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母親に競りにかけられたら公爵の妻になりました  作者: たくみ


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3.競り

 で母の言うことも一理あると思い結局この場に立ってしまった自分。何かを背負っていた方が苦しくとも心は強くあれる……気がする。


 それに―― 


 ちらりと観衆に向かって手を振る母を見る。幼少時はほとんど家にいないし寝てばかり。でも色々なことを教えてくれたし病気になるまで食事も洗濯もしてくれた。寂しいと言えばギュッと抱きしめてくれた母。


 なんやかんやいってこの世に生を与えてくれた母には感謝しているし、好きなのだ。

 

 高級娼婦として持て囃されていた母だが苦労がなかったなんて思っていない。そもそも身体を売るということ自体女として何も思わなかったわけがない。母が館を始めたいと言うのであれば協力したいと思うのが娘心というもの。


「では始めたいと思います!開始値は5000万から!」



 6000万………8000万……1億……1億5000万…………


 競売人の威勢の良い開始の言葉の後に続々と上がる声。


 値段が上がるにつれ熱くなっていく観衆たちの興奮。それに伴い街の空気も熱くなる。レイチェルの心はだんだんと冷めていく。自分につけられた値段だというのにどこか他人事のように感じる。


 あるところにはあるのだ大金が。


「いいなぁ」


 羨ましい。思わず遠い目をしたレイチェルが呟いた後


「10億!」


 そんな声が聞こえてきて観衆はコールした男に視線を向ける。彼はゲランで最も大きく高額な女を扱う店メフィストの館主だ。店の客は金持ちばかり。キャサリンもそこで働いていた。そして母が病気になって以降レイチェルも下働きとして働かせてもらっている……いや、いた店。


 やはりあそこが競り落とすのかと観衆からは落胆のため息やつまらないといった声が漏れる。


 10億とコールした店主以外の手が下ろされた。


「おお!これで決まりとしたいと思いますがいかがでしょうか!?」


 競売人の問いに悔しそうな顔をするもの、仕方ないと首を竦めるものと反応は様々だが心から惜しいと思っているものはいなさそうだ。


 所詮戯れ。お遊びなのだ。


 虚しくなり軽く俯くレイチェル。さらりと長い髪の毛が彼女の哀愁漂う顔を覆う。

 

「では10 億で決ま「11億」…………え?」


 決まりと言いかけた競売人の言葉は最後まで言うことはできなかった。その低くもよく通る声は決して大きくなかったがざわつくこの場でも人々の耳にしっかり届いた。


「11億だと言っている」


「………………あ、は、は、はいいいいい!失礼致しました!しっかり聞こえておりますうううううう!」


 何?


 急にどもりだした競売人に視線を向ける。緊張からなのか怯えているのかよくわからないが大量の汗をかいている。先程まで興奮で赤く染まっていた頬は今は血の気を失い真っ青だ。


 もしや大物でも参戦したのだろうか。


 下を向いていたので誰が声を上げたのか見ていなかったレイチェル。台の上からその人を探そうとしたがすぐにその人は見つかった。


 一人の高身長の男が離れたところから近づいてくる。優雅な足取りでゆったりと歩いているのに進むスピードは速い。それだけ足が長いのだ。


 頼んでいるわけでもないのに彼が足を踏み出す前に人々は自ずと道を空ける。それに対し礼を言うわけでもなく頭を下げるでもなく当たり前のような顔で歩き続ける男。


 レイチェルの目と男の目がピタリと合った。


 なるほどいい男だ。人を従わせるような目を引くオーラを纏っているのもあるがその顔の良さに道を譲りたくなるのも理解できる。もちろん自分は譲らないけれど。


 漆黒の髪の毛は女性が憧れるであろうほど艷やかで、切れ長の漆黒の瞳は生気と自信に満ち溢れ、そして色っぽい。顔を彩るパーツの形も配置も文句の付け所がない。


 さぞおモテになることだろう。


「……じゅっ……12億!」


 メフィストの館主が負けじと声を上げる。


 だがその顔は血の気を失いすぎて真っ白だ。気合のこもった声とは裏腹に身体がふらふらと揺れている。今にも倒れそうだが大丈夫なのだろうか。あ、付き人が支えた。


「13億」


「じ……13億5000万」


「14億」


「じ…………じじじじじ……15億っ!」


 館主の額に汗が浮かび髪の毛がびっちりと頭に張り付いている。もう心も身体も、そして金額的にも限界なのだろう。白目をむきながらもなんとか立っているが周囲にいる人間からも気の毒そうな視線が飛ぶ。


 レイチェルも非常に心配だった。館主は母が病気になった際一番助けてくれた人だった。一人で看病は無理だろうと医師の手配をしてくれたり、心細いだろうからと店で過ごすことを許してくれた。申し訳なかったので色々と手伝っていたらお給料までくれるようになった。


 顔は厳ついし冷酷な面もあるが優しい人なのだ。


 館主の身を案じ様子を伺うレイチェルだったが色男からの視線をずっとチクチクと感じる。この顔がよっぽど好みなのだろうか?自分で言うのもなんだがこれ程の美貌を持つ女はいないから当然だけれど。


「20億出そう」


 その言葉に皆声を失った。風までもがピタリと止まる。たかがゲランの街に住む女1人の人生を買うのに20億だなんてとんでもない。貴族だって簡単に稼げる額ではないのだ。勿体なさすぎる。


 皆が固まる中色男はレイチェルから目をそらし、館主にどうする?と視線で問う。驚きで固まっていた館主は強い視線を受けはっと気づく。


 ふうと息を吐くと力なく首を横に振り、その右手を上げることはなかった。

 

 勝敗は決した。だが誰一人動くことも言葉を発することもできない中、色男が焦れたのか口を開く。


「……決まりじゃないのか?」

 

 男の不満気な言葉にはっと気を取り戻した競売人は声を張り上げる。


「20億!20億で決まりです!どうぞ旦那様レイチェルを可愛がってやってくださいませ!」


 その途端やっと時間が動きだす。爆発的な歓声が起き、空気が震える。レイチェルが男を見ると彼もまたレイチェルに視線を向けていた。絡まる視線。


 だが、


 男の表情に嬉しさはない。20億も出して人を買うくせになんなの?普通は大声を出して、手を突き上げて喜ぶものではないの?


 ぞわりと悪寒がレイチェルの背中を駆け抜けた。


 


 不吉だ。




 嫌な予感しかしないのは考えすぎだろうか。


 

 


 


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