24.入り浸る女
ガタゴトと最低限の揺れで走る快適な馬車。流石公爵家の馬車だなぁと最初は驚き感動したものだが、その快適さに今は無性に腹が立つ。
「なんで皇女様の件オーケーしたんですか?嫌がらせですか?」
「相手は皇女だし礼を尽くさねば。現在は侯爵夫人だし仲良くしておいて損はないだろう?」
馬車の中で向かい合うレイチェルとレオン。開けたままの馬車の窓からは爽やかな風が入ってくるが中の雰囲気は最悪だ。
仲良くするも何も相手にその気がなければどうにもならない。敵意剥き出しの相手とどう仲良くしろというのか。
自分の心がささくれだっているからか頬をなでる風にさえ腹が立つ。
「……では今回は断ろうか」
「はあ?そんなことしたら失礼でしょう?」
どうしろというのか。眉間に皺を寄せるレオン。
黙り込んで不機嫌そうな様子だったので気を遣ったつもりだったのだが怒られた。女心は難しい。
「……あなたの立場はわかってる。妻として最低限の交流はちゃんとするわよ」
レオンと目を合わせることのないままボソボソと紡がれる言葉にレオンはちょっとじーんとしていた。“妻として”……いい響きだ。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。腹くくりますよ。でも……先に相談するとかはしても良かったんじゃない?相手に勝手に決められちゃうのはムカつくし寂しいっていうか……」
相手は皇女だし仕方ないけど…ぶつぶつ……ぶつぶつ言っているレイチェルを眦を下げ見つめるレオン。
彼女の言う通りだ。無理矢理結婚を迫った自分よりも夫婦としてのあり方を考えているレイチェルに胸がじんわりと熱くなる。
彼女は彼女なりに自分と向き合おうとこの貴族社会でやっていこうと前を向いている。そんな彼女に自分は何ができるのだろうか。
~ 3週間後 ~
「嫌だなー」
また始まったよ。皇女が来訪することが決まってから毎日こうだ。自室の大きめのソファーに寝転がりながらクッションを胸に抱きぼやくレイチェルの姿にレイチェルの専属侍女となったリリアは呆れる。
「でも、――――――」
?何か呟いたようだが残念ながらリリアの耳には聞こえなかった。
「ねえねえリリア」
「なんでしょう?」
「マリアって子あなたから見てどんな子?」
「?」
急に何なのだろうか、とは思うもののソファに寝転がりながら両手で頬杖をつき上目遣いでわくわくとこちらを見上げるレイチェルに無言を貫くわけにもいかない。
「そうですね……幼馴染とは運命の相手であると信じて疑わない脳内花畑令嬢でしょうか」
正直に言えばレイチェルの口からはブハッと笑い声が漏れる。僅かにムッとするリリアにレイチェルはごめんごめんとスカートを整えながらソファに腰掛け直す。
「別にあなたのことを笑ったわけじゃないから。マリアさんって賢いのか賢くないのかよくわからない子だなと思っただけよ」
「そうですか?」
相手にされていないのに幼馴染だから結ばれると信じる娘が賢い?
「ねえねえアリーとラミアはどう思う?」
そう言ってレイチェルが視線を向けるのは本の整理をしていたレイチェル付きの侍女二人だ。二人は手を止めるとレイチェルの方に身体を向ける。
「レオン様の婚約者気取りの愚かな女です」
「この家の女主人気取りの愚かな女です」
「率直な意見をありがとう」
少々正直なところがある二人だが仕事はできるし、レイチェルによく仕えてくれる優しい二人だ。
「最近さぁ……マリアさんがこの屋敷に入り浸っているじゃない?」
この3週間マリアはほぼ毎日のようにこの屋敷に足を運んでいた。彼女が来るような時間にはレオンはいない。彼に会いに来ているわけではない。
ではレイチェルに会いに来ているのか?
いや、挨拶の一つもない。目が合ってもふいと背けられる。本来であればこの屋敷とは関係ない彼女がここに勝手に足を踏み入れることは許されない。
だが残念なことにレオンの母である大奥様が昔いつでも来ていいと言ったらしく、自由に出入りが認められているらしい。
「侍女とか執事とかはあなた達みたいなことを言うのよねぇ」
しかも冷めた目で。
「「「?」」」
レイチェルが何を言いたいのかわからず3人は首を傾げる。
「でもメイドとか下働きの子たちはすっごい彼女のことを崇めている感じなんだよね~」
公爵邸では主人たちの身の回りのことや仕事を補助する侍女や執事、掃除や食事の支度の補助、洗濯、力仕事などをするメイドや下働きといる。
マリアは屋敷に来ると彼らの元へ直行し、差し入れやら彼女たちの手伝いやらなんちゃらをして帰っていく。この3週間観察していたのだがマリアを見る彼らの目はキラキラと輝いていた。
彼女の言うことには…そうですよねと共感同意。
涙ぐめば…お労しい。
微笑めば…一緒に微笑む。
レオン様の妻はマリア様だけです、と。
「なぁんか気色悪い程慕ってる感じ?特にカリスマ性とか私みたいな圧倒的な美貌があるわけでもないのに」
リリアがそのことかとああと小さく声を漏らす。
「彼らにとってマリア様は希望の星なのです」
「希望の星?」
この公爵邸を出た使用人の娘が希望の星とはどういうことなのか。教えて教えてと言葉はなくとも目を見て察したリリアは一瞬口籠るが結局口を開いた。
「彼女がここに毎日のように来ても誰も咎めない理由はご存知ですよね?」
「もちろーん」
「まだ会ったこともないお義母様の許可によるものでしょ?確かマリアさんの母が嫁ぐ時にいつでも遊びに来ていいと言われてー、でその後マリアさんが生まれた時に彼女も自由に遊びに来てね、だっけ?」
とはいうもののそんなに頻繁に来るでもなくたまにご機嫌伺いに母と共に義母に顔を見せに来る程度だったらしい。
それが義母もいないのにここのところ毎日来るなんて何か企んでいるのだろうか。
レイチェルの言葉にゆっくりと首を横に振るリリア。
「?」
「事実は違うのです。違うと言いますか……解釈が違うと言いますか……」
リリアが何を言いたいかわからずレイチェルは首を傾げた。




