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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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34/37

34.裏切り

 ダラダラと顔やら身体から吹き出る汗。


 皇女が皇女の婚約者を略奪とかやばくね。そしてそんなことを聞かされたところで私にどう反応しろと?


「どうにかしたいとかじゃないの。ただあなたに話を聞いてもらいたくて」


 覗かれた。心の中覗かれちゃったよ。それとも顔。顔に出てただろうか。ペタペタと顔を触るがいつも通り美しい。うん。


「ただの愚痴なの。でもずっと誰にも言えなくて」


 てれてれと頬を染める姿は可愛らしいが愚痴が言いたいとかなんだそれは。ていうか周囲の侍女さんたちが目頭をハンカチで押さえている。


 ようございました、ってどれだけ溜め込んでいたのか。


「私の婚約は5歳の頃に決まったの。父上が軍を掌握したいからって私とアリッサのどちらか騎士団長の息子と婚約しろと言い出してね」


 始まっちゃったよ。え、なんか皇女様の内心とか聞きたくない。けど口を塞ぐわけにもいかない。さっさと目の前の美味しい冷たい紅茶を飲んで帰りたい。


 ちらりともう少しで中身がなくなりそうなグラスに視線を向ければおかわりが入れられ、にこりと微笑まれる。さ、流石、気づかいのできる侍女殿が揃っておられる。


「あの子は嫌だと言えて私は言えなかった。だから私が婚約者になったの」


 柔和な雰囲気を持つバネッサと溌剌とした活発そうなアリッサ。見た目通りの性格というわけか。


 というか……


「え、自分は嫌だって断っておいて後からやっぱりもーらいってことですか?ひどっ!」


 あ、ひどいとか言っちゃった。


「そう、ひどいの。とてもかっこいい人でね。年々かっこよくなっていったわ。優しい人だけど男気があって人を引っ張っていく力があって……かっこよくて」


 何回かっこいいって言うんだろう。よっぽど好みの顔だったのかもしれない。


「婚約者として会う度にどんどん惹かれていったわ。年頃になった頃にはこの人と結婚するんだと胸が高鳴ったものだった」


「アリッサ皇女様もバネッサ皇女様の気持ちをご存知だったのですか?」


「もちろん。だって私たくさんのろけたもの」


 今日はこんなことをした。こんな話をした。今日も彼はかっこよかった。あんな素敵な人と結婚できるなんて幸せすぎる。そんなことを何度も何度も話した。


「なのに奪われちゃったんですか?よく普通に会ってお話したりできますね?」


 ヘビー。


 思ったよりヘビーだ。


 仲良さそうに微笑みあっていたあれは芝居ということなのか。バネッサ皇女……化けの皮が厚過ぎる。恐るべし。


「…………愛という言葉に言いくるめられてしまったのよ」


「よくそんなふざけたもので言いくるめられましたね」


 おっと口が滑った。


 ホントよね、と薄く笑いながらバネッサはグラスを持ち上げ、カラカラと音をさせながら軽くグラスを揺らす。グラスの中でぶつかり合う氷を見つめながらバネッサが口を開く。


「結婚式まであと3ヶ月というところでアリッサに侯爵家との婚約を父上が決めたの。アリッサも受け入れようとしていたのよ?でも彼がその婚約の場に乗り込んで父上に直談判したの」


 二人の婚約の場に彼が乗り込んだと聞いて全身の血の気が引いたのを覚えている。


 このときには二人が想い合っているのはわかっていた。


 数年ほど前から始まった密会。


 三人で話をしていても彼の視線の先にいるのはアリッサのみ。


 二人が頬染め見つめ合う姿、微笑み合う姿を目の前で何度も何度も目にした。まるで自分の存在を忘れられたかのようだった。


 侍女を通しての手紙のやりとり。アリッサの部屋を漁って見つけた手紙には読むのも恥ずかしいほどの愛の言葉が溢れていた。


 自分はひと言でも愛おしいだの恋しいだの言われたことがあっただろうか。いや、ない。


 でも、結婚するのは自分だと必死に言い聞かせた。


 なのになんなのだろうか


 これは――。

 

 慌てて婚約の場に駆けつけて部屋に飛び込んだときに目に飛び込んできたのは彼が自分と同じ顔なのに自分ではない女を抱き寄せる姿。


 そしてうるうると涙ぐみ、堪えきれぬ喜びが浮かんだ自分の顔。でもそれは自分の顔ではなくて。

  

 両親もアリッサと婚約するはずだった相手もその家族も顔面蒼白だった。バネッサが飛び込んできたのに気づくと皆ピタリと固まった。


 誰も動けない時間。


 誰よりも先に動き出したのは


「バネッサ……ごめんなさい。でもやっぱり私も彼のことが好き……。許して……」


 自分にすがりつき目を潤ませる自分の片翼。やがてポロポロとその瞳から溢れる涙。


 なんでアリッサが泣くの?


 泣きたいのは自分の方のはずなのに目は潤むこともなかった。


 泣き続けるアリッサをそっと彼が抱き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせる。彼の視線が自分に向く。その顔は申し訳ないといわんばかりなのに瞳の奥には愛する女性を泣かせたことを責める色が見える。


 ははっ。なにこれ。


 優しい彼が、自分の気持ちを知っている双子の妹が自分の最後の砦を奪うなどとは思ってもいなかった。


 ふふっ!ははっ!


 違う。


 自分の気持ちを抑えきれず婚約者、双子の姉を裏切るようなやつらを信じるなんて自分が愚かだったのだ。だって二人はただの薄汚い裏切り者なのだから。



「申し訳ない」


 父の声にはっとして父を見ればアリッサの婚約者になるはずだった男性とその家族に頭を下げている。その隣には同じく頭を下げる母の姿。


「恐れ多いことにございます。陛下になんの咎がございましょう。ですが……我が家もこのまま何もなかったことにするわけにはいきませぬ」


「もちろんだ。そなたたちに恥をかかせるわけにはいかない」


 室内は重苦しい空気に満ちた。そんな中でもアリッサと彼はしっかりと手を繋いでいる。皆もそのことに気づいているのか蔑むような視線をちらちらと向ける。


「……バネッサと裏切り者の婚約は白紙に、我が愚娘と裏切り者の婚約。そして……バネッサと貴殿の子息と婚約をと思うがどうだろうか?」


 その言葉に光栄ですと侯爵家の人々は即座に頭を下げた。


 アリッサと彼は喜びに満ち溢れた顔でお互いを見て微笑み合う。その時にアリッサと自分の目が一瞬合ったが気まずげに逸らされるだけだった。


 何も反応できないのは自分だけだった。


 父と目が合う、その隣では母がとても悲しそうな顔で自分を見つめている。逸らされることのない視線。父はゆっくりと近づくと優しく抱きしめてくれた。


 そして耳元で耐えろと。


 自ら父から離れる為一歩足を引いたあと、スカートを握りしめ頭を下げた。ひしひしと感じる哀れむ視線。だが自分の目が捉えていたのは幸せそうに頬染めるアリッサの姿。


 スカートに皺が残るくらいぎゅっと強く手を握りしめた。


 その後急な婚約者の変更の発表に人々はその理由を察しながら口を閉ざした。悲しくて、居た堪れなくて、疲れ果てて……一日でも早くこの王宮を出たくて仕方なかった。


 そんな思いが通じたのか1カ月後に花嫁修業ということで侯爵家に行くよう父親から命令が下された。



 






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