば普段は誰もいないそこに多忙なはずの夫が優雅にフォークとナイフを操りながら食事をしている。


 夕食を一緒にと誘われ、断る理由もないので共に食べているのだがただ黙々と食事を口に運ぶだけの時間。


 正直…………つまらない。


 これなら共に食事の席にはつけなくともリリアや侍女たちと話をしながら食べる夕食の方が楽しいし美味しい。


 沈黙がこんなに苦しいとは知らなかった。レイチェルは男性といて沈黙に晒されたことがない。娼館に来る客たちはおしゃべりが多かった。自分の自慢をする客、姐さんに気に入られようと巧みに話術を操る客、レイチェルに知識を詰め込もうとする客、皆しゃべるしゃべる。


 沈黙を好む客ももちろんいたが、そういう人だと姐さんから聞いているので気にならなかった。


 別に自分が話しかければいいことはわかっている。でも食事中だし、マナーとかうるさそうだし、そもそも自分と話したくないかもしれない。そんなことを考えていたら食事を終えていた。


 ――さっさと部屋に戻ろう。


 きっと彼なりにたまには食事くらいと気を使ったのだろう。であれば早く仕事に戻れるように気を使うのがレイチェルのすべきことのはず。


 ガシッ


 え?


 両肩に感じた重みにソロソロと視線を上げればそこには満面の笑みでレイチェルの肩に手を置くアリーとラミアの姿があった。


 いや、あの立てないんですけど。


「レイチェル様、料理長が調理人たちとデザートの研究をしたようでして……。よろしければ召し上がりませんか?」


 え、食べたい。


 食べたいから


 そんなに食べろ食べろと視線で訴えないでほしい。


 美味しそうなデザートが運ばれ、コーヒーがことりと置かれる。スプーンを手に取りアイスを掬う。平民の時には絶対に食べられなかったアイス。なんて贅沢な……


「ん、んんっ困っていることはないか?」


 え、これは私に言っているのよね。先程まで黙り込んでいたレオンに突然話しかけられ目を真ん丸くしてしまったレイチェル。


 いかんいかん、ちゃんと答えねば。


「何も。皆よくしてくれるし」


「そうか。だが彼女たちに言いづらいこともあるだろう。その時は遠慮なく私に言うように」


「………………」


 いや、たぶんこの屋敷の中で一番あなたに話しかけづらいです。そんなことを言うわけにもいかず、笑って誤魔化す。


「ああ、でも困りごとではないけど……。私ここに来てから何もしていないし、こんないい生活させてもらっていいのかなあとは思うかも」


 何もしていない?


 使用人たちの喉がごくりと鳴る。


 己の分を弁えないメイドを追い出し、勘違い脳内花畑女を成敗し、皇后や皇女とのお茶会を乗り切り……なんなら気に入られちゃったりなんかしていたような。


「わかった。では何か君に頼めるような仕事を考えておこう」


「よろしくお願いします」


 座ったままペコリと軽く頭を下げればレオンの顔にふと柔らかい微笑みが浮かんだ。


 おお、やっぱり自分の夫は顔がいい。表情が柔らかくなるだけでだいぶ親近感がわく。もう少しこういう表情をすればいいのに。


「それがレオン様の御用でした?」


「え?」


「私が困っていないかの確認」


「いや、そういうわけではないのだが……」

 

 なんとも歯切れの悪いレオンをレイチェルはじーっと見つめる。その視線にドキドキしながらレオンは正直に話すことにした。 

  

「皇太子に夫婦の時間を持つべきだと言われてな」


「あー……なるほどぉ」


 特に何か用事があったわけではなかったのか。身構えた自分が気恥ずかしい。


「私たちはお互いのことをあまりにも知らない。これからは夕食を共にしようと思うのだがどうだろうか?」


 その言葉にレイチェルは黙って目をパチパチと瞬かせる。口調はなんてことのないように平静を装ったが心臓がバクバクし過ぎて破裂しそうなレオン。


「うーん……。忙しいなら無理する必要はないのでは?いつも帰りは遅いみたいだし、夕食のために早く帰るなんて面倒でしかないでしょう?それとも私に深夜まで待っていろとか?」


 夜更かしは美容の大敵なんですよねーとアイスを口で溶かしながら呟くレイチェルにレオンはガクリと肩を落とした。


 そして耳をダンボにして話を聞いていた使用人たちは天を仰ぐ。

 

 え、なんか不味いことでも言った?一応気遣ったつもりなんだけど……。金はあっても時間はないでは心に焦りもできるというもの。ただでさえ忙しい彼の時間を奪うのは大変申し訳ない。 


「えっと……別に夕食を共にするのが嫌というわけじゃないのよ?ただほら、レオン様忙しそうだし……」


 確かに忙しい。だが今まで生活を変えようと思い至らなかっただけで、作ろうと思えば時間は作れる。優秀な部下がたくさんいるから。


 彼女が気遣ってくれているのはわかる。けれどそういうことではないのだ。夫婦として……歩み寄りたい。今自分たちは夫婦なのかといわんばかりの状態から抜け出したいのだ。


 うまく伝わらぬ思い。


 だが口にするには気恥ずかしい。


 


 口籠るレオンを見て背中を叩きたくなる使用人達だった。





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