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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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33/36

33.憎悪

 皇女とのお茶会から数日経った。


 部屋にある大きな窓から入り込む暖かい日差し。そよそよと頬をなでる爽やかな風。ああ、なんて今日は爽やかな朝なんでしょう。


 自分の心もそうであってほしかった。リリアが来るまでは心穏やかにゆったりと過ごしていたというのに。


「ごめん、なんて?」


「バネッサ皇女様からお手紙です」


「えー嫌だ。読みたくないー」


 出たよ。嫌だ。リリアは呆れながらちらりとベッドの上で両肘をつきうつ伏せになっているレイチェルを見る。スカートには皺がより、膝を曲げているのでくるぶしが丸出しではしたない。


 叱るべき場面ではあるのだが――彼女の周りにはいくつもの新聞が乱雑に置かれている。ここに来た日から毎朝起きると欠かすことなくいくつもの新聞を読んでいる。


 ゲランにいた頃からの習慣だとか。


 ゴシップから経済、周辺国についてなど合わせれば膨大な量。生憎自分は朝から……いや昼でも夜でもこんなにも読もうとは思えない。お行儀は悪いがその努力に水を差すのは野暮というもの。


 リリアから若干尊敬の眼差しを向けられているとは思いもしないレイチェルは先程渡された手紙に目を向ける。先程目の前でリリアが封をあけてくれたのであとは取り出すだけなのだが……


「嫌だなー」


 ギロリとリリアから睨まれる。


 へいへいわかってますよ。ちゃんと読みますよ。


 皇女様たちとはお茶会の後会っていない。勘違いをして迷惑を掛けたと頭を下げて帰っていった二人。なんか皇女様にあんなことで頭を下げさせてしまったことに複雑な気持ちを抱いていたのだけれど。


 もしや恥をかかせたな、みたいな……


 何様だ、みたいな……


 ことが書かれていたりして。ゴロンと背中とおなかの位置を入れ替え仰向きに寝転がる。


 ごくりと唾を飲み込んだ後、封筒から手紙を出し言葉には出さずに読む。


「…………………………」


「「「…………………………」」」


「むぅ……」


『『『むぅ?』』』


 侍女たちがちらりとレイチェルを見ると眉間に皺が寄っている。伸ばしたい。せっかくの綺麗な顔が……。


「これレオン様にどうすれば良いか聞いてきてくれる?」


「?承知致しました」


 内容は気になったが、主人が何も言わぬのであれば詮索するものではない。リリアはレイチェルから手紙を受け取り指示通りレオンの元へ向かった。


 


~~~~~~~~~~




 3日後レイチェルはバネッサ皇女の家にいた。皇女が嫁いだ侯爵家はなかなかのお金持ちのよう。広々とした豪華な応接室に通されたレイチェルの目の前には庶民にはめったに目にする機会のない氷が入った紅茶が置かれている。


 初めて飲む。


 ちょっと嬉しい。


 と、その前に


「ご招待いただき光栄にございます」


「わざわざ来ていただいてごめんなさいね。あなたと仲良くなりたくて」


 グレーの要塞のようなごっつい外見をした侯爵邸の中はとても優美で美しかった。至るところに美しい絵画が飾られ、高価そうな花瓶には花が飾られている。


 公爵邸以外の貴族の屋敷に初めて足を踏み入れた。


 マナーは一応学んだもののまだ不安がある。リリアには同じ人間なんだから大丈夫だと言われた。無駄に背筋を伸ばして挨拶すれば完璧だと。本当かと思ったが、とりあえず背筋には気をつける。


 今のところ皇女からも彼女の侍女らからもこいつヤバいぞ的な視線は向けられていないので合格点だろうか。


「見ての通り二人きりだし気楽にしてちょうだい。その……身分とか何も関係無しで……その、友人のように話せたら

と思っているの」


 なんと!社交辞令とかではなく?


 少し恥じらうように視線を伏し目がちにし頬を僅かに赤く染める皇女に目を見開くレイチェル。これは何か企んでいるのだろうか。いや、でも目の前の皇女からはそのような邪な感じはしない。


 助けを求めるように彼女の侍女に目を向ければむしろ縋るような目で見られる。


 ?

  

 いや、どうしろと?


 とりあえず紅茶で喉を潤す。あ、美味しい。冷たい紅茶のおかげで少し頭が冷えた気がする。たぶん。


「私ね……本音を言える友人がいないの」


「私たちは友人ですらありませんが」


 うおっ!室内にいた侍女全員から刺すような視線が向けられた。怖~。


 ふふっ。


 笑い声が聞こえその場の空気が即座に和む。忠誠心厚すぎでしょ。


「そうね。私たちはお知り合い程度ね。でもこの前のお茶会で愛という言葉に酔いしれる人達を否定するあなたの言動にスカッとしたの。だからあなたと是非友達にならなくてはと思ったの。友達なんて最初は皆お知り合いから始まるもの……私は今日あなたと仲良くなってみせるわ」


 別に愛は否定していない。愛という言葉でなんでも済まそうとしたり、愛最高みたいな価値観を人に押し付けるのはどうかと思っただけなのだけれど。


 それがお気に召したのかしら?


「私のようなものが友人と名乗ってよろしければ私としては嬉しい限りですが……バネッサ皇女様は愛という言葉がお嫌いなのですか?」


 その問いに皇女の瞳が冷たくなる。彼女の纏う空気さえ冷たく感じる。え、なんか寒いんですけど。


「嫌いよ。愛という言葉で私は大切なものを奪われたから。でもね、その時私は何も言うことができなかった。だからああやって愛が愛がと騒ぐあの子達をぶった斬るあなたが羨ましくて、眩しくてね。あなたみたいに言っていたら私は今……」


「?」


 皇女が何を言いたいのか全くわからない。だが周囲を見ればどこか侍女たちも悲しそう?いや、怒りを堪えているようにも見える。 

 

 いやいやいやいやなんか置き去りにされている。


 本当に。


 全く。


 なんでこんな雰囲気になっているのかわからない。


「私ねアリッサに婚約者を奪われたの」


 ブッと口に含んでいた紅茶を噴き出しそうになった。


 なんとか堪えたがちょびっと口の端から漏れてしまった。さっと皇女から差し出される真っ白なハンカチ。


 見られた。


 ちょっと恥ずかしいがお礼を言い受け取ると皇女の顔は笑っていたが思わず目を細めていた。


 その瞳に宿るのは憎悪だったから。 


 

 




 

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