32.やってしまった
「あら、どこか行くんですか?」
お茶会が解散となり、自分の部屋に戻ろうとしたレイチェルはレオンが屋敷ではなく門に向かおうとしているのに気づく。
「ああ。山のように仕事はあるのでな」
「あらあら大変ですねぇ。公爵夫人の仕事……は役に立たないでしょうけど、私計算とか得意なんですよ?もしお役に立てることがあったら言ってくださいね」
「覚えておこう」
リチャードを連れ再び門に向かおうとしたとき「あ」とレイチェルの声が聞こえ足を止める。なんだと顔を見ればふわりと美しい笑みが向けられレオンの心臓が高鳴る。
「今日はありがとう。私の無茶振りにもうまく応えてくれて……ふふっ。おかげで害虫駆除が無事終わりました」
「お役に立てたようで何よりだ」
自分にできることと言えばお茶会に顔を出すことくらいしか思い浮かばなかった。嫌な思いをしていれば盾くらいにはなれるかと思って。
なんだこの状況はと思いながら茶会に参加し、状況もよく読み込めないままとりあえずレイチェルに合わせていたのだが…………まあ色々と胸が高鳴るお茶会で参加して良かったとしみじみと思う。
前々から感じていた不快な視線もなくなったし。
「だが次からは、君に不快な思いをさせるものがあればさっさと追い出すなり出禁にして構わないんだぞ?」
母は割と情に厚く簡単に人を切ろうとしない人だ。使用人も守るべき存在と考えるタイプ。だが自分は害があればさっさとちょん切ってしまえば良いと思うし、それで悪評が立てられようと構わない。だからレイチェルも好きに振る舞えば良い。
「レオン様は甘いですね」
「甘い?」
どこがだと眉間に皺を寄せるレオンを見てレイチェルは笑う。
「だって追い出すことも出禁も公爵家の力をもってすれば簡単なことでしょう。でも私ははい、それでさよならーなんていーや」
いーやって……。
いや、うんまあ可愛らしいのだが、じゃあどうしたいというのか。困惑するレオンを見て更に笑みを深めるレイチェル。
「二度と同じことをしないように相手の心をポキっと折らないと。相手の絶望する顔を見ないと……つまらないでしょう?」
ふふふふ……と一人嗤うレイチェル。
それを見てゴクリと唾を飲み込む人物が一人。レオンの後ろに控えていたリチャードだ。
うわぁ……悪魔がいる。艶やかで蕩けるような笑みは近づいたら魂が吸い取られてしまいそうである。なんとか視線を逸らしレオンを見れば、またゴクリとリチャードの喉が鳴る。
うわぁ……もろ吸い取られてるじゃん。ぽーっとレイチェルに目を奪われ微動だにしない主人の姿。これはちょいっとつねった方がいいのだろうか。
固まる2人を置き去りにし、レイチェルは自室に戻るため足を動かした。
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一度自室に戻ったものの甘いものをたくさん食べた為、塩気のあるものが食べたくなったレイチェルは食堂ではなく厨房に向かった。
レイチェルの目の前でフライパンを操るのは料理長だ。もともと食事を自分で作っていたレイチェルは味付けだのなんだの料理長に聞くものだから最近親しい間柄である。
「聞きましたよレイチェル様」
からっと揚げたじゃがいもを皿に移しながらムフフと笑う料理長。
「何を?」
料理長から受け取った皿を手に、立ったまま食べる。リリアがじとーっと見てくるが気にしない。この方がテーブルを拭かなくてもいいし、片付けも楽でしょうに。
「先程のお茶会でレオン様と絡み合ってたとか」
ぶっ!
危うく口からじゃがいもが飛び出るところだった。
絡み合ってるってなに?まるで外で破廉恥なことでもしてたみたいじゃない。ちょっと抱きついただけなのに。
「美男美女が絡み合う姿は神々しく目に焼きつくような美しさだったとか」
「絡み合うって言うのやめて」
照れなくてもいいのにとニタニタ笑う料理長にむ、とするが厨房にいる他の使用人たちもニヤニヤとしているのに気づき気恥ずかしくなる。
公爵家の使用人の情報収集力恐るべし。先程お茶会を終えたばかりだというのになぜこんな噂が出回っているのか。
「レオン様はいつも遅いご帰宅で二人っきりの時間がないのでは、と思っておりましたが……仲良くされているようで何よりです」
「え、いや……まだ一回も同じベットで寝たことないんだけど。ていうより……食事とか会話も数えるくらいしかしたことないかも」
「「「え……!」」」
料理長だけでなく他の使用人からも声が上がり、身体がビクリと反応する。そんなに驚くこと?いや、まあ驚くことか。
夫婦になって数ヶ月経っているのにそんな状況なのだから。
ふとあることに気づく。
「ねぇ…………私やばいやつじゃない?やっちゃったよね?」
「「はい?」」
リリアと料理長が何を言っているのかと訝しげな顔をしているがレイチェルは気づかない。
「だって私、大して親しくもない男性に抱きついたのよ?ヤバイ奴じゃん!痴女じゃん!ストーカーじゃん!レオン様引いたんじゃない!?こいつキモ!とか思われたんじゃない!?」
夫婦とはいえほとんど交流のない自分に抱きつかれてレオンも不愉快だったかもしれない。だって自分だったら親しくもない男に急に抱きつかれたら不快でしかない。
「過ぎたことはよろしいではないですか。お二人は夫婦なのです。これから互いのことを知って距離を縮めていけば良いのです」
鼻の下を伸ばしていたレオンがそんなことを思ったはずがないと言いたかったが言ったところでレイチェルは否定するだけのはず。
リリアはレオンのためにも二人を近づけるべくレイチェルに語りかける。
「奥様がこれから積極的にレオン様に関わっていけば喜ばれると思いますよ」
ふーむ。積極的に…………ね。
?
「でもさあ、レオン様が早く帰ってこないとどうしようもないよね?」
「「…………そうですね」」
一理あるような……
レイチェルが寝ずに待っているという選択肢はないのか……
なんと言って良いかわからず厨房にいた使用人達は黙るしかなかった。




