2.娼館やるから
~1カ月前~
「私娼館やることにしたから」
ゲランにある自宅の食卓でキャサリンはレイチェルの作った朝食のスクランブルエッグにフォークを刺し口に運ぶ。
「へー。いいんじゃない?頑張って」
サクとサラダのレタスにフォークを刺すレイチェル。口に運べば少し酸っぱいドレッシングの風味がふわりと口の中に広がる。
金を稼いだ娼婦はその金を持って街の外に出るか娼館の経営に携わることが多い。まれに代替わりというのか娼館の主になる者もいる。
だがそんなのはたった一握りの者の話。大多数の人間が働きづめで身体を壊し儚くなっていくのが現状である。嘆かわしいことだが仕方のないことだと割り切るしかない。
美貌や演技力で金を荒稼ぎし顔も広い母であればどこかの娼館から主にと声をかけられてもおかしくない。荒稼ぎした母は一応引退したことになっているが今でもあちこちから話だけでもと言われ店に出ることもあるくらいなのだ。
「他人事ねぇ」
クスクスと笑う母にレイチェルはハッとする。
「ああ、私も娼婦として店に出るってことね」
ついにこの時が来たか。娼館街ゲランの高級娼婦キャサリンの娘として生まれ育てられることはや18年。これまで身体を売ることはなく雑用や姐さん方の身の回りの世話、お客さんの話相手やお酌の相手を務めてきた。
13、4歳くらいで店に出る者が多いので遅すぎるデビューと言える。だがこの美貌があるからなんとかやっていけるだろう。テクニックはまあ……実習で頑張ろう。うん。
「あ?違うわよ」
「違うの?」
レイチェルの覚悟は瞬時に否定された。
「じゃあなんで他人事なんて…………」
首を捻るが何も思い浮かばない。母の顔を窺い見ると頬杖をつきながらニヤニヤと含みのある顔で自分を見つめている。嫌な予感がする。母がこういった顔をする時は大抵碌でもないことが起きるのだ。
前は確か新しい化粧品の実験台にされた。お肌に合わず暫くお肌がヒリヒリして大変だったのだ。あ、なんか肌が痛くなってきた。
「んふふ~実はね。自分が経営する娼館なら色々とこだわりたいじゃない?だから娼館から建てることにしちゃった!うふっ」
いや、うふって。
レイチェルは口に入れていたコーンスープを慌てて飲み込む。
「え、ちょ、待って。そんなお金どこにあるのよ?」
一生遊んで暮らせるお金を稼いだ母。それを何に使おうと母の自由だ。だがいくらなんでも足りないのではないだろうか?治療にも大金を使っているはず。
「んー?色んな人が建材とかベッドとか色々くれるって。職人さんも手配してくれるって言ってるからそんなにはかからないと思うんだけどね」
流石愛され人脈広大魔人。頼めば誰か娼館でさえタダで建ててくれるのではないだろうか。スープをスプーンでくるくるとかき混ぜなんてことないことのように言う母にレイチェルの顔が引きつる。
「だけど女の子を集めたり揉め事を解決するお金とかその他にも色々必要じゃない?でも私自分の老後もあるし貯金は崩したくないのよね」
「母さんのお優しい恋人たちに出してもらえばいいじゃない」
どうせ貰うならどこまでも貰ってしまえば良いと思う。母と縁ある人たちは桁外れの金持ちばかりなのだから。
「ま、厚かましい」
「母さんにだけは言われたくないわよ」
部屋の中を見回すレイチェル。部屋の至る所に乱雑に置かれた宝石やクローゼットに押し込まれた今や着れない細身のドレス。強請りまくって得た戦利品の数々に囲まれながらよくそんなことが言えたものである。
「でね、ある程度は自分でお金を出さないといけない。でも貯金には手を出したくない。だから私考えたの。で、思いついちゃった!」
聞いて聞いてとばかりに目を輝かせる母。嫌だ。とてつもなく嫌な予感がする。でもどんなことを思いついたのか気にはなる。
ごくりと唾を飲み込み口を開く。
「な、何を?」
「レイチェル、あなたを競りにかけるのよ」
「は?」
「あなたを売るって言ってるのよぉ」
「なぜそうなる!?」
「だってあなた娼婦になる気だったんでしょ?借金を抱えるか抱えないかだけの違いじゃない」
そこは大きな違いではないのか。ゾッとし思わず腕を交差し二の腕を擦っていた。
「大丈夫よぉ。あなたの競りは店だけじゃなくて色々な方が参加することになってるの。借金が嫌なら大金持ちの旦那様を捕まえて愛人になって貰うもんもらって捨てられたらいいのよ」
なんと捨てられ前提。
あまりにもの情のない言葉にレイチェルは言葉が出ない。
金持ちに買われたら確かに借金はない……たぶん。だけど変なヤツに当たれば地獄行きだ。娼婦の姐さん達だって身請けされていくことはあるが大抵が涙を流しながら帰ってくる。
無事に帰らない姐さんたちもいるが……。
「ここにいる子たちは大抵が親に売られた者ばかりよ。もちろん私も。自分は借金なしで身体だけ売ってりゃいいなんて甘い考えでいたの?がむしゃらになれる理由がなきゃ生き残れないわよ?」
「………………」
自分の覚悟は甘かったのだろうか。確かに皆様々な事情を抱えている。下を俯くレイチェルだったがキャサリンは尚も言葉を続ける。
「この世界はさ、負け犬になったら最悪な未来しかないのよ?あなたは私の娘なんだから大丈夫よ。自分の未来は自分で切り開きなさい。幸せは自分で勝ち取りなさい。私は勝ち取ってきたわ」
幼少の頃にこの街に親に売られた母はその身一つで伝説の高級娼婦といわれる存在となった。母は成功したがその影にはどれだけ悲惨な末路を辿った娼婦がいただろう。
自分のちっぽけな覚悟では後者になってしまうのだろうか。
「いい?娼婦や愛人に必要なのは美貌、愛嬌、頭脳、根性よ?あなたは全て持ってるからいけるいける」
簡単に言ってくれるが生憎自分は母のように心臓に毛は生えていない。
少し落ち着こうとグラスを手に取りグイッと水を飲み干す。喉が潤い少しだけ落ち着いた気がする。
「あんた私の娘でしょ?根性見せなさいよ」
母の顔は笑っているのにその目はとても鋭かった。




