28.愛、愛、愛?
遂にご本人が動き出したかと思ったレイチェルだったが……
「マリア!?な、泣かないで!」
ボロボロとマリアの目から大粒の涙が零れ落ちる。
いやいやアリッサ皇女よ、そんな睨み付けられても。その涙は私のせいなのでしょうか。というよりも今のやり取りで泣く要素があっただろうか?
「レオン様が……レオン様がかわいそう」
「マリア……」
なんて優しいのとでも言いたげにマリアを感動の目で見つめるアリッサ。
「え?こんなに美人でナイスバディな奥さんをもらったのに?」
その言葉にマリアの涙も空気も固まった。
やだぁ半分本気の冗談じゃん。でも実際悪くないと思うんだけどなー。
「……レオン様があなたと結婚したのは家を救うためよ。彼は本当は……」
「そうよ!レオンはマリアと結婚したかったんだから!幼いときから一緒に過ごしてきた彼女とね!この家でよく一緒に遊んだ私たちも大賛成なんだから!」
ああ、確かマリアは皇女たちが公爵邸に遊びに来ている時には必ず来ていたとか。彼女を邪険にすることができなかった大奥様は彼女も共に遊ばせてくれたらしい。
そして彼女は皇女様の幼馴染という立場をゲットしたということか。
うむ。彼女自身か彼女の母の策略か。なんとも計算高い行動だ。
「あなたはさっきから見た目のことばっかり!中身がないのがよくわかるわね!」
ああそれは確かに自分でも認めよう。中身など大した人間ではない。どこにでも普通にいる人間だ。でも――
「私の一番の魅力は外見ですもの。比類なき美貌。最大の武器で戦って何が悪いのですか?」
自分の顔は決して非凡ではないと自負している。自分より美しい人間など見たことがない。
「「……………………」」
こてんと首を傾げてアリッサとマリアを見れば彼女達は言葉を探しているのか、口を薄く開いたまま震えている。
「レオン様が私を買った理由は条件が適っているというところもあったと思いますけど、一番の決め手はこの美貌だったと思っていますよ?」
自分と同じ条件の女なんていくらでもいる。縁があったとはいえ彼が自分を即決したのは顔だろう。だって彼はレイチェルの顔をじーっと見てくるのだ。他の人の顔なんて禄に見ていないのに。
「そんなことない。レオン様は心に決めた人を一途に愛する方よ。昔からずーっとずーっと……」
そう言って自らの指を胸の前で絡める姿はザ・恋する乙女ですといった感じだ。彼に愛されてる私……と自分に酔いしれているようだが少々痛々しい。
視線をそらすように目の前の皿に乗っているチーズケーキのタルトを口に運ぶ。んー、美味しい。中に入っているブルーベリーの酸味がなんともたまらない。
「愛なき結婚は虚しいだけよ。見た目?身体の相性?そんなものは一時のもの。心がなければただ飽きられて終わりよ」
「皇女様……」
なんだその感動しましたみたいなうるうるとした上目遣いは。なんか腹立つわー。
「貴族だもの。愛だけじゃないことは私だってわかっているわ。でも二人の仲はレオンの母君も認めていたわ。だって彼女は誰よりも公爵邸に出入りを許された娘なんだもの」
認めていたならとっくに婚約していたはずだと思うのは自分だけだろうか。出入りを許したのも仕方なくというやつなのだが。
「いつ見ても初々しい二人でね……。目も合わさず、挨拶だけすると照れてさっさと部屋に戻るレオン。彼を見送るマリアの頰がぽっと赤くなって、とても可愛らしくて」
それは完全なる片思いの構図ですね。
「愛というのは見ているものの心までときめかせるものなのよ」
なんだろう。なんでこんなに勘違いできるんだろう。不思議である。それに愛というものに酷く拘っているような……。
「これを見てちょうだい」
一瞬考え込みそうになったレイチェルだがアリッサの言葉にはっとする。
「こぢんまりした谷間?むしろない間?でしょうか」
「だれが胸元の話をしているのよ!?」
いやいやあなたがマリア嬢の胸元を閉じた扇子で指し示したんでしょうが。
「マリア!出しておやりなさい!」
「は、はい……」
マリアの手が上がり先端がドレスに隠れた細いチェーンに指がかけられる。ゆっくりと勿体ぶるように徐々に上がる指。
「指輪……?」
チェーンの先にぶら下がっていたのは小さな指輪だった。ビーズで作られた子供用の指輪。輪の外にビーズで作った花が付いていて可愛らしい。
こくりと頷いた後、マリアは目を閉じるとぎゅっと両手で大切そうに指輪を握りしめる。
「これはね、レオンから贈られた指輪なんだから!」
勝ち誇るように高らかに発されたアリッサの言葉が庭園に響く。
指輪を見つめるレイチェルの目がすっと細まった。




